第11話 ともだち
休日はあっという間に過ぎて、月曜日を迎えた。
今日からは、俺も予備校へと通わなければならない。前日は案の定筋肉痛に苦しんだが、その痛みも、今はもうほとんど引いている。
「時間は……もうちょっと寝れるか」
昨日は早めに寝たので、設定した目覚ましからは後30分ほどある。まだ瞼は重たいし、二度寝にはちょうどいいかも――
「ん? メッセージが……」
と考えていると、不意に携帯が震えた。
三久からだ。
前日、生まれたての子鹿のごとく体を震わせていた俺の様子を見に来たとき、ついでに、ということで連絡先を交換したのだ。
実家、父母、この家。三つだった連絡先に、初めてまともな連絡先が加わった。
(おにちゃん、おはよ! おきてる?)
(いまおきた)
(おはよ! じゃあ、窓あけて、下みて)
「……下?」
指示された通り、カーテンを開け、そのまま窓を開けた。
夏の早朝の、涼しい風と気持ちのいい日光が体に染み込んでくる。
「おにちゃん」
見ると、ちょうど家の玄関先に制服姿の三久が自転車にまたがって手を振っている。
「早いな。部活?」
「うん、朝練。夏の大会までもう少しだから、頑張らないとね」
三久は水泳部に所属しているとのことだ。
そういえば、三久と再会したとき、濡れて透けた部分から日焼け後が見えたような……いや、もうあのことを考えるのはよそう。朝っぱらから、変な気分になる。
「っとと、もう時間だ。じゃあね、おにちゃん。予備校頑張ってね」
「お前こそ。いってらっしゃい」
「うんっ」
嬉しそうに頷いて、三久は上機嫌で自転車を飛ばしていった。
三久の姿が小さくなっていくのを見守ってから、俺は窓を閉める。
一言二言会話を交わしたことがいい目覚めになったのか、俺にしては珍しくしつこい眠気もどこかへと吹っ飛んでいる。
「あら。遥、もう起きたのかい。じゃあ、ご飯にしようかね」
「うん。お願い」
まだ出る時間ではないが、余裕は持っておいた方がいいかもしれない。
三久がそこまで気を遣ったわけはないだろうが、一応、感謝はしておこう。
なんとなくだが、今日から頑張れそうな気がする。
※
「遥、車には気を付けてね。駐輪場は駅からちょっと離れたところに市営のものがあるから、そこを使えばいいからね。あと、忘れ物はないかい?」
「うん、大丈夫」
前日に全て確認しているから問題ないが、祖母も祖母なりに心配なのだろう。
後、昼の分のお弁当まで持たせてくれた。まだ食は細いが、できるだけ全部食べ切ろうと思う。
「あ、遥くん! ちょっといい?」
「三枝さん」
祖母に手を振り、これからしばらくお世話になるマウンテンバイクにまたがって出発しようとしたところで、早谷家から出てきた三枝さんが俺のもとに駆け寄ってきた。
「どうかしました?」
「ごめんねぇ。三久ったら、テーブルにこれもっていくの忘れちゃって」
三枝さんの手には、大きめの可愛らしいハンカチにつつまれた四角いものが。
多分、昼の弁当を忘れてしまったのだろう。
「遥くんの予備校って、確か、市内のほうだったわよね? ついででいいから、あの子にこれ、もっていってやってくれないかしら?」
「いいですよ。予備校の授業までは、まだ少し時間はありますし」
三久が通っている高校は、俺が降りる場所の少し前の駅にある。沿線上だ。事前に連絡しておけば、駅の改札で受け渡しもできるだろう。
「ありがと~っ、さすが遥くん。頼りになるわ~」
「いえ、このぐらいは」
こちらに来てから、早谷家にはお世話になりっぱなしだから、どんなことでも役に立ちたいと思う。お使いぐらいならなんてことはない。
そういうわけで、用事一つ追加。
「えっと、この駅が最寄だったな……」
三枝さんから受け取った弁当を鞄に入れて、俺は電車を途中下車し、三久が待っているという駅の改札へと向かった。
一応、俺からも三久にメッセージを送っていたが、おそらく朝練中だったのだろう、既読がついただけで返事は帰ってこなかった。
三枝さんが電話しているはずなので、ちゃんと来てくれるとは思うが。
「こっち、こっち」
大丈夫だったようだ。三久が、改札から身を乗り出して手を振っている。俺も小走りで彼女のもとへ。
「ごめんね、これから予備校なのに」
「気にすんなって。はい、これ」
「うん。……それ、着てくれてるんだ」
俺が着ているのは、週末、三久が選んでくれたうちのワンセット。
せっかくだからと思って、着てみたのだ。
「……へへ」
「なんだよ、気持ち悪いな」
「いや、良く似合ってるな~って。さすが私」
「ったく……はい、さっさと受け取って、学校に戻る」
「うん。……今日はありがとね、おに――」
――カシャッ。
「「ん?」」
と、三久が俺から弁当を受け取ろうとした瞬間、不意にどこかでシャッター音がなった。
「へへ~、みっきぃ、悪いが証拠物件は押さえさせてもらったぜ~?」
「……もらったぜ」
「げっ、ゆっぺ! それに、まり!」
三久と同じ制服をきた女の子二人が、ニヤニヤ顔で物陰から現れた。もちろん、スマホをしっかりと構えている。写真でも撮られたか。
ゆっぺとまり――反応からして、三久の友だちだろう。クラスメイトかな。
「もう、なんで来ると!? 来んでって言ったやん!」
「え~? 別に良かやん。気になるし。おにーさんも、そう思いますよね? あ、おさげの私が
「どうも、お兄さん。親友AとBです」
「ど、ども……」
久しくこんな機会はなかったが、二人ともすごい勢いで俺に食いついてくる。
さっきから三久が必死になって引きはがしにかかっているのだが……女子高生って、みんなこうなのだろうか。
「ちょっと、二人とも! この人はこれから予備校で忙しいんだから、これ以上迷惑かけるのダメ!」
「お? こ・の・ひ・と~? おいおいみっきぃ、幼馴染なのに、ずいぶんとよそよそしい呼び方ですな~? なあ、真理隊員」
「イエス。普段二人がどんな風に呼び合っているのか気になる」
「んぐっ……!」
おお、あの三久が勢いで負けている。そうやすやすと御しきれるほど友だち関係は短くないというわけだ。
「さあ、ほら、早谷君。白状してみたまえ。ん? この人のことは、普段どんなふうに呼んでいるのカナ? やっぱりオーソドックスに、だー」
「んがーっ!」
と、ここで我慢の限界に達した三久が、あらんかぎりの力でおさげの子、つまり由野さんを投げ飛ばした。
御門さんのほうは……いつの間にか離れていた。ちゃっかりしている。
「バカっ! 二人とも、もう行くよ! 授業始まっちゃうし!」
「あ、ちょっ、待ってよみっきぃ! あ、滝本さん、また会いましょうね!」
「予備校、頑張ってください。あ、これ、由宇と私の連絡先です。三久のことならなんでも聞いてください」
「え? あ、ああ、うん。どうも……?」
俺の名前は知っていたようで、ぺこりと一礼した二人は、顔を真っ赤にして走っていく三久をすぐさま追いかけていった。
さりげなく連絡先を渡すというおまけつき。
「……すごいな、女子高生」
次の電車の知らせがホームに鳴り響く中、嵐のように去っていく三人組に向かって、俺はそう呟いた。
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