第169話
今日、金曜日なんだけれどな。
ただまぁ、子供達は夏休み。そんな彼らの相手をするのに――主に食事の準備など――親御さん達も大変ということなんだろう。
回転寿司は満員御礼、先に入った実嗣さん達が待合席で待っていた。
「あぁ、陽介くん。すまない、席の予約なんだが」
「すごく混んでまね。一時間待ちとかですか?」
「いや、席自体はすぐ空くそうなんだ。ただまぁ、これだけの人数だから、別れて座ってほしいと言われてね」
「四人がけテーブルしかないみたいなのよ。ちぃちゃん子供だから詰めればなんとかなるかなと思ったんだけれど、実物見たらちょっと狭くないって」
うぅん、確かに。
九人。二つのテーブルに別れて、ちぃちゃんと光ちゃんに詰めてもらえば、なんとかならないこともないだろう。
けどそんな、ぎゅうぎゅうのすし詰め状態の昼食は嫌だなぁ。
純粋にここまでの運転で疲れているし。
なにより、これから疲れる人もいるし。
丁度、家族連れの人たちが抜けた。
彼らが座っていた隣り合ったボックス席に、俺たちは案内されるだろう。
だとして、と、ふと前を見る。
「向かいのカウンター席は割と空いてるな」
「まぁねぇ、お寿司を一人で食べに来るなんて、なかなか寂しい食事だからね」
そんなことないでしょ。
関西で働いて居た頃、俺はよくやりましたよ。
まぁ、一緒に食べに行く友達が居なかっただけなんですけれど。
ふぅむ。
まぁ、回転寿司のレーンを挟む形にはなるが、お互いの顔が見えないことはない。窮屈な食事をするより、誰かがカウンターに座った方がいいかもな。
「見て、実嗣さん、お寿司が回っているわよ」
「本当だね美香さん。はじめて見るよ」
「このバカップルはまぁ同じ席に座らせるとして」
「走一郎は回転寿司初めてでしょ? お皿の取り方とか分かってるの?」
「またバカにしてぇ――ちょっと待って夏っちゃん、あの新幹線みたいに走ってくるのはいったいなに!?」
「そして、このお金持ちカップルも同じ席に座らせるとして」
「……はて、板前さんの姿が見えないのですが、いったいどこに。できれば、上物のあなごの握りをお願いしたかったのですが」
「九十九ちゃん、あまり回転寿司に幻想を求めないでね」
「おすしー!!」
「寿司ー!!」
「元気な女の子集団も一緒に座らせるとしよう。うん」
どうやら俺が抜けるしかないようだな。
というか、回転寿司来たことない人多すぎやしません。
美香さんはギャグだけど、他の人たちはガチで来たことない感じだ。
セレブリティー。
ほんと、回転寿司でも食べてろー。
いや、回転寿司でもとかまるでジャンクフードみたいに言ったが、普通に美味しいからね。庶民のささやかな贅沢を思い知れよちくしょう。
そんな訳で。
実嗣さん、美香さん、走一郎くん、夏子ちゃん。
廸子、九十九ちゃん、ひかりちゃん、ちぃちゃん。
そして、俺。
この三グループに分かれて俺たちは席に座った。
「……美香さん、大将を呼びたいのだがいったいどうすれば」
「大将を呼ばなくても、ここのタッチパネルから、欲しいお寿司を頼めばいいのよ。ほら、走一郎くんも、夏子ちゃんも、何が食べたいか言ってみそ」
「あ、じゃぁ、僕はいくらで」
「私はウニで」
「おう、遠慮がねえなお前ら、初手からお高い奴かよ」
「……美香さん!! その、ハンバーグ握りというのは、いったいどういうものなのだろうか!! 寿司にハンバーグ、私の知識にはない斬新な握りだ!!」
美香さんテーブルはさっそくセレブリティ崩壊してるなぁ。
いや、一緒にならなくてほんとよかった。
カウンター席にしてよかった。
美香さんみたいな社交力がなかったら、きっと大変なことになっていた。
「エビフライまで載っているんですか!?」
「「え、エビフライ!?」」
「……うーん、みんな、ちょっとおちつこうZE☆」
美香さんのトーク力で静まるセレブリティたち。
一方。
「ほほう。お寿司が回っている。なるほど、ウィンドウショッピングと原理は同じ。商品の方から客の前に出向くことで購買意欲をそそるとは、考えましたね」
「そんな考えはないと思うなぁ」
「ちぃねー、ちぃねー、おいなりさんたべたーい」
「俺は鉄火巻きー!! あと、サーモン!!」
「はいはい。まとめて頼んじゃうからね。回ってるの、時間たってて美味しくなかったりするから、ちゃんと握りたて食べようね」
こっちはいたって平和である。
若奥様のごくありきたりなお昼時という感じだ。
ちぃちゃんもひかりちゃんも、そして九十九ちゃんもよくまぁ廸子になついて。
ほんと微笑ましい限りの光景だ。
おもわず、何も食べていないのにほっぺが落ちそうになった。
と、そんな所に、廸子がふとこちらを向く。
「……なんだよ、そんなじっと見て」
「いや、お母さんしてるなーって、思って」
「なっ……誰がお母さんだよ!! そんなんじゃねえよ!! 小さい子の面倒みるのは大人の役目だろう!!」
「まぁ、そういうことにしておきましょう」
照れる廸子もまた可愛いな。
顔を真っ赤にして横を向く幼馴染み。
せくはらだーせくはらだーと騒ぐ子供達だったが、逆にそれは俺よりも廸子の方に効いているみたいだった。
まぁいちゃいちゃはこれくらいにしよう。
苦笑いして、俺は流れてきたしめさばを取る。
廸子や美香さんの言うとおり、握りたてを食うのが一番いいのだが、おっさんの胃袋にはそういうの関係ないのだ。パパッと食って、店を出てこれから志摩までのドライブのお供――ドリンクとお菓子類――を買いにいかなければ。
矢継ぎ早に、何個か適当な皿を取ったその時だった。
「……お隣、よろしいかしら?」
「……んぐっ、へあ。あ、どうぞどうぞ」
なんだかちょっと品のいい感じのおばあさまが、俺の隣の席に座った。
なんだろう。
ちょっとここいらの住人とは思えないくらいに上品な顔立ちだ。
服装は、いたって地味だけれども、所作や仕草がおそろしく綺麗だ。
別に俺はそういうの分かる人間じゃないけど。
それでも伝わってくるほどに品がいい。
もしかして、ここら辺の旅館の女将さんとかだろうか。
いやいや、それがどうしてこんな回転寿司屋で一人昼食をするのだろう。
もっと相応しい、入るのに適したお洒落な店があるんじゃないの。
そんな疑問に答えるように、あら、ごめんなさいねと、老婆は笑った。
「場違いなお婆さんが入ってきて驚いたかしら」
「いえいえ、そんな」
「そこのホテルに泊まっているんですけど、お昼はレストランやっていなくて。足腰が悪くて駅向こうまで行くのもしんどいのよ。それで、ここでいいかなって」
「あ、なるほど。そういう事情でございましたか」
「回転寿司って、何が回転しているのかと思ったら、こういうことなのね。びっくりだわ。あら、ハンバーグ握りなんてものもあるのね」
どっかで見た驚き方をするお婆さんだな。
上流階級の方々は、ほんと、普段どういったモノを食べていらっしゃるのだ。
けどまぁ、嫌みな感じはしない。
素で言っているのが分かるからだろうな。
えぇっと、どうすればいいのかしらと、戸惑う彼女。
場違いなお婆さまに、お茶を入れてやり注文方法を教えてあげる。
その程度の事なのに、どうもありがとうと丁寧に頭を下げられたものだから、がらにもなく俺は照れてしまった。
「私もいなりずしにしようかしらね。歳だからあまり生ものは受け付けなくて」
「おばーちゃんもいなりずしすきなのー?」
「あら、かわいいお嬢ちゃん」
「えへへぇ。ちぃといっしょだねぇ」
「えぇ、いっしょねぇ」
お孫さんがいるのだろうか、扱いにも慣れていらっしゃる感じだ。
ちぃちゃんと、初見でこんなに仲良くする人、初めて見た気がする。
なんだろう、ほんと、いいな、こういうの。
旅の醍醐味っていうか、なんていうか。
って、いけないいけない。
「急いで準備しなくちゃいけないんだった。すみません、おばあさん。なんかあったらそこの金髪ヤンキー娘に聞いてください。意外と優しい奴なんで」
「なんで私!?」
「あらあら、そうなの。お忙しいのね。よろしくねー、廸子さん」
「え、あ、はい、まぁ。そういうことでしたら」
俺は急いで目の前の寿司を平らげると、店員に断ってから店を出た。
背中では、楽しそうにはしゃぐ皆の声。
その中でもとりわけ、たまたま同席したお婆さんの声が、よく耳についた。
だって、本当に楽しそうに、彼女は喋るのだから――。
「まーうーろー!! まうろさん!! ちぃ、だいすき!!」
「ちぃちゃんはまぐろさんが好きなのねぇ」
「おーとろとちーとろがあるんだけれどね、ちぃはね、ふつうのまうろさんがすきなの。あかくておしゃれでしょ」
「そうね、おしゃれさんね。とってもすてき」
「えへへぇ。おばーちゃんもたべう?」
「そうねぇ、じゃぁ、いただこうかしらねぇ」
「ちぃちゃん。もう、すみません、なんか、付き合わせちゃって――」
「いいのよぉ。かわいいものよね、ほんと、孫って」
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