第5話 忘れちゃダメ(3)
「2000? 向こうは倍以上で来るんでしょう? 宿題の内容云々はこの際置いておくにしても、そんな数の差で一体どうしろと言うんです」
エルファンスは憤りを隠さない。
「なあエル、2000いれば大丈夫なんじゃないか?」
オクトゥビアはエルの袖を引く。彼にはエルが何故そんなに怒るのか分からなかった。実際今まで大きな数の差はありながらも国境の村に攻め込んだラガマイア軍を一緒に叩きのめした経験だってあるのだ。多少兵の数が少なくて不利だとしても勝機は必ずあるだろう。
「うるせぇ。お前はいいから黙ってろ!」
少年の手を振り払い、エルファンスはつづけた。
「せめて4000、いえ3000でもいい。なんとかなりませんか」
怒りに頬を染める青年を前にクレディは額に手を当て大きく息を吐いた。
「すみません。私の力不足です」
「元老院の奴らですね」
どんなにクレディが押さえ込もうとしても、国の有力者が多い元老院が本気で動けば彼らは手段を選ばないだろう。
兵の中に裏切り者を仕込んで寝首を掻こうとされるよりは、少数の兵で妥協する方がまだ安心というものだ。
エルの問いに静かに頷いた後、オクトゥビアの肩にそっと手を置く。
「元老院の思惑も勿論ありますが、この国は隣国の侵略を受けています。今この争いを収めることができる者こそ次期国王にふさわしいと皆が思っているはずです」
少年はじっとクレディの瞳を見つめ、その言葉をゆっくりと噛みしめる。そして低く小さな声で唸った。
「うー、そうなのか。皆そう思っているのか」
その後ぶつぶつと何か独り言を呟いた後何度も頷き、ふと上げた顔は決意に満ちていた。
「エル、俺この話やるよ」
ぎょっとしたのはエルファンスの方だ。
「馬鹿野郎! まだ正式に決まってねぇのに引き受けるんじゃねえ! 俺様が交渉するからお前は黙ってろ」
しかしトゥービィは真っすぐな目でエルを見つめた。
「この戦争で国境近くの村は何度も焼き討ちにあったし、多くの国民が犠牲になってる。民が望むなら俺はこの戦争を止めてみせる」
ぐっと握られた拳、結ばれた唇。普段はエルの言いなりになっているが、こうなると梃子でも動かない。エルは大きくため息をついた。
「しゃあねぇなあ。一緒に行ってやるよ」
驚いたのはトゥービィだ。金の瞳がおろおろと揺れる。
「エルは近衛軍だろ。国から出ちゃダメだぞ」
「俺様はお前の教育係として行くんだよ。大事な砦だ。お前なんぞに任せっきりにできるか」
二人のやり取りを聞いて、クレディは顔をほころばせた。
「エルファンス殿が一緒なら心強い。近衛軍ではあるが今言った通り教育係として随行という事なら王国議会の方で承認することも可能だよ」
「それは助かります。有難うございます」
礼を言うエルに向けクレディは微笑みかけた。
「『宿題』の部分では役に立てなかったからね。せめてこのくらいはさせてもらうよ」
こうして二人は国境近くの砦に向かうことになり、その2日目には路銀を使い果たし更には大事な宝剣を売ってしまったのだった。
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