第168話
「はい、それじゃようちゃんがまずは鳥羽まで移動して、そこで一旦お昼休憩。そこから私と運転交代。志摩の海岸まで直行。市内での運転は、何度かあの辺り運転している実嗣さんでいきましょう」
「さすが美香さん頼りになるぅ」
「結構いい車だから擦ったらコトよ、道中は気をつけて運転するように」
「あ、大丈夫です。ちゃんとそこは保険下りますので」
だからなんで事故る前提で話をするかね走一郎くん。
まぁけど、それくらい慎重な方がいいよな。
誰だって悲しい旅にしたくないし。
次々と車に乗り込む子供達。
そんな彼らに遅れて、大人達もまた乗り込んだ。
一列目には、体格の大きい俺と実嗣さん。
助手席には基本的に男が座る感じである。
二列目、景色のよく見える左側シートにちぃちゃんとひかりちゃん。真ん中に廸子。その隣に九十九ちゃんである。
三列目、美香さん、夏子ちゃん、走一郎くんの順番で座る。
「気をつけていってくるんだぞ陽介」
「姉貴まで。そんなこと言われると逆に不安になるじゃないかよ」
「まぁ、大丈夫だとは思っているがな」
見送りにきた姉貴と挨拶を交わすと扉を閉める。
さて、高速道路までどうだったかなと考えながらエンジンを入れると――。
『目的地、御座白浜海水浴場まで、おおよそ一時間五十分です』
「もう目的地は入力しておきました!!」
「さすが走一郎くん、話が早くて助かるよ」
一度も使ったことのないナビが起動して、俺に走行ルートを教えてくれた。
はーもう、便利ね。
俺も金があったらつけたいんだけれどね、カーナビ。
もっぱらそこはスマホ頼りですわ。通信料、ちょっと怖い奴ですわ。
「それじゃみんな出発しんこー!!」
「「「「「おーっ!!」」」」」
なんだかこういうノリも久しぶりだな。
乗り切れていない実嗣さんと苦笑いを付き合わせて、俺たちは一泊二日の海水浴へと出発した――。
◇ ◇ ◇ ◇
「うーみー!! ひかいちゃんうーみーだよ!! うーみー!!」
「ほんとだ!! すげーな!! はじめてみる!!」
「この辺りは鳥羽湾だね。もうちょっとしたら休憩だから、いっぱい見れるよ」
「……おぉ、瀬戸内海とは違う趣がありますね」
「はー、こっから交代で下道か。結構しんどいのよねぇ、志摩の道って」
「走一郎はこの辺り走りに来たことあるんだっけ?」
「免許取り立ての頃に来たかな。田辺さんの言うとおり運転が難しい道でさ」
やんややんや。
途中で休憩も挟まずに一気に来たけれど、割とみんな元気だなぁ。
ちぃちゃん辺り、ちょっとぐずるかと思ったが、そんなことも全然なかったや。
伊勢自動車道を経由して、池の浦で降りた俺たちは、そのまま海岸線沿いに国道四十二号線を走り、鳥羽の市街地へと流入した。
鳥羽駅前、コインパーキングに駐車して、まずは一息を吐く。
扉を開ければ浜辺特有の、湿っぽくて塩っ気のある空気が鼻孔をくすぐった。
「あーつーいー!! あははは!! あはははは!!」
「ちぃ、あんまりはしゃぐな。車にひかれるぞ」
「そうですよちぃさん、ひかりさん。ほら、お手々を繋ぎましょう」
「九十九ちゃん、地味に女子力高いわね。これは将来いいお嫁さんになるかもしれない……わね、走一郎くん?」
「どうして僕に振るんですか田辺さん!?」
「……ソウイチロウ、ウワキハ、ユルサナイヨ?」
「真に受けないの夏子ちゃん。美香さんも、変な煽り方しない」
女性陣は元気だなぁ。
なんだかんだで知らない道を走るのは疲れるモノ。
ナビがあったとはいえ、疲労困憊の俺は、車を降りるとひぃとため息を吐いた。
こらなんか、冷たいモノでも食べたいね。
昼飯のついでに、アイスでも買おうかしらという気分であった。
現在時刻、十一時十五分。
お昼にはちょっと早いがここで昼食である。
「昼食はどこで食べるか決めてるの?」
「せっかく鳥羽に来たんだし海鮮料理といこうかなと思ったんだけど……」
「かっぱのおすしー!!」
「お寿司にしようぜ!! すぐそこじゃん!!」
「とまぁ、お子様方が喜ぶのはそちらかなって」
廸子と話した結果、昼飯は回転寿司でいいのではないかという結論になった。
ほんと、これが小旅行なら料理屋にでも入るのだけれど、子供がこう多いとね。
それに――。
「すみません、ちょっと、私あまり生魚は得意じゃなくって」
「僕は貝類があんまり」
「私もサザエとかアワビとか言うほど好きじゃないから、回転寿司でいいんじゃないかな。ねぇ、実嗣さん?」
「無理に高級料理にこだわる必要はないと思う。いいんじゃないだろうか」
ということである。
これだけ人数が多いと食べるものにも気を使うのだ。
回転寿司なら、自分の食べたいものが食べたいように食べられる。
悪くないチョイスだ。
目と鼻の先に港があり、新鮮な魚介類を味わえる店もあるのに、全国チェーンの回転寿司というのは、まぁ、ちょっともったいない気はしないでもないが。
こればかりは仕方ないわな。
駅前の駐車場から少し歩いて、歩道橋を渡って海岸沿いの歩道に出る。
木製の板が敷き詰められたちょっとお洒落なその歩道。
そんな所に子供達と出るや最後というもの。
テンションが上がったちぃちゃん達が、わーいと駆け出した。
海岸沿い。
堤防には釣り人達がいるというのに、そんな騒がしくしていいのか。
一瞬ひやりとしたが、幸いなことに太公望たちは気がいい人達だった。
誰もが、少女達の歓声に笑顔を向けで、文句の一つも言ってこなかった。
「実嗣さん、美香さん、悪いんですけど、ちょっと席の予約お願いできます?」
「心得た」
「まかせて」
「こらーっ!! ちぃちゃん!! 光ちゃん!! 帰ってきなさい!!」
「お二人とも、テンション上がるのは分かりますが、ダメですよ」
俺と廸子、それと九十九ちゃんでちぃちゃんと光ちゃんを追う。
ちょっとした広場になっているところに出て、落下防止の欄干にもたれかかっていた二人を、俺と九十九ちゃんで捕まえた。
すると、ちょうど気持ちのいい海風が吹く。
空は青。
海も濁りなく深い群青がたゆたっている。
塩みのある風を受けて髪が揺れる。
ふと、振り返れば遅れてやって来る幼馴染み。
いつもならジーンズにタンクトップ。男勝りの服装をする彼女が、今日はどうして空色のワンピースを着ている。白い帽子が飛ばないように、頭に押さえつけるその姿に、不意打ちのように胸が高鳴る。
「はーもう、子供は元気だなぁ。仕事の疲れで全然追いつけねえ。こりゃ海も留守番だな――って何見てるんだよ陽介」
「……いや、別に」
「別にってことはないだろ、黙ってこっち見て。なんだよ、気持ち悪いな」
そう思うならそんな格好してくるなよ。
気持ち悪いのはどっちだよ、まったく、慣れないことして。
ほんとにもう。
くすくすと、こちらを笑う子供達。
ちぃちゃんまで、よーちゃん照れてるなどと言うものだから始末に負えない。
大人をからかうんじゃありませんと、ちょっとちぃちゃんをぐるぐると回してあやしてやる。やめてーといいながら、ちぃちゃんは大声で笑い、光ちゃんもそれを見て笑い、九十九ちゃんと廸子はなにやってんだかという顔をした。
たわいもないやりとり。
なんでもない一幕。
けれども、なんだろうね、このなんとも言えない充足感は。
一通り回し終えて、さぁ、お昼ご飯にしようと言って、姪っ子と共に再び歩道を歩き始める。そんな俺の横に、さりげなく並んだのは、幼馴染みの大叔母。
「廸子さん、今日はせめてお洒落くらいはって、服を選んでいたんですよ」
「……そんな情報を貰ってもなぁ」
彼女までいたずらっぽく笑ってくる。
ほんと、子供ってのは無邪気で困るよ。
この旅行に浮き足立った幼馴染みの格好に俺は気恥ずかしく襟足をかいた。
俺も、もうちょっと、デートらしくお洒落するべきだったかね。
いつもの無地のTシャツとかなんだが。
まぁ、緊張しても仕方ないし、これはこれでいいか。
「陽介、なにちんたらしてんだよ。はやくいくぞ」
「一番遅かった癖にそういうこと言います?」
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