第10話 近づいちゃダメ(1)

 翌朝早くに目覚めたエルはトゥービィを叩き起こす。


「おい、いつまでも寝てんじゃねぇ。飯を食ったら砦に向かうぞ。こんなことしてる間に攻め込まれてたりしたらシャレにならん」

「お、おう」


 トゥービィは目覚めたときに、自分がどこにいるのか思い出すまでに時間がかかった。いや、思い出したくなかったのかもしれない。貴重な遺跡を壊してしまった事が頭をよぎり、自己嫌悪に陥っていたのだ。

 しかしそれは夢でもなんでもなく、確実に遺跡は崩壊し砂中に沈んでしまっている。



「何シケたツラしてやがる。お前の問題児言動はいつものことだ。気にすんな」


 慰めになっていない気がすると思ったが、実際エルの言う通りだ。一応彼が気を使ってくれるのを感じ、王子は敢えて何も言わなかった。言えば倍ほど罵倒が返ってくるのも承知していた。


 二人は昨日と同じく豪華な朝食を済ませると、イオマに跨り砦へと向かう。

 中立地区の一部には方位磁石が役に立たない地域がいくつかある。しかし昨夜のうちにエルが星の位置を見て方角を調べていたので問題なく到着することができた。



 砦に辿り着くと、小柄な中隊長が転がるように駆け寄って来た。


「ようこそおいで下さいました! ご無事に辿り着かれて安心致しました」

「遅くなってすまねぇな。こいつが余計な事ばかりやらかすもんで」


 指差された王子は面白くなさそうだが、当たっているだけに言い返せない。


「で、どうなんだ? ラガマイアの兵はすぐに動きそうか?」

「先刻、偵察に出した兵が戻って参りました。いまだ敵に目立った動きはないようです」

「そうか。で、向こうの規模は?」


 エルファンスの問いに、中隊長は一瞬言いよどむ。


「……北の機械兵器が300程。あとはラガマイアの兵が4500程です」


 ちっ、とエルが舌打ちする。


「厄介だな。数の差はなんとかするにしてもこっちは歩兵がほとんどだ。機械兵器に立ち向かえるのは古い大砲25台だけか」


「シャボン玉」はとにかく動きが素早く、空を飛ぶ兵器だ。これを旧式の大砲で迎撃するのはなかなかに難しい。


「心配いらねぇ。俺の剣ならそのくらい叩き割ってやれるぞ。何たって東大陸から来たすげー奴だ」


 トゥービィが胸を張って先日買い求めた剣をぶんぶん振り回す。東大陸の名工の剣は頑丈で切れ味も良いすぐれものだ。ただしとても高価で滅多に手に入らない。


「ふん、俺様の槍は北大陸の合金製だ。剣なんかよりリーチがあるから有利だぞ」


 エルは自分の身長よりもずっと長い、鋼で出来た槍をくるりと回して、柄の部分でごつんとトゥービィの頭を叩く。


「まあまあ。お二人とも心強い限りです。ですが危険ですからあの「シャボン玉」には極力お近づきになりませんよう」


 それを聞いてエルが中隊長に噛み付いた。


「おい。俺様たちは戦争しに来てるんだぞ。危険だとか安全だとかそういう問題じゃねぇだろ」

「そうだ。国民の期待を背負って来てるんだ。先頭切って戦うに決まってる」


 トゥービィも眉根を寄せて抗議する。それに対して中隊長は声をひそめて答えた。


「確かにこれは戦争ですが、その前に「王子の宿題」でもあるのです。王子、あなたが無事に戻らなければこの砦に来た意味がありません。分かりますね?」


 その言葉にトゥービィの表情が揺らぐ。明らかに失望したような瞳で中隊長を見返した。


「ここにいる兵が命かけて戦うっていうのに俺は無事に帰ることが目的だっていうのか? 俺はどんな顔してあいつらを引っ張って行けばいいって言うんだ?」


 中隊長は困った顔で王子に返す。


「王子。あなたが勇敢でお強いのは承知しております。勿論この戦いにおいて大事な戦力であります。王子にはラガマイアの兵士の相手をして頂き、「シャボン玉」は大砲隊にお任せ頂ければという事なのです」


 しばらくむすっとしていたトゥービィだが、腕組みをして何か考えた末に渋々頷いた。


「分かった。そういう作戦なら中隊長、お前に従う。でも俺は「宿題」のために戦うんじゃない。民のために戦うんだ。それだけは曲げないからな」


 中隊長はそれを聞いて困ったような、嬉しいような、なんとも複雑な笑みを浮かべて頷いた。剣集めと武道の修行だけが趣味のうつけの王子と言われたオクトゥビア王子が、立派になられたものだと感心しているのだ。


「こっちの大刀は切れ味がすごいからな。木でもバッサリいくんだからな。すげーだろ」

「動かない木なんぞ切れても自慢になるものか。俺様は飛んでる虫も槍で真っ二つだぞ」

「俺だって俺だってそのくらい……」

「じゃあこれを切ってみろ。ほれほれほれ」


不意打ちで石を投げられて頭にゴツンゴツンと当てられたトゥービィ。それをゲラゲラと笑うエル。そんな二人を見て中隊長は感心したことを後悔しつつ溜め息をついた。

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オクトゥビア王子の宿題 千石綾子 @sengoku1111

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