第6話 奪っちゃダメ(1)
イオマに乗った二人は北西へと順調に進んでいく。宝剣を売った相手は影も見えないが、くっきりと荷車のわだちが残っている。方角は間違っていないようだ。イオマに引かせる荷車ならこちらの方がスピードはある。もうじき追いつくだろう。エルは安心して一息ついた。
その時だ。エルファンスは遠くに目をやると大きく叫んだ。
「おい、砂嵐だぞ」
遠くにカーテンのような広い範囲で、モヤのような砂の壁が近づいてくる。砂嵐の中にはいくつかの竜巻も見える。
「ど、どうするエル」
「あの岩場に避難するぞ。早く来い!」
そう遠くない岩場の細い隙間に急いで身を隠す。イオマも事情を察しているかのように従順に動いてくれた。
まずはイオマを奥に入れ、座らせる。そこにぴったりくっつくように覆いかぶさると、毛布で蓋をした。毛布ではいささか心もとないが、岩場の奥行きは思ったより深い。なんとかここでしのげるだろうか。
それから2分もしないうちに岩場を砂嵐が襲った。近くに岩場がなかったらどうなっていた事か、とエルはぞっとする。
イオマ共々羊毛の毛布を被ってはいるものの、乱れ飛ぶ砂粒が毛布や衣類の中に入り込んでくる。ただただ息苦しく痛いのだが、声も出せずに耐えるしかなかった。
辺りは真っ暗で、びょうびょうと吹き荒れる風の音に耳がキンとする。何分程そうしていただろうか。なんとか砂嵐は去り、再び静寂が訪れた。どこまでも高く青い空も戻ってきた。
「……ふぅー。岩場があって助かったな」
砂嵐をやり過ごし、砂埃を払いながらエルが呟く。トゥービィはげほげほと咳込み言葉も出ない。とにかく口の中がジャリジャリするようで、ぺっぺっと唾を吐いている。
「馬鹿野郎。こういう時は顔を布で覆って鼻で息をするんだよ」
言いながら避難していた岩場の隙間の奥をランタンで照らした。岩肌には絵や文字のようなものが描かれている。
「うわあ。エルすごいなこれ」
この地には古代文明が栄えていたことがあると言われている。これはその遺跡の一つかもしれない。そう思いトゥービィはじっと真剣にその壁を見つめ続けた。
しかしエルファンスの反応はあっさりしたものだ。
「これは割と最近の遺跡だな。古代文明じゃなくてキルティン族っていう流浪の民族の道標みたいなもんだ。それよりも早く行くぞ」
砂嵐はやり過ごしたものの、まだ目的の宝剣奪取は達成していない。遺跡には若干心惹かれるがとにかく今は急がねば。
再び追跡を続けるうちに、移動式の市場が見えてきた。この辺りは旅人や運送関係の人達が頻繁に行き交っている。そういう者達を相手に商売をするのだ。
この辺りは砂嵐が来なかったようだ。砂埃を被った2人を見て察したらしく、水を1杯ただで飲ませてくれた。上質な水ではなかったが、ようやく王子は普通に話せるようになった。
「水と食料を貰おうか。そこのチーズと干し葡萄。それとこのワインを1本」
「エル、ワインなんて高いもの買ったらまた金がなくなるだろ」
「うるせぇ。お前のその剣の値段でワインが何本買えたと思う?」
痛いところを突かれてトゥービィは黙りこんだ。
「全く。剣なんぞいくらでも持ってるくせに無駄遣いしやがって。今度路銀が切れたらその剣売るからな」
エルは本気だ。トゥービィはお気に入りの剣をぎゅっと抱き締めて抗議の目でエルを見返す。
「これはダメだ!」
「それがダメで宝剣が良いと思う神経が分からねぇ」
言っても仕方ないと思ったのかエルはひとりごちると、今買った食料を受け取る。
「青い幌の荷車を見なかったか?」
「ああ、ブルーエスカルゴの連中だね。北西の方に行ったよ。ムアールに行くとか言ってたなあ」
エルの顔色がさっと青くなった。ムアールとは今交戦中の隣国、ラガマイア王国の首都のことだ。
「国境越えられたら面倒だ。急ぐぞトゥービィ」
「お、おう」
水資源に恵まれたヴィリアイン王国ではあるが、国境近くの土地は乾いた荒野が続いている。針の束のような草や小さなサボテンがたまに生えている位で、後は砂と岩場しかない。そんな土地でも虫やトカゲ、穴ネズミ等が暮らし、時折砂漠のオオカミなどの肉食獣も往来している。
そんな砂と岩だらけの荒野を二人は急ぐ。
しばらく走ったところで、前方にまた砂埃が立ち込めているのが見えた。
「また砂嵐か?」
エルは双眼鏡を覗く。そこに見えたのは大勢の野盗に囲まれた青い幌の荷車だった。
「畜生、ヤバいぞ。野盗に襲われてる! 横取りされたらシャレにならねぇ」
叫ぶと同時にイオマを駆る。トゥービィもそれに倣って後を追う。
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