第2話 売っちゃダメ(2)
「本当だ……お前一体これどうしたんだ?」
銀貨とはいえどこれだけの量があればしばらく金には困らないだろう。
出発の時に持たされた金はあっという間にトゥービィの胃の腑に収まり、またエルファンスの酒代に消えてしまった。決め手は異国の剣をトゥービィが勝手に買ってしまった事だ。本国に使いを出して金の無心をしたいところだが、使い道を聞かれると困るので(というよりすでにバレているだろう)それももうできない。
トゥービィは褒めてほしい犬のような表情でエルを見上げている。しかしどんくさい相棒がこんなに簡単に大金を得られるはずがない。まさか追い剥ぎでもやらかしたかとエルは焦って問いただした。
「何かヤバい事でもやらかしたんじゃあなかろうな」
するとトゥービィは得意気に腕組みをして答えた。
「ショーバイって奴だエル。俺のものと相手のものを交換するんだぞ」
「商売くらい知ってる。お前なんぞがこれに見合うようなものを持ってたかって話だ」
そう言ってから、エルは自分の言葉にはっとする。
「おい、バッグを見せろ!」
「やだよ。金は二人で使えばいいだろう? 独り占めする気なんかないよ」
「そうじゃねぇ。寄越せ!」
無理やりバッグをふんだくると、その中身をざらざらと地面にぶちまけた。
「トゥービィお前……」
散乱する旅の道具。その中にあるべき物がなくなっている。エルファンスは険しい顔でトゥービィの襟を掴んでガクガクと揺らした。
「宝剣を売りやがったのか!」
「だって、あれなら買ってくれるって言ったから」
「言い訳無用!」
強烈な肘打ちがオクトゥビアの脳天に降ってきた。
「ぐう」
彼が銀貨の対価に売り払ったもの。それは王家に代々伝わる宝剣だ。
「あれはいざという時に使う大事なモンだって言われただろうが!」
火を吹かんばかりの叫びをものともせず、少年は堂々と胸を張る。
「喰うものも無いなんて大変だ。今がいざという時だろエル」
すかさずびしり、と頭に平手が飛んでくる。
「大変のレベルが違うんだよ、猿!」
それでもトゥービィは納得がいかない様子で頭をさすっている。
王家の宝剣を持っていたこの少年はオクトゥビア王子。広大な砂漠が広がる西域にある小さな国、ヴィリアイン王国の第一王子だ。
そしてさっきから不敬罪で打ち首になりかねない言動を繰り返す青年は、王子の教育係のエルファンスだ。二人は訳あって北東にある国境付近の砦を目指している。
「すぐに取り戻さないとヤバいぞ。一体どんな奴に売ったんだ?」
「青い幌の荷車のオヤジ2人組」
「で、どっちに行った?」
焦るエルファンスの後方を指差し
「あっちだ」
とだけ告げる。
「あああああもう、この野郎。さっさと追いかけるぞ!」
エルはトゥービィの襟を掴んでイオマに跨がる。
イオマとはこの地域で移動手段として多用されている生き物だ。砂漠に強く足もそれなりに早くラクダと馬と水牛を混ぜたような風貌をしている。この辺りではなくてはならない乗り物だ。
「こっちで間違いないんだな?」
スピードを上げながら問うと、トゥービィは自信なげに小さく「うん」と答える。
「おい、本当にこっちなのか?! またいい加減な事言うと承知しねぇぞ!」
エルの額に青筋が立つ。それを見てトゥービィは更に委縮してしまうのだ。
「ええと、ええと……多分こっちで良かったはず……」
掻き消えそうな声にエルはため息をつく。
「しょうがねぇな。ひとまずこっちに進んで状況を見よう」
二人はイオマに鞭を入れ広大な荒野へと向かっていった。
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