第141話

 最近俺のセクハラ力が低下している気がする。


 幼馴染みに会いに行く気恥ずかしさを紛らわすための容赦無きセクハラ。

 しかし、惰性のせいかそのセクハラキレが悪くなってきた気がする。


 これはよくないことだろう。

 とてもよくないことだろう。


 これでは廸子のことが好きでコンビニに通っているて玉椿町のみんなに噂されちゃう。豊田さんところのニートは、金髪ヤンキーガールが趣味って噂されちゃう。


 誤解じゃなくて事実だけれども、恥ずかしいから困っちゃう。

 なにより、まだ廸子をもらう体制が整っていないから、早く結婚しろオーラを町全体から発せられると困っちゃう。


 なんとしても、俺が幼馴染みとセクハラの仲であると、町の人たちには思っても貰わなくては。そんな使命感を抱いて、俺は今日、マミミーマートにやってきた。


 そう、昔はもっとストレートに廸子にセクハラできていた。

 開口一発目がセクハラで、もうなんていうか、投げられる勢いだった。


「いらっしゃいませー。って、なんだ陽介か」


 そう、こんなやれやれまた来たかみたいな扱いではなかった。

 またくだらないことしに来たよこいつみたいな辛辣な感じがあったのだ。


 やはり衰えたか。

 俺のセクハラ力。


 思い出せ、昔の自分。

 全盛期だった頃のセクハラの魂を。


 俺は自分を鼓舞すると目の前のカウンターで瞬きをする幼馴染みに向かい合う。

 繰り出せ、必殺のセクハラを――。


「おーっす廸子。今日も頑張ってるな。汗で制服が透けてるぞー」


「うげっ!? マジで!? やばっ、さっき搬入の手伝いで外出たからその時かな。うわぁー、ほんとだ、背中べちょべちょでブラが透けてる。最悪じゃん」


 うぅん。


 普通に受け止められたぞ。


 おい、そこはもうちょっと恥じらいを持って。

 なに見てんのよスケベとくるべき所じゃ無いかい。

 普通に、セクハラが親切になっちゃったよ。

 いや、むしろ、セクハラを防ぐためのアドバイスになっちゃったよ。


 これは不本意。

 たいへん不本意。


 やはり俺のセクハラ力は弱まっている。

 意識した程度では戻らぬ。

 ぐぬぬ。本来なら、何メスの顔してんだよみたいな流れになるはずなのに。


「ありがとな陽介。言ってくれて助かったよ、ちょっと気をつけるわ」


「あぁ、うん、まぁ、別にこの時間なら客も来ないし、大丈夫じゃねえ」


「客じゃん、なに言ってんのさ」


「いやいや、俺は冷やかしだから冷やかし」


 普通の世間話の流れになっちゃったよ。


 ちくしょう。

 まぁ、これはこれとして、幼馴染みとのグッドコミニケーション。

 それは構わないんだけれど。

 構わないんだけれど。


 やはり敗北感が。


 別に俺は常時セクハラを発揮して、廸子を圧倒し続けなければならない業を背負いし幼馴染みではない。けれど、なんだこの負けちまった感じは。

 ちくしょう、普通にいい幼馴染みになってんじゃんか。


 ダメだダメだ陽介。

 そんなことでは。


 次の一手。

 次なる言葉と行動。

 次で、廸子を悶絶させてやるのだ。


 そう、暑いなという話が出た所である。

 なにも、淫靡な言葉でいじるばかりがセクハラでは無い。


 時に、思いがけない方法で、相手にセクハラを仕掛けることは可能だ。


 俺はふぅと嘆息すると。


「――いや、しかし、今日はほんとあちーな。なんてーかさ、湿度がやらしいんだよ。車で来たからお前ほどじゃないけれど、俺も服の中が汗でべちょべちょでさ」


 そう言って、俺は、ポロシャツの第三ボタンまでを開き胸板を広げた。


 さぁくらえ、俺の胸板。

 という感じで、廸子に向かって見せつけた。


 鎖骨と、胸板と、首元。

 男のエロティックゾーンをこれでもかと露出した。


 ふふっ、廸子よ、これにはお前もびびるだろう。

 なんてもん見せるんだよと、真っ赤にして顔の前で手を振るだろう。


 おぼこちゃんめ。

 しかし、そんなお前もキュート。


「うわ、ほんとだ。汗かきすぎだろ。制汗シートとかで拭いた方がいいぞ」


「え、あ、うん」


「確かそこのコーナーにあったと思うからさ。あ、けど、ちょっと、高いか。コンビニの商品って、店員のアタシが言うのもなんだけれども割高だからなぁ。普通にそういう日用品は、スーパーとかで買った方が安上がりなんだよね」


「まぁ、そう、そうね。そうだよね。コンビニ高いよね、こういうの」


 全然動じてない。


 なんで。

 俺の裸に、あらわになった俺の胸板に、どっきんどっきん。

 やだもーこんな所で、って、なる所でしょう。


 なに、アタイにもしかして、男としての魅力がないの。

 廸子ちゃん、もしかして、アタイのこと男として見てないの。

 幼馴染み過ぎてそういう対象として見れないの。


 不安が頭の中をよぎる。

 思えば、確かにここ最近、ちょっと距離感を縮め過ぎた感じはあった。

 大人の男女としてより、幼馴染みとしての繋がりを重視しすぎた感じがあった。というか、童心に返って仲良くなっている感じがしないでもなかった。


 俺はもしかして、自分の男としての魅力を、廸子にはっきり伝えられていなかったのでは無いだろうか。

 いや、きっとそうなのだろう。

 そうに違いない。


 後悔はいい。

 今は、男を見せる時。

 俺のセクハラ力を爆発させるのだ。


「……悪い、廸子。ちょっと本格的に汗が止まらない、服を脱いでもいいかな?」


 決まった。


 流石にこれには、廸子の奴もお前それは普通にセクハラだぞって言うよ。

 お前ここをどこだと思っているんだよって、きっと言うに違いないよ。


 いや、言うね。

 絶対に言う。

 賭けたっていいよ。


 俺はね、これでね、結構なね、ギャンブラーなのだよ。


 この勝負、もら――。


「いいよ。ちょっとバックヤードからタオルと制汗剤持ってきてあげる」


 いいのかよ!!

 お前、おま、お前!!

 客が、店の中で、半裸になろうとしているんだぞ!!


 それでいいのかよ、店員さん!!

 いくらなんでも、お客様を神格化しすぎなんじゃない!!

 そこまであがめ奉る必要ありますか!!


 というか、俺、止められると思っていたから、服脱ぐ勇気ないんですけど!!

 覚悟が決まっていいないんですけど!!


 えぇ、これ、こんな所で、俺、半裸になっちゃうの。


 困惑するうちに、廸子がバックヤードから戻ってきた。

 手には制汗剤とピンク色のタオル。

 いかにも女子力高そうな、アイテム持ってやってきた。


 さらにカウンターから出て、廸子は俺の前へとやってくる。


「うん? ほら、ボッとしてないで、服脱いで?」


「……えっ?」


「拭いてあげるって言ってんの。ほら、背中とか流石に自分の手じゃ拭き辛いじゃない。さっさとしてよ、いつお客さんくるかわからないんだから」


 なにそのプレイ!!

 なにそのプレイ!!

 なんなのその破廉恥極まりない特殊なプレイ!!


 ここはマミミーマートだよね?

 天下のコンビニマミミーマートだよね?

 お母さんの味がいつでも味わえるがコンセプトのマミミーマートだよね?


 店員さんがお客さんの汗を拭いてくれるサービスとか、なにそれちょっとえっちすぎやしません。風営法にひっかかったりしないの、これ。


 いやいいやいやいや!!

 ダメでしょ、えっちすぎでしょ!!

 これ、ダメな奴でしょ!!


「えっ、やっ、けどぉ。ここ、ほら、コンビニだしぃ」


「脱いでもいいかって言い出したのはお前じゃんかよ。なんだよ、道具持ってきたのにそういうのやめろよ。ほら、早く上着脱げよ」


「や、やだぁ。はずかしい」


「あせもになったらダメだろ!! ほら、両手挙げろ!!」


 そう言って俺の上半身から強引に上着を脱がす廸子。

 あらわになった胸板に優しくタオルをこすりつける。


 乾いた俺の肌をつま先で撫でて確認すると、彼女はまるで車のメンテでもするかのように、シュッと制汗剤を俺の体にふりまくのであった。


「ふぉぉおぉぉぉぉ!!」


「気持ち悪い声出すなよ。まったくもう、しょうの無い奴だなぁ」


 あ、ようやくセクハラっぽいことできた。

 セクハラ力、ちょっと戻ってきた。


 けどこれもう無理。

 逆セクハラ。


 廸子、無自覚にこんなことをするなんて。

 おそろしい幼馴染み――。


 ぐふ。


「陽介?」


「廸ちゃん、強くなったね……」


「なんのことだよ」


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