第18話 かべどん


 当然というか、売り場にはほぼ女性しかいなかった。


 もちろん男性用もあるのだが、それは売り場の隅っこで、今のところそこに男性は少ないし、いるとしても、一緒に買い物に来ていると思われる女性がしっかりと隣について、いちゃいちゃとしている。


 対して、この俺。


「みっきぃ、まり、どれにする? お、これなんぞいいんじゃね?」


「うん、三久に似合ってると思う」


「ええ~? ちょっと派手過ぎん? それとなんか形がヘンやない?」


 三人はすでに買い物モードでに入っていて、あれこれと議論を交わしている。


 俺はその三人を少し離れたところから眺めている。


 向かうところ敵なしという感じの女子高生と、とくに格好良くもないしょぼい浪人生の俺。


 一応、三人の持ってきていたバッグを持ってあげることで『え? 私、この子たちの荷物持ちですけど?』感を積極的に醸し出してはいるが、いつ巡回の警備員さんに事務所にお持ち帰りされるかわからない。


 というか、ちょっとだけ注意深く観察された気がする。


「? あ、もう滝本さん。なにやってるんですか、そんなところで突っ立ってないで、もっとこっちに来て一緒に選んでくださいよぅ」


「ん、私も滝本さんの意見がほしいかも」


「えっと、私は、その」


「俺の意見なんて真に受けないほうがいいと思うんだけどなあ……」


 しかし、行かないと三人に騒がれて目立つのも嫌なので、ひとまず三人のもとへ。


「ところで、どれを買おうと思ってるの?」


「え~っと、とりあえずこの辺ですね」


 由野さんが両手に沢山のハンガーを抱えて見せてきた。


 買うのは一着、二着のはずなので、ここから試着して選んでいくのだろう。


 このパターン、前にどこかで体験した記憶が。


「滝本さん、どうですかね?」


 由野さんがいくつかの水着を体に合わせて、俺の反応を見ていく。


「う~ん……」


「だから、難しく考えなくていいですよ。ちょっと色があってないとか、フリフリが余計とか、そういうのでいいですから」


「そういうことなら……」


 由野さんを見る。


 三人組の中心、いや、ムードメーカーだろうか。三人でいる時はどうかわからないが、少なくとも俺がいるところでは、いつも元気だし明るい。


 あまり舐めるように見ると変態呼ばわりされるのでさっとだが、全身を見る。


 そういえば、小さな差ではあるが、三人の中では一番背が高いか。


 それに、プロポーションもいいと思う。さすが運動部の子という感じだ。


「! あ~っ、滝本さんったら、私の美貌に気づいちゃいましたぁ? そうですよ、この三人の中では一番大きいですよっ」


「ほう、滝本氏はおっぱい星人」


「……おにちゃんのバカ」


「見ろって言ったのそっちじゃんか……とりあえず、由野さんのイメージから考えると、あまり可愛い過ぎるデザインのものは向いてないと思う」


 露出度が高いやつのほうがいいと言っているわけではないので、悪しからず。


「ふむ、なるほど。そっちのギャップは逆効果ですよね、やっぱり。滝本さんは予想通りビキニ好き、と。メモメモ」


「だから、何も言ってないんだけど」


「……ふんっ」


 後、なぜそこで三久の機嫌が悪くなるのか。


「私はどうですか?」


「御門さんはその二着、どっちでもいいと思う。こんなこと俺がいうのもなんだけど、似合ってる……かな」


 由野さんと違って御門さんは無難なものを選んでいる。


 ここらへんでも、結構性格の違いというのは出てくるものなんだな。


「……ありがとうございます」


 俺からの意見に安心したように、御門さんは一瞬だけ穏やかな笑みを浮かべる。


 普段無表情で捉えどころがない彼女だが、根っこのところは由野さんや三久と全く変わらないのだろう。


「最後に三久だけど……」


「ふぇっ!? あ、え、え~っと私はまだ決まってな……」


「なに言ってんの、ちゃんと選んでんの見たし。……ここからがお楽しみでしょ?」


「ん。せっかく滝本さんが一緒なんだから、実際に着て、ちゃんと見てもらお?」


 そう言って、由野さんと御門さんが、三久のことを試着室へと引きずっていく。


「待ってよ、ゆっぺ、まり……」


「もう、ちゃんと昨日三人で話して決めたでしょ? いきなり怖気づかないの」


「で、でも……」


「大丈夫だよ、三久。ほら、入って」


「ほい、収容完了。滝本さんもこちらへどうぞ~」


「うん。でも、いいのかな、こんなことして……」


 三久、少しだけ嫌がっていたような気が。


 三人の後についていく形で、俺も試着室の前へ。


「はい、んじゃ試着が終わったら呼んでね~」


「ゆっぺ、恨むよ……」


「言い出しっぺのくせに何言いよっと。つべこべ言わんで、さっさ着る」


「ぅぅ……」


 観念したのか、三久が試着室で着替えを始めた。


「滝本さんは、ちょっとだけ離れてくださいね、あっ、もしかして三久の衣擦れの音、聞きたかったりします?」


「そんなわけないでしょ」


 三久だって、そんなことをされるのは嫌だろうし。


 というか、今だって正直、変な気分だ。


 こういう女の子たちの買い物に付き合うのもそうだし、幼馴染が近くで着替えているのを待つのも。


 ……本当に、どうしたらいいものか。俺は果たして正解を選べているだろうか。


「……ゆっぺ、着たよ」


「大丈夫? まずいもんはみ出したりしてない?」


「はみっ!? もう、バカっ」


 聞かなかったことにする。とりあえず、女の子って色々と大変なんだな、とだけ。


「滝本さん、ちょっとこっちへ」


「あ、はい」


 御門さんに手招きされ、試着室の前へ。


 この向こうに、水着に着替えた三久が待っているのか。


 ちょっとだけ緊張する。


 まあしかし、とにかく、二人の時のように正直に感想を言えばいいだけだ。


 かわいい、でも、似合ってるでも、なんでもいいのだ。


 それできっと三久も満足してくれるだろう。


「おにちゃん、そこにいる?」


「うん、いるよ」


「わかった……じゃあ、開けるね」


 試着室のカーテンを三久の手がつかみ、そのまま開けようとした瞬間、


「ゆっぺ、今!」


「おっし、では、おひとり様ごあんな~い!」


「えっ、ちょっ、ととっ!?」


 どんっ、と由野さんに背中を強く押され、なんと俺の方がつんのめるようにして前へ。


 というか、試着室の中へ。


「おわっ……!」


「ひゃっ……!?」


 試着室には、三久という先客がいる。

 

 そこに、いくら不可抗力とはいえ勢いよく乱入してしまえばどうなるか。


「お、おに、ちゃん……」


「み――」


 勢いよく前に出た拍子に、試着室の中で、俺は、水着姿に着替えた三久に壁ドンしていたのだった。


 

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