第9話 壊しちゃダメ(2)
松明の炎が遺跡の中をゆらゆらと照らしている。その天井や柱には様々な古代文字や模様が彫り込まれていた。壁画も描かれていたようだが、それはもう風化しており今はもう壁に着いたただの色染みのようだ。
食事を済ませたエルはそれらを興味深げにしげしげと眺めている。多少ではあるが、エルは古代文字も読むことができるのだ。
「やっぱり炎の魔法を司る王が祀られていたようだ。……おい、何か財宝らしいもんが隠されてるみたいだぞ」
そう言って柱や壁をぺたぺた撫で回す。文字を読み解き辿り着いたのは王のシンボルであったドラゴンの像のひとつ。念入りに探ると、ドラゴンのしっぽの部分にスイッチのようなものが見つかった。
勿論スイッチだと分かり易いものではない。古代文字が分からなければ辿り着けなかっただであろう僅かな突起だ。
「やっぱり仕掛けがあったか」
エルの声のトーンが上がった。財宝が手に入るかもしれないという喜びよりも、解読してヒントに気付いたことが嬉しいといった様子だ。
一方王子はこれまでになくテンションが下がっていた。
「ミイラでも出てきたら気持ち悪りぃだろ。やめろよー」
そう彼が制止するのも聞かず、エルがスイッチを押す。
カチッと小気味良い音の後、しゅうっと石が滑る音を立てて石組みの一つが壁の中に吸い込まれる。そうして壁には15cm角程の四角い穴が開いた。
「何だこりゃ」
ランタンで照らすと、穴の下の部分には古代文字そして星形のくぼみがあった。何かをはめ込めと文字は示していた。
「このくぼみ、何か見たことあるな」
そう言って先刻運送屋から強奪した石を取り出す。
「厚みと大きさはぴったりなんだがなぁ」
はめ込もうとするが、穴は星形。石は六角形だ。どう頑張ってもはまるはずがない。
「これを星形に削るんじゃないのか?」
トゥービィはエルの手から石を取り上げナイフでガリガリと削り始めた。
「馬鹿野郎! 壊すんじゃねえ!」
げんこつと雷が落ちてきて王子は頭を押さえる。
「痛ってぇ……」
「良く見ろ。このくぼみは赤、石は青だろ。きっとはめ込む場所が違うんだ」
エルは石の裏に彫ってある文字を何とか読もうとする。しかし何が書いてあるのかさっぱり分からない。
「こりゃあ他の遺跡にはめ込むもんかも知れねえな。とにかくここには別の石が必要なんだろう」
もはや興味なさそうにエルは呟いて、どさりと毛布に寝転んだ。石がないという事もあっただろうが、謎を解いていいところまでは行きついた事で満足してしまったのかも知れない。
「別の石かー。石なんかなくても何とかなんねえかな」
トゥービィは取り出したナイフで穴の隙間をぐりぐりとこじ開けようとする。
「あっ、やめろ! 何しやがる!」
エルが飛び起きた。
「何か動きそうだぞ」
顔色を変えるエルに向き直り得意気に笑う。その背後で再びカチリという音が。
「馬鹿野郎! こっちへ来い。逃げるぞ!」
エルは荷物を引っ掴み遺跡の中から飛び出した。ゴゴゴ、と不穏な音が響き、地面が揺れる。一拍遅れて王子も駆け出してきた。
「何か揺れてるぞ!」
辺りの地面の砂が震えて飛び跳ね踊っている。続いて遺跡も振動し始め、徐々に大きな揺れとなる。
「リョウボが沈んでくぞ、エル!」
トゥービィが叫ぶ。柱が倒れ壁が崩れると、地鳴りと共に遺跡は屋根の部分だけを残して砂の中に沈んでしまった。
しばらくもうもうと砂煙が立ち込めた後、辺りは何事もなかったように静まり返った。
「トゥーービィィィィ」
背後から押し殺した声が響く。幽霊よりもミイラよりも恐ろしい、それは怒りに満ちたエルファンスの声だった。
「わ、悪りぃ……」
王子は引きつった笑いを浮かべて後ずさる。
「謝って済む事か! 大事な遺跡をぶち壊しやがって……!」
ぼこぼこと連発でげんこつを喰らうトゥービィ。
「痛て、痛てて、痛てぇ……!」
「全く、ロクな事しねぇなお前は! ああいう仕掛けがある遺跡にはトラップもあるんだよ。これじゃもう掘り出すのは無理じゃねぇか!」
とは言いつつも彼がそれ以上怒らなかったのは、自分があの仕掛けにはめ込む石を持っていなかったからだろう。いつか石を手に入れたら改めて掘り出す事を考えればいい。
財宝どころか折角見つけた寝床を失った二人は、その後遺跡の屋根の影に毛布に包まって眠ることになったのだった。
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