第22話 しょうじき


 やはり、俺の考えた通りだった。


「おにちゃん、よく見つけたね」


 試着室の中で、三久は体育座りをしていた。この試着室の中だから、さすがに逃げ出すことはないだろう。

 というか、もう逃がさない。


「中、入っていいか?」


「うん、どうぞ。カーテンはちゃんと閉めてね」


 カーテンを閉めて、俺は三久の正面に腰を下ろす。


「はあ、もうちょっと隠れてられると思ったんだけどなあ」


「久々に昔のことを思い出してな。もしかしたらと思って」


「……そういえば、そうだったね。私が目を覚ました時のおにちゃん、ちょっと怖い顔してたっけ」


「そりゃそうだよ。あの時は、三久が見つからなくて、俺、ずっと心配だったんだから」


 あれだけ俺が必死になって探していたのに、本人はそんな俺の気も知らないで幸せそうに寝ていたのだから、そんな顔もしたくなる。


 まあ、本当のことを言うのは格好悪い気がして、一日中むくれていただけだったが。


「じゃあ、今も怒ってる?」


「そう見える?」


 俺の問いに、三久は首を振った。


 そう、俺は怒っていない。


 昔のかくれんぼは全面的に三久が悪いが、今回、三久をこうさせてしまったのは、俺がヘタレだったからだ。


 先ほど由野さんと御門さんには謝罪のメッセージを送ったが、あとでしっかりと頭を下げておかなければならない。


「三久」


「なに?」


「もしかしたら引かれちゃうかもしれないけど、言うよ。その、水着の感想」


「……うん」


 そうして、俺は、三久の水着姿を見たときの気持ちを正直に打ち明けた。

 

 見た瞬間、すごくドキドキして、変な気持ちになったこと。


 いけないものを見ている気がして、どうしても直視できなかったこと。


 こんなことを言ってしまったら、三久や、他の二人にドン引きされて変態扱いされるかもと思ったこと。


「だから、あれが似合ってないとか、お前が子供だからとか、そんな風には全然思ってなくて……ただ単に、恥ずかしかったというか」


「ゆっぺやまりのことはちゃんと褒めてたのに」


「あの二人は俺の反応を見て楽しんでただけだろ。だから俺も適当に流せたし、二人も本気で意見を聞きたいわけじゃないだろうから、それで満足してくれたわけだけど」


 でも、三久だけは、真剣に俺のちゃんとした感想を待っていた。


 だからこそ、恥ずかしくて、正直な気持ちを打ち明けられなかった。


「三久に似合ってなかったら、俺もちゃんと悪いことは悪いって言うつもりだったよ。でも、そうじゃなかったから」


 かわいいし、エッチだし、三久に似合っていると思ったから、言えなかったのだ。


 だから逃げ出してしまった。


「……ところで、あの乃野木って人は」


「あの人は本当にただの偶然。というか、俺、あの人のこと苦手……初めて会った時からあんな感じで距離感おかしいし」


 後、俺の尻をいきなり蹴ったり。まあ、そのおかげで気合が入って、三久のことをきちんと追いかける気になったのも事実だが、しかし、基本は予備校内の付き合いだけにとどめておきたい。


「ふ~ん……でも、乃野木さんすごい美人だし、いつの間にか苦手じゃなくなってるかもしれないよ? もしかしたら、その恋人、になっちゃたりとか……」


「う~ん、可能性はゼロじゃないかな」


「……否定、してくれないんだ」


「物事に絶対はないから。……でも、」


 ここできっちり否定して、気の利いた一言を三久にかけてやるのがベターなのかもしれないが、それは決して正解ではない。限りなく正解に近いだけだ。だから俺は言えない。


 しかし、間違いなくはっきりしていることが一つだけあった。


「……あんなふうにドキドキしたのは、三久だけだよ。それだけは間違いないって言える」


 ……言ってしまった。


 なんてクサいセリフ。恥ずかしいことは自覚している。


 恋人でもない、ただの幼馴染でしかない女の子にそこまで言ってしまう自分が。


 人付き合いに慣れていれば、きっとうまく立ち回ることもできたのだろう。言葉をオブラートに包んで、それとなく本心が伝わるように。


 だが、今の自分はそれができないから、本音を全てぶつけてしまった。


 多分、引かれてしまっただろう。先ほどの感想はとどのつまり『あなたのことを性的な目で見てしまいました』という宣言に他ならないのだから。


「……ふふっ」


 しかし、三久の反応は、俺の想像とはまったく違ったようで。


「三久?」


「な~んだ。なんか色々心配して損しちゃった。おにちゃんも、私と同じこと考えてくれてたんだ」


 安堵しように息を吐いて、三久は笑っていた。


「私だって着た瞬間思ったよ、『これちょっとエッチすぎやろ』って。日焼け跡はくっきり出てるし、ちょっと油断したら色々危なそうだしで、こんなの海に着ていけんやんって」


「それなら別に俺に見せなくてもよかったじゃん。三久がそう思ってるんなら、俺だって同じ考えだよ」


「だって、その……私も言って欲しかったんだもん。ゆっぺやまりみたいに、その、『かわいい』とか『似合ってる』とか」


「それ、言ったろ」


「あれは言ったうちに入らんもん。ちゃんと私のこと見て言って欲しかったとっ」


「ん?」


 嫌な予感がする。


 三久の話だと、水着姿をしっかり見て言ってくれれば良かったことになる。


「ということは、もしかして」


 ドキドキしただの変な気分になっただのは、もしかして、すごく余計なことだったのでは。


 俺、また間違えたか。


「……三久さん、あの」


「なあに?」


 ニヤニヤしている三久。


「さっきの話は一般論として……だから、聞かなかったことに」


「い~やっ、もう記憶しちゃったもんっ」


 俺の手から逃れるように、三久は試着室から飛び出した。追いかけていますぐ弁解したいところだが、俺たちが話している間にまた女性客たちでにぎわっていて、また変に注目を浴びたくない。そして警備員さんの視線が相変わらず気になる。


「いこっ、これ以上二人を待たせちゃ悪いし」


「……わかったよ、もう」


 これから事あるごとにこの話は蒸し返され、三人にからかわれることを想像すると、少々気が重い。


 だが、そのおかげで、乃野木さんの言っていた『手遅れ』にはならないだろう。


 目元にほんの少し涙のあとを残す三久の顔を見て、俺はそう思った。



 ※

 


 その後も、別の買い物やらなにやらでたっぷり振り回されたものの、それなりに賑やかな休日を過ごすことが出来た俺。


 程よい疲労感。しっかり睡眠をとって、また明日から一日一日頑張っていこう。俺なら頑張れるはずだ。


 そう思って、床についた矢先。


 引っ越して以来、これまでなりを潜めていたはずの悪夢が、突如俺に襲い掛かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る