第17話 さんにん 2



 結局、服は以前三久に選んでもらったもう1セットを無難に選び、当日を迎えることになった。


 待ち合わせは11時に最寄り駅。


 俺は三久と一緒に行くつもりでいたが、三久の方は朝早く由野さんの家へと行ってしまったので、合流は駅だ。


 女の子でつもる話もあるから、と三久は言っていたが。


「あ、きたきた! おーい、たっきもっとさーん!」


 約束の時間五分前。


 自転車を置いて待ち合わせ場所に向かうと、俺に気づいた由野さんが大きな声で手を振ってきた。


 御門さんも、ぺこりと頭を下げる。


 様子がちょっとおかしいのは、三久だった。


「ほれ、みっきぃも。挨拶挨拶」


「あ、うん……お、おはよ」


「うん。おはよう、三久」


「う、うん……」


 俯き加減のまま、三久が二人の後ろに隠れてしまった。


 もしかして、ちょっと避けられている?


 でも、なぜだろう。


 つい最近はずっと仲も良かったし、嫌われるようなこと、距離を置かれるようなことなんてしていないはずだが。


 そんな様子を見て、由野さんや御門さんは呆れ顔で肩をすくめている。


 いつもは元気な三久だが、たまにこんなふうに引っ込み思案になる。


 由野さんは言わずもがな、また御門さんも物静かに見えてグイグイくるので、バランスを取って控えめにしている、とも考えられなくもないが。


 まあ、しばらく一緒にいれば元に戻るか。最近あんまり話してなかったから、気まずいというのもあるだろうし。


 ともかく、電車の時間が近いので、すぐに乗り込むことに。


 この駅が始発なようで、席の方は貸し切り状態だった。


「お、ちょうどよく席空いてるね。……ということは、んふふ」


 由野さんがそう言うと、突然、俺の腕にぴったりとくっ付いてきた。


「滝本さぁん、あのぅ、隣、いいですかぁ?」


「ちょっ……由野さん?」


「おっと、であれば私も」


「御門さんまで……!」


 由野さんに続いて、御門さんまで俺の腕にしがみついてきた。


 肘あたりに感じる微妙に柔らかなものに、俺は思わず体をこわばらせた。


「んぎっ……!? ちょ、ゆっぺ、まり! こんなとこでなにやって……!」


「なにって、座席に座るだけやろ? 他の人の迷惑にならないよう、ちゃんと詰めて座らんとやし」


「だ、だけんってそげんくっつくことないやん!」


 誰が俺の隣に座るかでぎゃあぎゃあとさわぐ女子高生三人組。


 今は周りに誰もいないので助かっているが、これで他の乗客が一人でもいようものなら……なんだか、とても恥ずかしい。


「もう! なんか危ないけん、ゆっぺとまりはおにちゃんの隣禁止!」


「じゃあ、みっきぃが隣に座る?」


「うっ……まあ、幼馴染やし、そのほうがおにちゃんも落ち着くやろうし」


「いや、別に俺はどっちでも……」


「な ! に !?」


「いや……すいません」


 なんだろう、三久がいきなりものすごく怖い。


 さっきまで控えめにして、俺たちからちょっと離れて歩いていたというのに。


 結局、座席は端に俺が座り、隣に三久、そしてその隣に由野さん、御門さんという配置になった。


 まだ買い物に行ってないのにこれとは……この用事が終わったら勉強するつもりだったが、ちょっと難しいかもしれない。




 いつも降りる駅を通り過ぎ、俺たち四人は市内にある最も大きな商業施設へたどり着いた。このへんの地域の人は、買い物といったらここになるという。


 東京のような大都会と較べると可哀そうだが、土地が広い分、それぞれの店の売り場面積が広く、人とのすれ違いを気にすることなく、ゆっくりと買い物ができる。


 個人的には、俺はこちらのほうがいいと思う。


 他人が密集しているのは、やはり苦手だ。


「それじゃあ、お昼は後にして早速メインいっちゃいましょうか」


「由野さん、俺、本当に一緒に行っていいの? 俺、あっちの休憩スペースで待ってたほうが……」


「大丈夫ですって。私がいっしょにいますし、せいぜい他の人からは『死ねよこのハーレムクソ野郎』と思われるだけですから」


「それがいやなんだけど……」


 男性からの意見と言われても、正直、ファッションのこともわからない俺が、女の子の新しい水着に対してなにか意見を言うなんておこがましいと思う。


「そんなに考え込まなくてもいいんですって。私たちがいくつか試着したものに対して、かわいい、とか、きれいとか似合ってるとか、エロいとか正直興奮するとか、ねえ『コレ』でこの後どう? みたいな感じで財布から三万円を取り出すとか、そんな単純な反応でいいですから」


「どう考えてもやっちゃダメなやつがあるよね」


 後半のほうは無視するとして、しかし、感想を述べるのも恥ずかしい気がする。


「……三人は大体なんでも似合うだろうから、色々来てもかわいいとかしか言えないと思うんだけどなあ」


「「「…………」」」


「え? あの……」


 三人がそれぞれ無言で俺の方を見つめている。


 由野さんも、御門さんも、それに三久も、俺の感覚から言うと普通に可愛い女の子なので、元が可愛いのだから、よっぽど奇抜なものでなければかわいいだろうという理論の元だったのだが。


「おいおい~……この人、なんかさらりと言いやがったよ」


「さすが、東京モンは違うばい」


「おにちゃん……もう」


 何気なく口走ってしまったが、まずい発言だったかもしれない。


 ほら、やはり俺にはこういうのは向いていない。


「……やっぱり俺休憩室に――」


 と逃げようとしたが、やはり由野さんと御門さんに捕まえられてしまった。


「いやいや、せっかくですから行きましょ。大丈夫、ちょっとだけ、ちょっとだけ」


「ここまで来て逃げるのはなし」


「でもほら、三久の意見だってあるし」


 三久だって年頃の女の子なわけで、昔と違って羞恥心みたいなものはあるだろう。


「え? ああ、なんだ。そっちは大丈夫ですよ。だって、この企画はもともと――」


「うがーっ!?」


「うべしっ!?」


 そんな叫び声とともに、由野さんの顔面に三久のバッグが直撃する。ちょっと鈍い音がしたが、大丈夫だろうか。


「あ~! もう、何言ってんのかなゆっぺったら! もう、うだうだしてないでさっさと行くよ! ほら、おにちゃんも、さあ!」


「あ、ああ……」


 まあ、三久が構わないのなら、俺も引き受けるしかないのだが。


 そんなわけで、ずかずかと進む三久を追いかける形で、さっそくメインイベントの場所であろう水着売り場内部へと足を踏み入れる俺だった。

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