第15話『一人は一人だけのために』
「はぁ……神託の勇者の僕が外法? 僕は勇者だよ。外法なんて使えるはずがないじゃん。全ては勇者しか使えない教会の認めた神聖魔法だよ」
悪びれることもなく言い放つ。
クルスの性格が捻じ曲がり腐っている。
だが、嘘を突き通せるほどの賢さはない。
つまり彼が使っている何らかの魔法は彼の言う通り、
勇者しか使えない"神聖魔法"なのだろう。
「勇者のみが使える神聖魔法、
「そうか。だが、おまえの扱える武器はもう無いぞ」
クルスは自分の双剣が叩き切られ致死毒を塗った短剣も、
既に自分の手の届かぬ位置に蹴り飛ばされている事に気づく。
無手では戦うことができないクルスは歯噛みをする。
俺の持っている武器は斧とマチェット……いや、それ以外にもう一つある。
旅立ちの日に母から預かったドラゴン・スレイヤーの名を持つ名刀。
「どうだ。ここで取引だ。その
「はぁ?! なんで僕が木こりの命令に従わなきゃいけねぇんだ。分をわきまえろ、木こり」
「その対価としてこの長剣をお前に貸そう」
俺はオフクロから預かったまま使う事のなかった一振りの剣の鞘を抜き取り、
その刀身をクルスに見せつける。
「ひははっ……取引成立だ。
俺は外法の解除を見届けた。
やはりクルスは頭があまり回らないらしい。
俺がこの剣を渡さず今の状態で、ヤツの両手を斬れば決着が着く。
だがそれでは、アリスを侮辱されたこの俺の気が済まない。
俺はドラゴン・スレイヤーを鞘に納めて、
クルスの前の地面に放り投げる。
クルスはその剣を拾い上げ鞘から抜き取る。
「バーカ。お前がいままでちょーっとだけ僕よりも有利に戦いを進められたのは武器の性能差があったからなんだよ」
「そうか、良かったな。その剣はこの斧よりも強く、そして硬い」
ドラゴン・スレイヤーの異名を持つオフクロが、
ドラゴンの単独征伐の際に使用した剣。
翼竜種すらも殺しうる剣。
クルスは剣を拾い上げて鞘から抜き出し、
その剣の刀身のあまりの美しさに見惚れる。
「へぇ……。木こりのくせに良い武器持っているじゃないか。これも僕のアリスのように誰かから盗んだ盗品かな? ひひっ。もしかしてキミさぁ、僕が普段双剣使いだから剣一本の僕なら勝てると思った? ねぇ?」
「――」
「残念でしたぁ……僕、勇者だから全ての種類の剣に適正があるんだよねぇ……やっぱさあ、斧相手にリーチの短い双剣だと不利だと思っていたんだよ。やっぱ、長剣だよね。はいはい、準備運動は終わりだ! これからが本番だ。おい、リーファ俺の武器に三属性の魔法を付与しろ!!」
火属性、風属性、雷属性が刀身に付与。
身体能力を強化するための魔法が更に付与される。
リーファと呼ばれるエルフの少女は吐血と同時に倒れる。
魔力切れと、ダメージが蓄積していたせいだろう。
これ以上は彼女たちももたないだろう。
俺は早期決着のために決めにかかる。
「こいよ」
俺は大上段に斧を構える。
俺の最も信頼する上から下へ切り下ろす単純な縦斬り。
その剣の冴えは每日の聖剣の素振りにより、
更に向上している。
「言われるまでもねぇ」
そういうとクルスは刀身を鞘に納める。
速度重視の居合の
「死ねぇ!」
クルスの右の柄を握った手が微かに動く、
次の瞬間高速で刀身が射出される。
クルスが放った剣の軌道は、
俺の腹部を横一文字に確実に両断せんと迫っている。
極限の集中力のなかでその迫りくる軌道とタイミングを予測。
ただ薪を割るように上から下へ振り下ろす。
ギリギリのタイミングで斧の刃が居合により
放たれた剣閃を捉えねじ伏せる。
クルスは手首に生じたあまりの重みと痛みに、
握っていた柄を手放してしまう。
俺は斧を放り投げゆっくりと一歩一歩クルスに歩み寄る。
クルスは何かを察したのか首を振りながら後ろずさるが、もう遅い。
俺はクルスの腹の上にまたがり両腕を拘束する。
「おい……僕を攻撃したら
「そうか。なら俺はお前の小指をへし折る」
俺はクルスの左腕手首を握り小指をポキリとへし折る。
この痛みは、
彼の仲間たちが背負った痛みには程遠いほどのものだ。
「ひんぎゃあああああっ!!!! ブルーノさん、絶対に使いません……本当に使いませんから……指を折らないでくだしゃい……本当に痛いんです。謝りマシュ、本当に申し訳ごじゃいましぇんでしたぁああああっ!!!!」
「そうか」
クルスのあまりの根性のなさに俺は驚き呆れる。
あまりにも……想像以上に降参の声が早すぎた。
小指一本程度までであれば、木こりの子供でも耐えるだろう。
野盗でさえ、拷問される時は指2本までは耐えると聞く。
3人で痛みを分散していたとはいえ相当な激痛を耐えていた、
クルスの仲間と比べるとあまりに、彼は精神が弱すぎる。
俺は無言で左手薬指をへし折る。
「えええええええええっ!!!!!??? なじぇ!? なんじぇ?!! 僕、ブルーノさんに謝りましゅたよね?! 謝ったのになぜ折るでしゅかぁ?!!! しょんなのってひどすぎまっしゅ!!!! いやだいやだいやだ!!! 痛いのはもういやだぁあああああっ!!!! もう参った!!! 僕の負けだ!!!!」
俺がクルスの腹部の上にどしりと乗っているせいもあるが、
生あたたかい嫌な感触が俺のズボンを湿らせた。
クルスが痛みに耐えられず漏らしたのだ。
最悪の気分だが我慢するしかない。
「さっきのは痛みを押し付けられていたお前の仲間の分だ。今のはアリスを侮辱した分、残り8本の指のうち7本は同じくアリスを侮辱した分できっちりへし折らせてもらう。残りの1本で、お前が教会について知っていることについて洗いざらい話してもらう。俺は、尋問に関しては初心者なのでな。尋問のサジ加減が分からない。だから、約束は守る。きっちりと宣言通り10本へし折らせてもらう」
クルスは3本目の指が折れた時点で、教会について知っている情報を洗いざらい、
彼の知りうる情報を開示したが、それはそれとして俺は事前に宣言した約束通り、
残りの7本の指を一本ずつゆっくりとへし折った。
一本折るたびに気絶し、そしてもう一本折られ、そこで激痛で目を覚ます。
彼の痛みを肩代わりしていた仲間であればそれでも、
耐えたかもしれないが彼には無理だ。
3本目には完全に心が折れていた。
彼にとっては無限にも感じる時間だったようだ。
もしクルスが港町の暗殺者の一件に少しでも関わっていたのであれば、
足にあるもう10本で尋問もと思ったが、
クルスは本当に教会が依頼した暗殺者の件は知らないようであった。
だから約束通り左右の指10本だけで彼を解放した。
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