第20話 そうさく
「おや、もしかしてその子がアンタの連れってヤツ?」
「早谷三久っていいます。あの、」
「私は乃野木晴香。予備校では滝本と同じクラスで、だいたい隣で一緒に勉強してるかな」
微妙に語弊のある言い方をする。
確かに乃野木さんとはだいたい隣だが、それは、電車の時刻表の関係で、席がいつも前の方しか空いてないからだ。真ん前と、その両サイド。乃野木さんは相変わらず数分遅刻してくる。
「晴香さん。……おに、じゃなくて遥くんと同じ名前なんですね」
「そうね。結婚したら、字は違うけど同姓同名になっちゃう。ねえ、滝本?」
「したら、ね。しないけど」
付き合いは予備校のみにとどめておきたいところだ。
乃野木さんは、三久たちとは違って、微妙にとっつきにくいところがある。
このやりとりもそうだが、すべて上辺だけの会話というか。まあ、予備校でただ隣に座っているだけの関係だから、当たり前ではあるけれど。
「乃野木さん、すごい、お綺麗ですね。スタイルもいいし、背も高いし」
「そう? ありがと。まあ、そこそこ気は使ってるからね。そこの人は、そんな私の涙ぐましい努力にまったく気付いてくれないけど」
「そりゃ、普段見ないからね」
「これだもん。まったく、これだから勉強ばかりのお坊ちゃんは、ねえ、三久ちゃんもそう思わない?」
「はは……そ、そうですね」
人見知りしないタイプの三久だが、乃野木さんに対しては随分とよそよそしい。俺のことも『遥くん』なんて呼ぶし。
なんというか、居づらそうにしている。
「あの、私、もう友達のところに戻りますね。急に逃げちゃうから追いかけてきたのに、なんだか心配して損しちゃった」
「……三久?」
「じゃあね、遥くん。後は晴香さんと二人でごゆっくり」
「おい、そっち方向反対――行っちゃった」
俺の言葉も聞かずに、三久は由野さんたちがいるであろう売り場ではなく、別のフロアのほうへと小走りで駆けていった。
もしかして違う場所で由野さんたちと待ち合わせでもしているのだろうか。いや、それなら俺のほうにも由野さんや御門さんから連絡があるはずだが。
「あちゃ~……私としてはちょっとだけ匂わせしてやろって程度だったけど、あの子にはやり過ぎだったか」
「乃野木さん、今なんて――でっ!?」
と、乃野木さんが俺の尻を蹴ってきた。
軽く蹴られたはずだが、やけに硬く、ずしんとした重い衝撃がお尻から腰にかけて伝わる。
……見た目は普通の靴だが、中に鉄板でも入れているのだろうか。
「ちょっと、いきなりなにすんの」
「なにしてんのは、滝本でしょ。ほれ、ぼーっとしてないで、さっさとあの子を追いかけてやんの」
「そう言われても、もうどこ行っちゃったわからないし。とにかく電話して――いでっ!?」
今度は少々強めに蹴られた。
この原因を作ったのは乃野木さん本人だと思うのだが……本当に理不尽なことをする。
「してもどうせ出ないから探すんでしょ。ってか、連絡が取れるようになったら、それこそ手遅れだよ」
取れるようになったら手遅れ……取れない方がずっとまずくないだろうか。
「滝本さん、大丈夫ですか?」
「御門さん?」
三久に続いて、今度は御門さんが一人で俺のもとへ。
走ってきたようで、少し息があがっている。
「由野さんは?」
「二手に分かれて三久のこと探してて……一緒じゃなかったんですか?」
「さっきまで一緒にいたんだけど、あっちに走っていっちゃって」
「じゃあ、追いかけないとですね」
これで、待ち合わせの件は完全に消えた。
フロントに言って放送――はダメか。ただはぐれたのならともかく、三久は自分から離れたので、出て来てくれるとは思わない。
「各々分かれて探しましょう。集合場所は一階の総合案内の近くということで」
「了解。……ごめん、迷惑かけて」
「……ドンマイです」
びし、と親指を立てて、御門さんも同じく三久が走っていった方角へと消えていく。
「ほれ、アンタもさっさと行くんだよ色男」
「……わかってるよ。それじゃあ、また明日予備校で」
「ん。あ、あと、上手くいったらあの子の連絡先教えてくれると嬉しい。あの子がOKくれたらだけど。ちゃんと謝っときたいから」
「? ……まあ、訊いてみるけど」
乃野木さんは俺と話してただけだが。というか、いきなり臀部を蹴ったことに対しての謝罪はないのだろうか。ないんだろうな。
とりあえず乃野木さんの連絡先を受け取って、俺も三久の捜索を始める。
ひとまず同じ階の売り場から。
書店、シューズショップ、雑貨店、あとは途中にある休憩スペース。
一応、喫煙室なども確認してみるが、見つからない。
「しかし、広いな……」
ここに着いたときから思っていたことだが、こうしてしらみつぶしに三久のことを探していると、改めて感じる。
一階~三階までのテナントに、地下一階の駐車場。あとは、四階にオフィススペース。
探す範囲も広く、店によっては混雑しているので、慎重に探さないと見逃してしまう。
「飲食店は省くとして、あとはトイレとか……いや、さすがにそれはベタだし――ん?」
由野さんからメッセージが来た。
※
(由)『滝本さん、三久、見つかりました?』
(滝)『ごめん、まだ。そっちはどう?』
(由)『いえ。女子トイレとか休憩室とか行ってみたんですけど』
(由)『あと駐車場とかも。でも、いませんでした』
※
人気の少ないところは先に潰してくれたようだが、三久はいなかったようだ。
御門さんからも連絡が来たが、やはり、状況は変わらない。
「となると、俺が頑張るしかないか」
少々難易度の高いかくれんぼだが、こうなったのは逃げ出した俺に責任がある。
恥をかいたとしても、三久に引かれたとしても、やはりあの場面では正直に答えるべきだったのだ。
「……三久がいそうなところ、か」
かくれんぼなら、あの夏の時、何度かやったことがあるはずだ。俺はゲームを禁止されていたし、また三久も体を動かすのが好きな子だったので、遊ぶと言ったら、基本的には外で遊ぶのがほとんどだった。
おぼろげすぎる記憶をなんとか手繰り寄せて、俺はヒントを探し出していく。
あの時、三久はどんな場所を好んでいただろう。
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