第175話
アルカサル五回乗ったさ。
朝なので空いていたもんだから五回乗ったさ。
ちぃちゃんと光ちゃんがドハマリして、もう一回もう一回とせがむものだから、出口から入り口にほぼ直通で五回も連続して乗ったさ。
それでもって、二人ともほんと元気さ。
昨日の海水浴でパワーを使い切ったんじゃないの。
ちょっとその元気はおじさん達には危険な奴だったさ。
「ひかいちゃん、おばけにびっくりしすい。きゃぁーって、きゃーって、ぷぷぷ」
「うっせーなー!! いくら出てくるって分かってても怖いもんは怖いだろ!!」
「まぁ、子供だましの怖さだよね」
「わしら大人にはジェットコースターとか、ウォータースライダーとか、なんかそういう奴の方がよっぽど怖いよね」
「……ソウデスネ」
気のせいかな。
ちょっと九十九ちゃんの表情が蒼い気がする。
スコアも動きも悪かった気がするけれど大丈夫かな。
彼女もしかして、こういう恐怖系のアトラクションだめなのか。
ひらパーにはこういうのなかったのかね。
俺もあそこは行ったことがないから、なんともわかんねーや。
アルカサルは、なんていうかまぁ、子供向けのお化け屋敷だ。
お化け屋敷シューティングアトラクションだ。
ゴンドラに乗って移動しながら、動いているお化けの人形に向かってボウガン――と言う名のレーザーガン――を撃つ奴で、当たればポイントをもらえるというシンプルだが結構ハイテクなアトラクションだ。
これが二十年前から存在していたというのが驚きよね。
そらもう志摩スペイン村に来た子供達、特に男の子は、この箱形シューティングゲームに心を奪われたものです。
かくいう俺も、ほぼ一日これに乗り続けて、親を困らせた思い出がある。
廸子ちゃんはあんまり好きじゃないみたいで、適当に的を狙っていたけれど。
ここの所はやっぱり男の子と女の子の差よね。
「陽介はほんとなんてーか、子供と変わんねーというか、大人げなく高得点狙っていったよな。なんなのあのスコア、バカなの?」
「まぁ、小学生の頃に極めましたからねアルカサル。もうスペイン村に来る理由の大半が、このゲームで高得点を取るみたいなとこありましたからね」
「よーちゃん、もっかいのろー!!」
「おっさんどうやったら点数上がるか教えてよ!! 次は後ろでサポートな!! ていうか、おっさんがやると高得点モンスター倒すから、面白くないんだよ!!」
なんだろう。
かつてこれまで熱烈にちぃちゃんたちから尊敬されたことがあっただろうか。
いつもはなんかこう、慕われてはいるけれどその一方で自分たちと同列の存在みたいな、軽い感じで扱われている気がしないでもない。
けれど、今日はちゃんと俺のことを尊敬しているのが伝わってきた。
よし、乗ろう。
俺が十五年前に培ったアルカサルのテクニック、そのすべてを君たちに伝授してやろう。覚悟はいいか、ちぃちゃん、光ちゃん。
「いや、なに六回目乗ろうとしてるんだよ、流石にもう飽きたよ」
「ライド系はいいのですけれど、流石にこればかりは。それと、せっかくこれだけ大がかりな遊園地なのですから、もっと園内を回ってみませんか?」
けどこれ団体行動だからね。
一緒に居るお姉ちゃん達の要望もちゃんと考えてあげようね。
という訳で、アルカサルはここまで。
一足先に行ってしまった美香さん、走一郎くんたちを追いかけて、俺たちはアトラクションエリアから観光エリアへと移動するのだった。
しかしまぁ。
ほんと手の込んだ遊園地だよな。志摩スペイン村。
よくぞまぁ、ここまで異国情緒を作り出したもんだと思うよ。
二十年前も思ったけれども今も思うよ。
金持ちの考えることはよう分からん。
「うわ、ほんとに外国に来たみたいだな。すげー、なんだこの街」
「ちぃしってる。これはね、しぶばびばばびびーのおうちさんさんなんだよ」
「シルバニアファミリーだね。そして、ちょっと違うね」
「和歌山にもポルトヨーロッパがありますし、長崎まで行けばハウステンボスもありますからね。日本に居ながら海外旅行の風情を味わいたいというのは、そう珍しい発想ではないかもしれません」
「へー、そんなのもあるの。九十九ちゃんはなんでも知ってるな」
けど、志摩スペイン村ほどじゃないんだろう、って、顔して聞き流している廸子がほんとなんていうか申し訳ない。
本当に、西の志摩スペイン村を信じている感じで申し訳ない。
俺と九十九チャンは揃って頭を抱えた。
なんだよその反応と、廸子は食ってかかってきたが、彼女の無知をことさら指摘するような残酷なことは、俺にも大叔母にもできないのであった。
さてさて。
しばらく歩いてたどり着いたヨーロッパの町並み。
いかにも、伝統ある民家という感じのそこは、中に入るとお土産物屋になっていたり、ちょっとした軽いアクティビティが楽しめる場所になっている。
土産物を眺め、触れると喋る像やらなにやらで遊び、ちょっと一休みとベンチでアイスを食べる。お土産袋で手が埋まってしまった俺と廸子は、これはもう絶叫マシンは乗れねえなと、苦笑いを交わした。
子供のおもりやら、昨日の疲れやらで、もはや疲労困憊のおじさんたち。
そんな情けない俺たちと違い、ちぃちゃんたちはせわしなく駆け回っている。
あの年頃は、あぁいう場所でも楽しめるから幸せだな。
九十九ちゃんがいい感じに二人に目を光らせてくれるのが本当にありがたい。彼女がいてくれなかったら、この旅行はどうなっていたか分からないな。
「九十九ちゃん、ほんと子供の世話が上手だよな」
「な。アレは、絶対、将来いいお嫁さんになるよ」
「廸子さんや、負けててよろしいんですか。もしかすると、あと半年もかからないかもしれやせんぜ」
職業訓練校出たらすぐに結婚なんて話もあるかもしれない。
俺の仕事がすんなりと決まれば、すぐにゴールインとかも想定内。
なんて。
そんな甘っちょろい話はないわな。
会社に入れたとしても、そこで続けていけるかは未知数。
なにせ、俺は既に二回会社を辞めているのだ。
その内一回は病気により一年も持たずにリタイアである。
廸子をちゃんと幸せにできるまで、幸せに出来ると周りに言えるようになるまで、最低でも一年くらいはかかると考えなくちゃおかしいだろう。
もちろん、それは廸子も分かってくれていると思う。
また待たせてしまうのが申し訳ないのだけれど――。
そう思って、横に座る廸子を見る。
レモンフレーバーのジェラートを食べていた彼女は、なんだか複雑そうな顔で、コーンの先に盛られた冷菓を崩していた。
妙な沈黙があった。
「……廸子?」
「そ、そうだな、九十九ちゃんに負けてられないな。アタシも頑張らないと」
「いや、そうじゃなくて」
俺が求めていたのは、もっとこう、何言ってんだよとか、先走り過ぎだとか、そういう答えだったのだけれども。なんでそこで真面目に返してくるかな。
そんなに早く結婚したいの。
まぁ、その気持ちは分かるし、俺も尊重してやりたい。
けど、俺にしても廸子にしても、今の仕事のままだとちょっとそれは難しい。
こっちで仕事をするにしても、まず給料は初任給からはじまる。
前職のスキルを活かそうにも、頭の固い地元の企業は理解しちゃくれない。
それでなくても、俺は社会人として落第級。
そんな俺の稼ぎで、いったいどれだけの生活ができるだろう。
廸子と合算したとして、いくらの生活費になることだろう。
彼女だって、伊達に社会生活長くないんだ。
二人の今の収入で、家庭が築けないことくらい分かるはずだ。
そうだよ、現実的に考えたら結婚なんて、まだ――。
途端に情けない気分に頭が覆われる。
嫌だな。
廸子がフォローしてくれると俺は思ったんだが。
かぶりを振ったその時――。
「ねーちゃんねーちゃん!! こっち、衣装の試着できるってさ!!」
「フラメンオー!! ゆーちゃん、フラメンオのふくきよー!!」
子供達が駆けてきて、隣に座る幼馴染みの身体を引っ張った。
どうしよう、と、こちらを見てくる彼女に、行ってくればと微笑む。
彼女の食べかけのジェラートとお土産を預かる。廸子は子供達に連れられて、家の一つに入っていく。それを俺は黙って見送った。
なんだかな。
今日に入ってから、調子が落ち着いたと思っていたけれど。
またちょっと、変な感じになりやがったな、アイツ。
「いったい何を気にしてるんだよ」
そう言って、ほんの少し、廸子のジェラートを失敬する。
レモンの果肉が入ったそれは、甘く苦く、そして渋面になるほどすっぱかった。
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