第193話
「そ、そうかー、最近の妊娠検査薬はそんなことまで分かるのかー。というか、お前たち私に隠れてこそこそと、そんなやることやっていたのかー」
「……マジで気づいてなかったの姉貴?」
「千寿さんならもう気がついていると思っていたんですけど?」
「いや、お前、気づく訳ないだろう。なに言っているんだ。毎日仕事で忙しくって、とてもじゃないけど気を配る余裕ないよ。私の脳のリソースは、仕事中に寝ないことちぃと遊ぶこと、ちぃのかわいい写真を眺めることでだいたいなくなる」
えばって言うことじゃねえ。
そして、ちぃちゃん愛され過ぎじゃない。
知っていたけれど愛しすぎじゃない。
そこを抑えて、もうちょっと周りに気を配ってくれてもよくねえ。
仕事ぶりからきっと察しているだろうなと、勝手に推測していた俺がバカだったわ。いや、予想以上にババアがバカだったわ。思っていた以上に、この人、しっかりしていなかったわ。ただの親馬鹿だったわ。
と、そんな所に――。
「お待たせいたしましたー。ジャンボびっくりバケツパフェになりまーす」
ジャンボびっくりバケツパフェが来ちゃったよ。
もう、これから真面目なお話をしようかっていう所に、ジャンボびっくりバケツパフェが来ちゃったよ。俺と廸子、ババアを遮るように、パフェの塔が現れたよ。
正直、こんなもん食べてる場合じゃないのに、来ちゃったよバケツパフェ。
どうするよこれと俺は頭を抱えた。
もう、これ、どうしようもないなと、頭を抱えてその場にうずくまった。
隣の廸子もうずくまった。
これはもう、普通に胸焼けしている感じだった。
見るだけでダメな感じだった。
だってそうよね、貴方、今、妊娠しているものね。
普通に生クリームとか、胸焼けしてたべられないものね。
ほんともう、なんで頼んだ、ジャンボびっくりバケツパフェ。
「……狼狽えるな二人とも。確かに不安な気持ちは分かる。しかしながら、家族で協力し合えば乗り越えられない壁などない」
「ババア!!」
「千寿さん!!」
「確かにアラサーの胃に、このジャンボびっくりバケツパフェが持つ爆発的なカロリーはきつい。しかしながらお前達は私より若い。まだアラフォーの入り口は遠い三十二歳だ。お前達の胃袋なら、ジャンボびっくりバケツパフェを攻略できる」
「「ジャンボびっくりバケツパフェはもういいんだよ!!」」
何を一人で食べる姿勢に入っているんだよ。
そういうの求めていないんだよ。
というか、もっと重たい話をしている所だろう。
あと、妊婦の気持ちをもっと考えてあげて。
あんたも元妊婦でしょう。
「すみません、千寿さん、流石にちょっと、最近つわりがひどくって」
「……陽介!! お前が廸ちゃんの分まで二人分食べる!! それでいいな!!」
「いいわけないだろ!! お前、人の話を聞けよ!! どこまで自分勝手なんだよ!! というか、今、ジャンボびっくりバケツパフェの話してる場合か!?」
「早く食べないと、中のアイスクリーム溶けちゃうでしょ!!」
「「どんだけパフェ食いたいんだよアンタはよう!!」」
お前達が食べないなら私が食べるからなとスプーンを伸ばす姉貴。
スプーンを二つ使って、小皿にどっさりとそれを取り分ける。
プリンに生クリーム、アイスにウェハース、チョコレートの絡まったフレークともう、なんていうかパフェ満喫という感じだ。
ほんと食べたかったんだなパフェ。
その時、少し、ババアの表情が変わった。
「……お前達には分からないだろう。子持ちの女の苦しみが」
「……子持ちの女の苦しみですか?」
「今まさに苦しんでいる女を前にしてそういうこと言うかねこのクソババア」
「黙れ陽介!! いいか!! 子供はな、食べれもしないのにデザートを気軽に頼むんだ!! 絶対食べれる残さないからと約束したのに平気で残すんだ!! もうお腹いっぱいって、デザートを残すんだ!! いやいや、分かっていただろう、もうお腹いっぱいなの!! ご飯食べた後なんだから、分かっていただろうって!!」
「……つまり?」
「なにが言いたいんだよアンタはよう」
「私たち子持ちは、子供が残したデザートしか食べられないんだよ!! 好きなデザートを頼むのなんて久しぶりなんだよ!! あと、子供から、いいでしょー、ねぇ、いいでしょーって、ねだられちゃったら断れないんだよ!!」
親バカか。
知っては居たけれど、親バカか。
なるほど、ちぃちゃんと時たま外食に行っているのは知っていたけれど、そんなやりとりをしていたのか。そんなおねだりをされて、毎回、娘の残したデザートを腹に納めて帰ってきていたのかババア。
親の鑑だな。
昨今、子供に対してのネグレクトやら暴力やらが取り沙汰されているこの日本で、娘のために残したデザートを黙って処理するとか親の鑑だな。
前に残したからダメでしょって言って、食べさせないようにしてもいいのに。
チャンスを子供に与えてあげる辺りが本当に親として立派だな。
けど、今そこでそんなことを吐露されても困る。
知らないよ、アンタのちぃちゃんに対する教育方針なんて。
そして、食べたきゃ食べれば良いじゃない、自分の処理出来る範囲で。
そして、今自分がやっていることは、自分の娘と同程度のことだって分かれよ。そっくりかよ。親子揃ってやることそっくりかよ。
あと俺もやられたことあるよそれ。
ちぃちゃんにやられた覚えあるよ。
あぁ、もう、ちょっと、ちぃ、お腹いっぱいさんかも、って、言われて仕方ないなぁって食べてあげたことあるよ。
もうなんていうか、アンタの教育方針が悪い方向に働いてるよ。
味をしめちゃってるよ、アンタの娘。
って、ちぃちゃんのことはいいよ。
今はこのジャンボびっくりバケツパフェだよ。
これ誰が処分するんだよ。
食べれもしないものを親族に押しつけるなよ。
そんな頼られても、三十二歳のおっさんの胃袋なんて、こんな甘いモン受け付けるようにできてないよ。あと、隣の三十二歳女子は、もう生クリーム見るだけで気持ち悪くなるようなコンディションなんだよ。
いい大人が、やることかよ。
今日ばかりは姉貴に怒ってもいいんじゃないだろうか。
彼女に対して、真面目に話を聞けとキレてもいいんじゃないだろうか。
いやもう、キレちまってんじゃないだろうか。
びきびきと頭の血管がビキる中、俺はなんとか自分を冷静に留めようとする。
廸子のためにも、ババアに俺達の仲を認めて貰わなくてはならない。
貰わなくてはいけないんだが、まともに話を聞いて貰えない。
いったい、これ、どうすればいいんだ。
「……まぁ、子供が出来てしまったのなら仕方ないさ。私と匡嗣だって、できちゃった結婚だったからな。陽介。お前がちゃんと廸ちゃんと子供の未来を考えるというのなら、私からお前に何か言うようなことはない」
「……姉貴」
それまで、ふざけきっていたババアが真面目な顔をする。
パフェを取り分けた皿。
そこに、使っていないスプーンを添えて、廸子の前へと差し出す。
同じく、もう一皿作った、盛り合わせを俺の方にも。
今まで見たことない優しい笑顔と共に、俺の姉はうなずく。
俺たちのことを認めるというように。
「これから辛いことは多いだろうが、まぁ、二人居ればなんとかなる。大丈夫だ、どのような出来事も、愛の前には些細なこと」
「千寿さん。それじゃ、認めてくれるんですか、私たちのこと」
「認めるさ。陽介、廸ちゃん。よく決断した。よく行動した。お前達がちゃんと家族になったことを、私はうれしく思うし、立派だと思うよ。もっとも、それはこれから行動でもって示していかなければならないけれども――」
けど、今は、と、言って、彼女は自分の分のパフェを取り分ける。
思えばそうだ。
ババアと俺たちの境遇は似ている。
勘当された匡嗣さんとババアは、籍を入れてすぐ、お腹の中のちぃちゃんのことや経済的な事情もあり結婚式を挙げることができなかった。
ようやく結婚式を挙げたときも、早川側の家の人間は全員出席拒否。
さんざんなものだった。
俺たちの、このわちゃわちゃとした慌ただしさを、一番生身に感じることができるのは実は姉貴なのかもしれない。
もちろん、それを優しさだけで受け入れることはしない。
責任は取れと釘は刺してきた。
けれども――。
「結婚式が開けなかったのは惨めだったさ。その代わりに、匡嗣と二人でパフェを食べてな。結局、私もつわりがひどくて、まともに食べられなかった」
「……それじゃ、これは」
「……もしかして」
「私がしてやれることはこれくらいだがな、ウェディングケーキ代わりにこれくらい贈らせてくれ。あぁ、廸ちゃんは、そんな無理しなくていいから」
責任を取ってくれる旦那が、君の隣にはいるだろう。
そんなキザなことを言うと、姉貴は呼吸を整えてから俺たちに言った。
「結婚おめでとう、陽介、廸ちゃん。幸せになるんだよ」
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