第1話 売っちゃダメ(1)
「なぁエル、腹減ったなぁ」
活気に満ちた市場を歩きながら黒髪の少年は唸った。
「金はもう残ってねぇぞ。お前が大食漢過ぎるからだ。それと余計な剣まで買いやがって」
赤毛の青年は苦虫を噛みつぶしたように吐き出す。
「うーん、なんかいい方法ねぇかな」
13歳という年齢の割には体格のいい黒髪の少年、オクトゥビア──トゥービィは背負っていたバッグをがさごそとあさり始めた。
「喰いかけのパンなんか出てきても俺様は喰わんぞ」
そう言い捨てて、すかさず赤毛で長身の青年──エルファンスは市場に並ぶ果物屋の少女に声をかける。
「やぁ可愛いお嬢さん。どこから来たんだい?」
声をかけられた少女はその青年の美貌に、すぐさま真っ赤に頬を染める。
それもそのはず。エルファンスは燃えるようなうねる赤毛を腰まで伸ばし、その翡翠色の瞳は長いまつ毛に縁取られている。色白で鼻筋の通った整った顔立ち。細身で長身のその足は長くすらりと伸びている。まさに美の化身だった。
「南の丘のカヤッタ村です」
「ああ、カヤッタのオレンジは美味しいらしいね。そこはお嬢さんみたいな美人が多いのかな」
果樹園の仕事で日に焼けゴツゴツした手を取り手の甲に軽くキスをした。少女はうっとりとエルを見つめている。
「お、美味しいですよ。よかったら食べてみてください」
そう言って紙袋にオレンジを10個程詰め込み、エルファンスに手渡した。
「なんだか催促したみたいで申し訳ないな。だが、折角の気持ちを無下にはできない。遠慮なく頂くよ」
そうして優雅にウインクを送る。彼は自分が美形であることを充分知っている。どの角度が見栄えするのか、どんな表情が相手を虜にするのかもだ。そしてそれを武器としている。
果実を売る純朴な少女は頬を染めて卒倒寸前。
すると周りの肉屋、パン屋、菓子屋などの妙齢のご婦人方が我も我もと自分の商品を袋に詰めてエルファンス──エルに押し付け始めた。
エルは遠慮がちにしかししっかりと袋を受け取り、ご婦人方の手にキスを振りまく。
きゃあー、という歓声に野次馬が現れる前に、エルは静かにその場を後にした。
「……トゥービィは何処行きやがった」
周りを見回すが、ゴリラのような悪目立ちする顔立ちの連れの姿は見つからない。好奇心旺盛な相棒は目を離すとすぐに何処かへ行ってしまうのだ。
「……ま、いいか」
あっさりと諦めてエルファンスは目的地に向かった。
彼が向かったのは国境付近に構えた砦だ。首都を出て2日、緑豊かな首都から離れるに従い辺りは荒野が広がるようになってきた。岩陰に誰かが座ってパンをかじっている。先ほど市場ではぐれたトゥービィだ。エルファンスの姿を見つけるなり、破顔して駆け寄って来た。
「あっ、エル! エル、すごいぞ!」
近づいてくる少年にエルは眉根に皺を刻む。
不細工だ。笑うと一層不細工だ。そう思っても口には出さない。この少年が不細工なのは11年前から分かっていることだからだ。
「何だ。何がそんなにすごいんだ。パンくらい俺様もゲットしてきたぞ」
興味なさげに尋ねてみれば、少年は金の瞳をきらきらさせて革袋を差し出してきた。
「ほらほら。銀貨がざくざくだぞ!」
袋の口を開けて中身を見せる少年にちらりと目をやり、袋の中を覗いてみた。中には30枚程の銀貨がみっしりと詰まっていた
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