第21話 みつけた

 ※※※



『かくれんぼしよ!』

『え? なに?』

『しよ!』



 8月も半ばを過ぎたあたり、いつものように俺は三久に連れ出されて外に出た。

 今日の希望はかくれんぼとのこと。ちなみに昨日、鬼ごっこで転んでひざをすりむき泣いていたのに……元気というか、なんというか。



『ところでどこでやるの?』

『どこ?』

『そうじゃないとなんでもありになるでしょ』



 家なら家の中、家以外だったら庭から出ないようにするとか。そうでないと、はっきり言って探せない。三久は体が小さいからなおさらだ。



『う~ん、ここらへん!』

『ここらへんって、どこらへん? 家と、庭の中ってこと?』

『ううん! ここらへん!』

 なんとなくすべてを察した。

『……裏の山の方もってこと?』

『うん!』

『え~、それ広すぎるよ。見つけらんないよ』

『じゃあ、オニはジャンケンね。最初は――』

『話聞いてってば』

 もちろん無駄だった。

『『ポン』』

『おにちゃんのまけ! オニね! 100かぞえてからさがしていーよ!』

『むう』



 しかし馬鹿正直に100まで数えた後、俺は三久を探しに山中へと向かった。家の裏手の山はもう何度も三久に連れていかれていたので、なんとなくの場所は把握している。


 後、家の見えるところにいれば、迷うこともない。方角を確認しておけば多少奥にいっても問題はないだろう。


 三久も大体そのあたりに隠れているはずだ。以前探検と称して俺を山の奥深くまで連れ込み、帰りが遅くなったせいでこっぴどく叱られていたから、三久もそこまで馬鹿なことはしないはずだ。


 そう、思ったのだが。



『……いないなあ』



 しかし、これがなかなか見つからない。三久が隠れるならここだろうと目星をつけて、いそうなところは探したが、10分、30分と経っても、三久の痕跡すら見当たらない。


 もしかしたらと思い、一回戻ってみて庭の物置あたりも探してみたが、結果は同じ。



『み……みくっ!』



 山の方に戻って、慣れない大声を出して名前を呼んでみる。

 が、周囲の木々に吸収されてこだますら響かない。


 

『どうしよう』



 三久がいなくなってしまった。


 最初は見つからないと愚痴っていた俺だったが、これだけ見つからないとさすがに心配の方が上回ってくる。


 そういえば、この辺の地域は自然がかなり残っていることもあって、猿や鹿、猪などがたまに出現するという。特に猿や猪は危険で、怪我をさせられたという人がたまに出るというのを祖母から聞かされていた。


 道端に転がっている誰のものかわからない靴の片方が視界に入る。


 もちろん三久のものではないが、そんな時に限って、悪い想像ばかりが頭をよぎる。


 

『みく、みく……!』


 

 うわごとのように呟きながら、俺は子供ながらに必死になって三久を探し続けた。


 このころになると、俺は訳も分からず自分のことを責めていた。


 自分がかくれんぼを拒否していれば、自分がジャンケンに勝って簡単なところに隠れてれば。俺に悪いところなんて一つもないのにも関わらず。



『お願いだから、見つかってよ』



 俺が怒られてもいいから。もっといい子でいるから。

 だから、今すぐ見つかってほしい。


 いつの間にか、俺は泣きべそをかきながらあたりを彷徨っていた。



『? おや、遥、どうしたんだい。そんなに顔をべしょべしょにして』

『おばあちゃん』



 探し始めて一時間が経とうとしたところで、庭の手入れをしていた祖母が俺に声をかけた。どうやら相当怪しい挙動をしていたのが心配だったらしい。



『おばあちゃん、みく、みくが』

『? 三久ちゃんかい? 三久ちゃんなら、ウチでお昼寝してるよ』

『え……?』



 ※※※



「――結局俺の勉強部屋で、俺の布団に潜り込んで寝てたんだっけかな、三久のヤツ」


 かくれんぼの顛末はこう。


 自分でかくれんぼをしようと言ったにもかかわらず、三久は、一人で隠れているうちに俺が隣にいないのが寂しくて、隠れるどころから途中で俺を探し始めたのだ。


 結局、互いにタイミング悪くすれ違った結果、長い時間見つからず、30分ほど経った時点で、三久は俺があきらめて帰ってくるのを待っていたという。


 俺の寝室で。


 祖母の家でいつも使っていたタオルケットにくるまってすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てる三久に心底呆れながらも、無事だったことを安堵した記憶がある。


 それ以来、俺が実家に帰るまで、かくれんぼは遊びの中から永遠に封印されたのだが。


「もし三久が昔と変わってないんだとしたら……」


 由野さんと御門さん、手分けして三人で施設のほぼ全ての場所を探したが、唯一、確認していなかった場所がある。


 すでにお客さんのピークは過ぎているようで、売り場のほうは比較的閑散としている。


 これなら、少しだけ隠れていても、試着と称していれば店員さんが声をかけることもないだろう。


「――三久、みっけ」

「……おに、ちゃん」


 先程逃げ出したばかりの水着売り場の試着室で、俺は今度こそ三久のことを捕まえたのだった。

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