第12話 とくしん
由野さん、御門さんの質問攻めで時間は食ったものの、三枝さんからのお願いを無事果たした俺は、そのまま次の電車にのって予備校へと向かった。
時間はぎりぎりだったが、チャイムまでに来ていれば問題ない。
「えっと、この教室だったよな……」
岩井さんに渡された表を何度も確認して、教室へ入る。
俺が編入したクラスは、以前と同じく、旧帝大その他競争率の高い大学への合格を目標とするコース。特進クラスとでも呼べばいいだろうか。
ドアを開けると、すでに教室の机はほとんど埋まっている。
「滝本君、おはよう」
「岩井さん……おはようございます」
「空いているところに座って。まあ、最前列しか空いてないけど」
岩井さんに軽く会釈して、一番前の空いている二つのうちの一つに腰を落とした。
最近視力が落ちてきたので、前列はむしろ好都合である。
もちろん、問題がないわけではないのだが。
――なあ、あいつって……。
――ああ、知ってる。東京校、ってか全国で不動のランキング一位様
――実物は初めてみたけど、意外とガリ勉って雰囲気じゃねえな
さすがに特進クラスだけあって、さすがに皆、模試ごとに張り出される全国ランキングは気にしているのだろう。ちょっとした有名人である。
それだけならまだ別にいいのだが、話しに耳を傾けるかぎり、あまり俺にとっていい内容ではなかった。
――全国一位なのに落ちたとかマジ? 海外の大学でも受けたん?
――いや、普通に受けて落ちたとかって、聞いたぜ。
――それで落ちるとか、逆に恥ずかしくない?
――お前ちょっと聞いてみろよ。
――え、やだよ。お前聞いてみろよ。
どんな形であれ、目立つところに名前が出ていれば。いい意味でも悪い意味でも話題の的になる。
上にいればいるほどやっかみは多いのでもう慣れたが、居づらいと言えば居づらい。
「はい、静かに。時間になったから始めるよー」
チャイムと同時に岩井さんがさっさと講義を開始すると、教室内からいっきにざわつきが引いて、水を打ったように静かになる。
彼らとて、受験に失敗した浪人生。人のことにいちいちかかずらっている暇はないことはわかっているのだ。
もちろん、俺もそうだ。人の陰口に耳を傾ける必要はない。
心の中でよし、と呟いて、岩井さんのほうへ意識を集中しようと顔を上げた瞬間、
「――ちーす、すんません。一分十四秒遅刻しましたー」
ガラガラと大きな音をたてながら、教室内に入ってくる人が。
黒い帽子を目深にかぶり、この時期には珍しい長袖のパーカーを着ている。
「……びっくりした、乃野木君か。もう始まってるから、さっさと座っちゃって」
「うぃーす、すんませーん」
どう考えても悪びれていない態度のまま、乃野木と呼ばれた少女が俺の隣に座る。まあ、そこしか空いてないのだが、当然か。
――乃野木、ったく、またあいつかよ。
――遅刻魔のくせに、あれで成績はウチの中でトップクラスってのがな。
どうやら彼女もそこそこ有名なようだ。
まあ、何度も言うが他人のことをあれこれ気にしてもしょうがない。自分は授業に集中しよう。
いったん彼女のことを思考から外し、俺は岩井さんの講義に耳を傾けた。
※
一コマ目、二コマ目、各90分の授業を終えて、昼食。
他の生徒たちがめいめい教室から出ていく中、俺は一人机の上で弁当を開く。
唐揚げ、卵焼き、サバの塩焼き。少な目にもったご飯には梅干し。
栄養のバランスではなく、なるべくご飯が進むようなおかずと味付けになっている。
「……うん」
おいしい、と思う。
久しぶりにまともに授業を受けて勉強できたこともあって、食欲も多少湧いている。
これなら全部食べられそうだ。
と、順調に食べ進めていたところで、ポケットのスマホが震えた。
「ん? メッセージ……これ、由野さんからか」
『ゆっぺ』とあるので、多分そうだろう。
俺の連絡先は渡していなかったはずだが、三久から強引に聞き出したか。
『滝本さんにプレゼント』
メッセージとともに、美味しそうに三枝さんの弁当を食べる三久の横顔の画像が。
なんだか微笑ましくて、思わず笑ってしまう。
『がぞう
すぐけして』
追って三久からもメッセージが来る。
『どうしようかな』
俺も返してみる。
『いじわる』
『しらない』
ぷくっと頬を膨らませる三久の顔が浮かぶ。
文字だけなのに、なんてわかりやすい。
『でも三久らしいよ。俺はかわいいと思う』
「……返事、こないな」
既読はついているが、返事がこない。
そういえば、由野さんや御門さんもこのやりとりを見てる可能性があることを忘れていた。あまりよく考えず『かわいい』などと送ってしまったので、今日の朝の感じだと、またからかわれている可能性がある。だとしたら、ちょっと悪いことをしたかもしれない。
帰ったら、それとなく謝っておくか――。
「――ねえ、そこの有名人」
と、スマホをポケットにしまって、弁当を綺麗に食べ切ったところで声をかけられた。
「どーも」
振り向くと、そこにはこちらを見下ろしてにやりと笑っている乃野木さんが。
「下向いてクスクスしてたけど、なんかやってたの?」
「……友だちと話してただけだよ。それで、何か用?」
「ん? まあ、別に大したことでもないんだけどさ、ちょっと気になってさ。……あ、私、
そう言って、乃野木さんは、朝と同様、隣の席に腰かけた。
「ん? どうしたん?」
「いや、別に……」
朝の時はよく見ていなかったが、彼女の格好はちょっと変わっている。
パーカーや帽子はまあ普通だが、首にはネックレス、指にはシルバーリングがいくつもはめられていて、爪はネイルアートというやつだろうか、それぞれ違う絵が描かれている。
あまり真面目なようには見えない風貌だが、それでも成績のほうは上位らしい。
別に禁止されてないので、何をしてようが構わないのだが、俺にとっては別の世界の人でも見ているようだった。
「でさ、話しの続きなんだけど」
「うん」
「大学落ちた原因って、なに?」
「っ……」
乃野木さんのストレートな問いに、俺は身を固くした。
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