第4話 忘れちゃダメ(2)

「クレディ様のところに行くぞ」

「お、おう」


 僅かに気後れした様子のオクトゥビアはエルファンスの後を追った。


 行き先は王宮内の一室。この王宮は白い石造りの、それは大きな建物だ。

 先程2人が居たのも王宮の中なのだが、とにかく大きいために目指す部屋まで距離がある。

 階段を上がり廊下を渡りそしてまた階段を下りる。そうして彼らが辿り着いたのは国王の秘書であるクレディの執務室だ。



「クレディ様、いらっしゃいますか?」


 やや緊張気味なエルファンスがノックをし、声をかける。

 誰に対しても傍若無人に見えるエルファンスだが、国王と王妃、そしてこのクレディに対しては敬意を表し敬っているのだ。


「どうぞ、入りたまえ」


 穏やかな声が返ってきた。二人は一礼して部屋に入る。


「失礼します」


 オクトゥビアとエルファンスは同時にあいさつをしてクレディに歩み寄った。


 白髪交じりの茶色い髪、中肉中背で特徴のない顔立ち。至って普通の初老の男だが、このクレディが今この国を支えていると言っても過言ではない。


 実権はないが財力のある貴族たちの集まりである元老院が、現在国の中枢である王国議会をないがしろにしている。彼らは国王が病床にあるのをいいことに、国政に口を出してきては内政を混乱させている。

 この元老院を何とか押さえつけられていられるのは爵位を持ち王の秘書でもある王国議会議長、クレディの手腕あっての事なのだ。


 クレディはデスクから立ち上がって柔らかな笑みをたたえていた。


「そろそろ来る頃だと思ったよ。宿題の件だね」

「はい。元老院は何て?」


 食い気味に尋ねるエルに、クレディはやや暗い表情だ。


「今、我が国と隣国ラガマイアが戦争状態なのはお分かりですね?」

「分かってないのはこいつくらいですよ」


 エルが指差すとオクトゥビアは


「やめてくれよ。そのくらい知ってるってば。俺だってもう何度も戦ってるだろ」


 と抗議する。事実、王子は国内に攻めてきたラガマイアの兵達を大勢倒している功労者だ。


 クレディは微笑んで頷き、言葉を継いだ。


「この戦争は元を正せばラガマイアの内戦が我が国に飛び火したものです。ですから実質はラガマイアを再び植民地化しようとしている北大陸のルーブ王国との戦いとも言えますね」


 クレディが告げた通り、この戦争は隣国ラガマイアが北の大陸ルーブ王国から圧力をかけられた事が全てのはじまりとなっている。


 ルーブ王国は過去にもラガマイア王国を植民地化していたことがあった。その時代はラガマイアにルーブ王国の技術が入りインフラが整備され、一部の人間たちはこの動きを歓迎した事もあった。しかし所詮は植民地。奴隷にされたり高い税を課せられたりした民からは徐々に不満の声が上がっていった。


 結局ルーブ王国は本国が他国との戦争に負けたためにラガマイアを手放し、同じような経緯で北大陸諸国に植民地化されていた他の西域の国々も自由の身となったのだ。これにはヴィリアイン王国も含まれている。


 ところが数年前からルーブ王国が国際法に違反して再びラガマイアを手中に収めんと動き出し、国内で親ルーブ派と反ルーブ派が戦闘を始めた。この争いにヴィリアイン王国の国境付近の街が巻き込まれ死者が出た事が現在の戦争のきっかけなのだ。


「それも俺は知ってる」


 エルがトゥービィをチラリと見ると、彼は目を瞬かせて固まっている。


「やっぱり知らないんじゃねーか、猿」

「今分かったんだからいいじゃないかー」


 頭をぐりぐりと小突かれるのを防御しつつ王子は抗議の声を上げる。


 その様子を目を丸くして見ていた議長はまあまあ、と手をかざして二人を引き離す。エルファンスは実に堂々としているが、王子の身内でも何でもない。

 代々将軍を輩出している名家の出ではあるが、このような態度はもちろん不敬罪に値する。


 しかし、幼い頃から王子の子守り兼教育係を任されていたエルファンスは何の遠慮もない。オクトゥビアにとってもエルは兄代わり。今更気遣われても気持ちが悪いといった仲だ。

 そんな訳で、彼らの主従逆転したようなやりとりはもはや公認となっている。


 クレディは話を続ける。


「とはいえ、現在北の大陸の国々の間ではここ西域の諸国に侵攻する事が禁じられています。周辺諸国からの抗議によりルーブ王国は手を引くと報じられました」

「じゃあ、あの機械の兵器も居なくなるって事ですか?」


 北大陸にはここ西域八ヶ国にはない先端技術を持つ超先進国が多数あり、隣国ラガマイアへの応援部隊として度々国境での戦いに投下されてきた。


 どんな技術が使われているのか想像もつかない、遠隔操作のできる無人の機械兵器などに今まで苦戦してきたのだ。機械兵器といってもプロペラのついた所謂「シャボン玉」。直径1m程の金属製の球体がちょこまかと飛び回りながら弾丸を撒き散らすものだ。

 クレディは静かにうなずいた。


「若干は残るかもしれませんが、これ以上北の軍隊が投入されることはないでしょう」


 それを聞いてトゥービィはほっと胸をなでおろす。しかしエルは警戒するようにクレディに問う。


「では何故その話をなさったのですか?」

「よく気が付かれましたね。今回の『宿題』の内容は14日間北東の砦を守り敵の軍隊が国内に押し寄せるのを防ぐ、というものになりそうなのです」


 エルとトゥービィの顔が蒼ざめた。クレディは言葉を継ぐ。


「勿論優秀な兵をご用意致します。王国軍から2000人程。数は多くありませんが精鋭揃いです」

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