第19話 ばったり
三久とこうして密着する状況は初めてではないが、今回、三久は服を脱いで水着の状態である。
「あ、あの……」
俺の懐にすっぽりと収まっている三久は、一目見てわかるほどに真っ赤になっている。
着ているのは、パステルカラーを基調として、花柄があしらわれたデザインの水着である。
そこまでなら無難かな、と思ったのだが。
「おにちゃん、あの、これはその、違くて」
問題は、着ているタイプがビキニで、しかも、露出度がかなり高いものだということだ。
いや、これでも普通なのかもしれないが、とにかく、俺の視点からみれば、かなり目のやり場に困る。
「あのね、私は普通のやつを選んだんだけど、いつの間にかこっちのほうにすり替えられちゃって……ちょっとゆっぺ、ふざけてないでカーテン開けてよ」
「え、いいの? 開けてもいいけど、今、私たちの周り、試着待ちの列で人そこそこいるんだよな~困ったな~そんなことしたら滝本さんがヘンな目で見られちゃうかもな~」
「うっ」
「ぐっ……」
三久と俺、同じような声が漏れる。
この確信犯め、というのはともかく、由野さんの言う通りこのまま出ていくのはまずいかもしれない。
「ちゃんと人がはけたら呼ぶから。それまで二人でじっくり楽しんで、OK?」
そのわりに、随分とがっちりカーテンを押さえている御門さんである。
楽しんでというのはともかく、これはもう、腹をくくるしかないのか。
「三久、大丈夫。もし嫌だったら、俺はちゃんと見ないように目をつぶってるから。……服に着替えるんなら、耳だってちゃんと塞ぐし」
密着状態から離れて、俺は三久から背を向けた。
耳を塞いで目をつぶって、あとはじっと他の客がいなくなるのを待つ。それが俺にとっても三久にとっても一番だと思う。
水着を見ろと言ったって、さすがにこの狭い状況で二人きりというのはさすがに、
「えっと……私は、いい、よ?」
「ん?」
耳を半分塞いでいたので、三久が何と呟いたか聞き取れなかった。
もしかして、今、いいよ、と言っただろうか。
「三久、今なんて」
「ほ、ほら! ゆっぺが勝手に選んだものとはいえ、試着しちゃったんだから! ちょっとぐらいなら、まあいいかなって。確かにちょっと派手かもだけど、裸ってわけやなし!」
「っ、それはそうだけど」
その割には随分声が焦っているような。
しかし、先程密着した時にちらりと見てしまったわけで、それならしっかり見て感想の一つや二つ言ってあげたほうがいいのか。
「本当にいいのか?」
「……うん」
三久も同意してくれたので、そのまま前へと向き直る。
「えと、ど、どう……かな? 変じゃない?」
「……っと、」
まず、変ではない。ここに来てからずっと言っている通り、どんな水着を着たとしても三久なら似合うと俺は思っているからだ。
「……似合ってると思う」
「ウソ。だって、おにちゃん、さっきから私のことほとんど見てないし」
「っ、そう言われてもだな」
しっかり見ようとしても、どうしても三久のことを直視することができない。
正直に言ってしまうが、今の水着姿の三久は、俺の目にものすごく毒である。
三久は部活で競泳用の水着を着ているが、その日焼けした部分とそうでない部分がはっきりとしている。
なので、ビキニを着られると、その境目の部分が見えてしまうわけだ。
「……やっぱり似合ってないんでしょ? ゆっぺみたいに胸も大きくない、おこちゃまの私には、まだまだスクール水着がお似合いだって」
「そんなこと言ってないって、綺麗だし、色合いも三久にあってる」
「……じゃあ、ちゃんと見て言ってよ。ねえ、わかってる? 今、おにちゃんが言ってること、全部嘘くさいよ」
「いや、だって」
実際に思ったことを言ったら、嫌われることはないにしても、引かれることは確実だろう。
率直に言って
家では勉強漬けの毎日だった俺だが、学生時代、まったく知り合いがいなかったというわけでもない。その伝手もあり、多少自分なりの嗜好を持っていたりもするわけだ。俺だって、不健康ではあるが、真っ当な男である。
「別に怒らないから、ゆっぺやまりの時みたいに、ちゃんと私のこと見てよ。ほら、どう? いい? 悪い?」
「だから……」
見ようとしても、三久の日焼けしていない素肌の部分まで来ると、どうしても露骨に目をそらしてしまう。
なんて自分は気持ちの悪い男なのだろう。幼馴染の女の子に、気持ちの悪い視線を向けてしまうとは。今は二人きりなのでまだいいが、この光景を見たら、由野さんも御門さんもきっとドン引きだ。
激しく自己嫌悪。
「ねえ、おにちゃん、どうなの? 私の
綺麗、でもダメ。似合ってる、でもダメ。しかし、正直に答えるのはどう考えても男として最悪。
家族の方針で、これまで神頼みなど一度もしたこともないが、今、初めて神に答えを乞いたい気分である。
どうすれば、三久に嫌われることなくこの場を切り抜けられるか。
「ほら、おにちゃんってば」
「うぐっ……」
逆襲とばかりに、今度は三久が俺の方へとどんどん迫ってくる。
三久だって、俺の前でずっとこの姿でいるのは恥ずかしいだろうに。
「正直に言うとだな、」
「……うん」
「言うと……」
密着するかのように体を寄せる三久のほうへ、俺は視線を落とし――
「――ごめんっ!」
「!? えっ」
ついに耐え切れず、俺は強引に試着室のカーテンを開けて外に出た。
「およっ!? ちょっと、滝本さん?」
「ごめん! やっぱり俺、あっちで待ってるから!」
ダメだ。この状況に耐え切れず、ついやってしまった。
無回答のまま逃げ出すという、間違うことよりもさらにまずい間違い。一見、紳士っぽく見えて、その実ただの腰抜けでしかない。
つまりは0点以下、マイナス。
「はあ……こんなんだから、俺はいつまでもダメなんだ」
しばらく走り、逃げ込んだ休憩スペースのソファに腰を下ろした俺は、自分のヘタレさに頭を抱えた。
両親はきっと、こんな俺の本質を見抜いていたから、実家から追い出したのだろう。
試験もダメなら、人とのコミュニケーションすら満足にできない。
そんな人間は、きっと成功者ばかりの滝本家にはふさわしくなんか――。
「――あれ? そこにいんのって、もしかしなくても滝本?」
「そういう君は」
聞き覚えのある声に呼ばれて顔を上げると、そこには黒い帽子を目深にかぶったいつものファッションの乃野木さんがいた。
「奇遇だね。アンタも買い物?」
「まあ、友達……と一緒にね。乃野木さんも?」
「ま、ね。私は一人だけど。……もしかして、友達って女?」
「……あ~、と」
「あ、いい。もうわかったから」
誤魔化せなかった。まあ、突然のことなので仕方ないが。
「へえ~、なに、アンタ浪人生のくせして女と買い物かよ。さすが、元全国一位は余裕だね~」
「からかわないでよ。乃野木さんだって、似たようなもんでしょ。……それ、化粧品?」
「ん。女にとっての必需品だからね」
それにしては、随分色々と買い込んでいる。いくら必需品とはいえ、買いすぎではないだろうか。
「ってか、男でも肌のケアぐらいしないと。アンタはまだマシだけど、清潔感は常に保ってなきゃ彼女に嫌われるよ?」
「いや、別に一緒に来てるのはそんなんじゃ……」
「なるほど、友人以上恋人未満と。で、いつ告んの? モノにすんなら、試験もあるし、早い方がいいと思うけど」
「いや、するわけないでしょ。俺と彼女はそんなんじゃ――」
「――ねえ、おにちゃん。その人って、おにちゃんの知り合い?」
と、そのとき、そんなか細い声とともに、控えめに服の袖を引っ張られた。
「……三久」
「うん」
振り向くと、俺を追いかけてきたのか、服に着替えなおした三久が、気まずそうな顔をして立っていた。
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