オクトゥビア王子の宿題

千石綾子

 己の心臓の鼓動なのか、遠くから僅かに伝わってくる地響きなのか、もうすでに判別はつかなくなっていた。


 曇天の下、二人の人影はそれぞれの得物を手に佇んでいる。遥か遠くを睨みつけるように、揃って眼光は鋭くそして澄んでいた。


 彼らが立っている切り立った崖には、冷たく乾いた風がゴウゴウと叩きつけるように吹いている。端正な顔立ちで、すらりと背の高い青年は己の身長より遥かに長い槍を肩から下ろして地に突き立てた。槍に結び付けられた紋章入りの紅い布がひゅるひゅると風に鳴いている。


 金の刺繍の入った白いシルクのシャツの上に鮮やかな緑青に染められた革鎧を着けている。鎧と言っても胸当てや腰当てを申し訳程度に纏っているだけ。それは見た目を優先し、機動性を重視した結果だった。色白の肌に燃えるような紅の巻き毛をなびかせて微動だにしないその姿はまるで美しい人形のようだ。


 その傍らに漆黒の髪に金の瞳の少年が控えていた。

 こちらは金の細やかな装飾の付いた銀色の重鎧を黒いローブの中に着込み、それぞれの手に剣と大刀を握り締めている。


 青いローブの背には、翼がある獅子の紋章が銀糸で描かれていた。

 元々体格の良い少年がそれを着ると、その存在感はますます大きく、野生の猛獣のようにも思える。お世辞にも美形と言える顔立ちではなかったが、その猛々しい姿は一種の完成された美しさを感じさせていた。



 一瞬、風が止んだ。

 黒髪の少年が息を止める。その金の瞳に遠く砂煙を上げて攻め込んでくる鋼の軍隊を捕らえたようだ。


「見えたかトゥービィ。」


 紅い巻き毛の青年がくぐもった声で、しかし鋭く相棒に問いかける。


「来たぞエル。」


 問われた黒髪がぼそりと答える。

 ゴオ、と風がひときわ高く吼えた。同時に、彼らの姿は崖下へと舞い降りていた。遠く地平線に砂煙が立ち込め、数百はあろうかという黒い塊がその中をこちらに向かって押し寄せて来る。


 西日が照らす彼らの横顔は、不敵な笑みに満ち溢れていた……

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