第8話 じてんしゃ


 慎太郎さんが運転するミニバンの後部座席に乗って、ホームセンターへ。


 俺の隣には、もちろん三久がいる。


「……あのさ」


「っ、う、うん」


「今日の、朝のことだけど」


「やっ、あれは、うん。大丈夫。気にしないで……別にその、気にとかはしてないから」


「…………」

「…………」


 なら、なぜこんなにも気まずくなるのだろうか。


 俺は元から口数が少ないので、俺から三久に話しかけることは少ない。だから、こうして三久が猫をかぶったみたいに大人しくなると、途端に静かになる。


「いやあ、ごめんね遥くん。三久のヤツがお邪魔しちゃって。昨日、三枝と一緒に無理矢理引きずってでも戻ろうと思ったんだけど――ぐっ!? こ、こら、三久、く、首、首を絞めようとするのをやめ……っ!」


「おとーさんダメだよ~運転中に無駄話なんかしたら~うふふ~」


「三久、そっちのほうが事故っちゃうから」


 後部座席から運転席の慎太郎さんへチョークをきめようとする三久を止めようと手を伸ばそうとした瞬間、


『……おに、ちゃん』


「うっ……」


 今朝のことが思い出されて、俺は三久に触れるのを躊躇してしまった。


 本人は気にしないと言ってくれているが、俺のことを微妙に意識しているのは明らかだった。


 本当に嫌だったら、今、こうして俺の隣には座っていないだろう。


 それは、わかるのだが。


「? おにちゃん?」


「いや、なんでも」


 結局、そのまま手を引っ込めてしまう俺である。


 ……わからない。


 どうするのが正解なのか。


 三久という、幼馴染だけど年頃の女の子と、今まで勉強しかしてこなかった浪人生の俺はどう接すればいいのだろう。


 数学みたいに、ちゃんとした解があればいいのだが。


 


 その後はなんとかどうでもいい世間話で場を繋ぎ、ホームセンターまでの時間をしのいだ。


「駐車場に止めてくるから、遥くんはここで降りていいよ。三久、案内してやって」


「はーい」


 ちょうど入口で俺と三久を車から降ろした慎太郎さんは、駐車場のほうへと入っていく。


「最近は買い物って言ったら大抵の人はここだね。昔は小っちゃいスーパーとか、もっと色々あったんだけど、つぶれちゃって」


「東京ではあんまり意識しないけど、田舎とかだと、そういうこともあるよな」


 俺がいるのは、国道沿いにある郊外型の大きなスーパーで、ここにホームセンターだったり、本屋だったり、といった店がテナントに入っている。服や靴など、ファッションなど色々考えなければここで揃いそうだ。


 三久に訊いてみたが、家だけで着るようなものならともかく、遊びだったり、ちょっと頑張っておしゃれをするような服は、やはり電車に乗ってでも市内まで出てちゃんとしたブランド物を買うようだ。


「ちなみに、今の服はどっち?」


「さあ、どっちでしょ?」


 はぐらかされてしまった。普通のTシャツと七分丈のパンツだが、こういうのでも、実はかなりのお値段ということもある。


 ファッションのことは、よくわからない。


 俺のなら、ここで揃えてもよさそうだ。余計なところにお金をかけてもしょうがない。


「おにちゃん、ここ」


 話の種があれば、気まずくなることはない――テナントの中を通りながら三久とあれやこれやと喋っているうち、目的の売り場であるサイクル売り場についた。


 広い売り場に、ずらりと並ぶ自転車。子供用から、競技用に使うような形のものまであって、内心、ちょっと驚いてしまった。


 自転車には乗れるが、これまで通学は基本的に徒歩と公共交通機関で済んでいたので、こういうところには来たことがなかったのだ。


「う~ん、私のはこれでいいや。店員さん、すいませ~ん!」


「あれ? 三久も買うのか?」


「あ、うん。前のヤツ、お父さんに修理させようとしたんだけど、大分派手にパンクしちゃって。それなら買い替えたほうがよかろ、って」


 再会した時に押していた自転車のことだ。三久のことだから、結構乱暴に使ったのかもしれない。


 うちの周りは山道も多く、意外にごつごつとしている場所が多いのだ。


 三久が選んだのは、籠のついている普通の自転車だった。通学に用いる自転車は校則できっちり定められているらしい。


「じゃ、次はおにちゃんのだね。……ん~、ん~?」


「なんで俺と自転車を交互に見てるんだ?」


「だって、せっかくだからおにちゃんに似合うのがいいかなって」


 そう言って、三久は店中の自転車を物色する勢いで品定めを始める。正直どれに乗るべきか俺にはわからないので、選んでくれるのはありがたいが、さすがに真剣過ぎやしないだろうか。


「……うん、よし、わかった!」


 しばらくうんうんと唸ったあと、三久がぽん、と手を叩く。


 店員さんにあれこれ質問しつつ、三十分。ようやく決まったかと思ったが、三久が指さしたのは、自転車ではなく、なぜか先ほど通り過ぎたばかりの古着屋だった。


「おにちゃん、まずは服、買おう!」


「……なぜ」


 俺は自転車を買いに来たはずだが……ちょっとだけ、この幼馴染のことがわからなくなる。


「だって、今のおにちゃん、はっきり言ってダサいんだもん! ここにあるどの自転車と組み合わせてもちょいダサぐらいにしかならないから」


「うっ」


 俺の服装……半袖のネルシャツに、下はジーンズ。靴はスポーツブランドのスニーカー。


 まあ、ダサいか。着れればいいという考えだから、大体こういうチョイスになる。


「ということで、予定変更。これから自転車に乗っても格好いいファッションを私が見繕ってあげる。さ、おにちゃん、レッツゴーだよ」


「そんなトータルコーディネートある……?」


 なんだか振り回されっぱなしだが、まあ、いつものパワフルな『幼馴染の』三久に戻っているので、良しとしておこう。


 それに、どうやら、今の俺には『女の子』の三久の扱いはまだ難しいみたいだし。


 

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