第8話 壊しちゃダメ(1)

 ヴィリアイン王国がある西域には8つの小さな国がU字型に隣り合っている。更にそれらの国に囲まれるように中立地区という土地が存在する。


 中立地区は荒涼とした砂漠が広がり、どの国にも属さない(正確に言えば東大陸諸国連合が「管理」している)土地だ。誰のものでもない代わりに誰も直接に統治していない土地でもあるので治安は悪く、先程のような野盗が数多く横行している。



「寄り道したおかげで砦からかなり離れちまったな。まあ、中立地区を通れば少しは早く着くだろ」


 エルの提案にトゥービィも頷いて賛成した。


 野盗が来ようが叩きのめすだけだ。野獣なんかが襲って来ようもんなら、そのまま今日の夕食に美味しく頂くだけ。むしろ大歓迎だ。二人は日が傾き始めた砂漠を進む。


「ここらは古代遺跡が多いからワクワクする。トゥービィお前には分からんだろうが、古代文明のロマンってのが俺様はたまらなく好きでな」


 いつになく饒舌になっているエルは、遠くに見える黒いシルエットを指差した。


「あれは恐らく炎の神殿だ。古代人は魔法が使えたって話だ。あれは炎の魔法を司る神殿でもあり王の陵墓でもあるらしい。すげーだろ。さっき砂嵐の時に見た道標とは全く違うんだぞ」


「うん、すげー。炎の魔法とか使えたら肉焼くのに便利だな!」


 興奮気味のトゥービィを冷めた目で見て


「お前に話したのが間違いだった」


 とエルは大きくため息をつく。


「なんでだよー。じゃあ他に何に使うんだよ」


 馬鹿にされたのは察したらしい、ふくれっ面の王子。


「敵が来たら全部焼き尽くしてやれるんだぜ。「シャボン玉」だってあっという間にパチン、だ」


 エルは指を鳴らしてニヤリと笑う。

 件の丸い機械兵器である「シャボン玉」。ふわふわと飛ぶ姿からついたのだろうが、その名に似合わず物騒極まりない兵器だ。離れたところから炎の魔法で焼き尽くせたらどんなに心強いだろう。



「すげー。その神殿に魔法のタネとかないのか?」


 あんぐりと口を開けてトゥービィはエルに問う。


「魔法のタネなんてものあるか。タネがあるのは道化師がやる手品だ。あれはイカサマのいんちきって奴だ。馬鹿。この馬鹿者め」


 エルはトゥービィの額を指でビシリと弾いた。これがかなり痛いらしく、彼はぬおお、と叫んでもんどりうった。

 当のエルはそんな王子には目もくれない。何事もなかったような顔で双眼鏡を取り出し遺跡を観察した。


「しかし何か面白いもんがあるかもしれねぇな。そろそろ夜になるからあの遺跡に泊まってみるか」

「泊まるのかエル。でも俺知ってるぞ。リョウボって墓のことだろ? 何か出たらどうすんだよ」


 トゥービィは亀のように首をすくめて後ずさった。刀で切れないものは手に負えない。できれば相手にしたくないのだ。


「バーカ。びびってんじゃねぇよ。幽霊なんかこの世にいるもんか」


 今度は王子の頭をびしりと叩く。とにかくエルは容赦ない。トゥービィは黙り込んでしまった。


 魔法は信じるのに幽霊は信じないというのは解せないと思ったが、また叩かれるのがオチなので敢えてそれには触れなかった。


 そして彼らは一路炎の神殿に向かった。

 どこまでも続く薄茶色の砂漠の中に、黒い石造りの遺跡が埋まっている。丸い柱に三角の屋根、屋根の装飾にはドラゴンの彫刻。長い年月の間に砂嵐にやられたのだろう。それは形状が分からなくなるほどに削れていた。


 この大きな神殿は大部分が砂の中に埋まっており、屋根と柱そして壁の一部が僅かに顔を出しているだけだ。とは言えその中は十分に広く、立って歩けるほどの高さもあった。


「ここなら快適に寝られそうだな」


 砂の上に毛布を敷き、今日手に入れた食料で夕食にする。干し肉とパン、チーズにワイン。更にデザートにオレンジと豪華な食事になった。

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