第140話

「よーちゃんさいきんあそんであげてなーったから、ちょっとあそんであげうね」


 そう言ってちぃちゃんがカブトムシ取りに行こうとか言い出した。


 カブトムシですよカブトムシ。

 いやぁ、田舎の醍醐味だよねカブトムシ捕りって。

 やっぱり田舎の子供なら一度はカブトムシ捕りに森に入るもんですよ。


 まぁけど、たいていプロに乱獲された後なんですけれどね。


 田舎にカブトムシがいると思ったら大間違い。

 昨今のカブトムシ先物相場の価格はうなぎ登り。天井知らず。

 毎年、夏になるより前に、幼虫の状態のカブトムシを捕るため、山で成虫の姿をみかけることはないのだ。


 田舎に清楚系女子校生がいないのと同じくらいの幻想。

 いるのはカブトムシだけななんだなぁ。それもコクワガタ。


 なんて思いながらも、ちぃちゃんのお誘いを嫌といえない。

 俺たちはタモと虫取りかごを用意して、日曜日の朝から森に出かけた。


 おいちゃんはつらいよ。


「よーちゃん、かぶとむしさんいるかなぁ?」


「どうだろう。かぶとむしさがすのひさしぶりだから、ちょっとわかんないや」


「むー、かぶおむしみつけておくまんちょうじゃのやぼーが」


「ちぃちゃん、それ、だれにおしえてもらったの? じぃじ? もしかしてじぃじ? いや、じぃじだよね? じぃじってことでいい? ぶっとばすから」


 孫に変なこと教えてんじゃねえよあの爺。

 ほんと、ろくでもないことしか教えないな。


 そういや子供の頃、俺も親父に言われてカブトムシ捕りに連れて行かれたぞ。

 これで俺たち明日から億万長者だとか、そんなこと言われて連れて行かれたぞ。

 結局一匹も捕まえらずに帰ってきたけれど。


 ほんと、なにやってんだあのクソ爺。

 子供より成長しねえってどうなんだ。

 もしかして認知症がもう始まってんの。


 年金十年くらいもらってからぼけろよもう。


 ぼやきはこんな所にして、俺はせっせと木に向かってタモを振るう。


 振るいながら、ちょっとちぃちゃんの様子を窺ってみる。

 うぅん――。


「ここ最近、ずっと光ちゃんにべったりだったのに、急にどうしたんだろう。なんも言わないけれど、やっぱ喧嘩したのかな」


 急に遊んであげるねと言われた瞬間から俺は姪の交友関係が気になっていた。

 普通、同年代の友達ができたなら、この年頃の子供はそっちと遊ぶモノだ。よっぽどの理由でもない限り、親や叔父なんかと遊んだりしない。


 ちぃちゃんの申し出は、心の機微に疎い俺にも、分かるほどに不自然だった。


 そもそも、あの野生児の光ちゃんである。

 彼女がカブトムシ捕りなんて心躍るアクティビティに乗ってこない訳がない。

 家族の都合。家の方針。あるいは習い事。


 全部、友情とカブトムシの前には些事。


 言うほど光ちゃんについて知っている訳では無いが、それでも普段の性格からはちょっと考えられない。

 なんかあったんだろう。

 きっと、間違いなく。


 実際、心なしかちぃちゃんの表情にも憂いがある。

 いつもだったら、タモなんてぶんぶん振り回して、俺のことなどまるっきり考えずに森に突進していく彼女である。それが、タモを旗のように振り回している。

 明らかに不自然であった。


 どうしたものだろうか。

 こういう時、俺は、彼女の叔父としていったい何をしてあげられるのだろう。


 思い起こすのは子供の頃の記憶。


 そう、あのろくでなしの親父と一緒に、カブトムシを捕りにでかけた時のこと。

 確かあの時の、俺もちょうどちぃちゃんと同じくらいの年齢で。


 それで、確か――。


「……ちぃちゃん、ちょっといいかな」


「なぁにぃ? かぶとむしさんめっけたのぉ?」


「ううん、ちょっとだいじなおはなし。だいじなおともだちについてのおはなし」


 そう、確かあのとき、俺は廸子と喧嘩していたのだ。

 廸子に口を利いてもらえなくなって、遊ぶ相手もいなくなった俺を、親父がなんかいろいろ言って連れ出したのだ。


 カブトムシって高く売れるんだぞとか、そんなことを言って。


 そしてちょうど、こんな風に二人っきりになったところで説教されたのだ。


「おともだちはさ、たいせつにしたほうがいいよ。どういうりゆうがあったとしても、かけがえのないものなんだからさ」


 って。


 いや、男親に息子だからもうちょっと厳しい口調だったよ。

 げんこ食らって、廸ちゃんになにしてんだって怒られたよ。


 けれども、その親父の一言で、俺は正気に戻って、廸子の奴にちゃんと謝ることができたのだ。大事な友達――いや幼馴染みを、失わずに済んだのだ。


 もし、あの時、親父が言ってくれなかったら。

 俺は今、廸子の働いているコンビニに顔を出すこともできないだろう。

 幼馴染みの関係はその時を境に裂かれていたはずだ。


 ちぃちゃんと光ちゃんについても、それは当てはまる。

 もしここで仲直りに失敗すれば、せっかく育まれた友情が失われる。


 叔父として、田舎町で育った元子供として、姪にかける言葉は一つ。


「ちぃちゃん、よーちゃんはさ、たしかにろくでもないにんげんだよ」


「しってるー」


「どういしないで」


「じゃぁどうしてほいいのか。げせぬ」


「どこでおぼえてくるのそんなするどいきりかえし」


 冗談はともかく。

 びしっと言ってやらなくちゃいけない。


 真面目な顔をしてあげれば、これから言おうとしていることが大切なことなんだとは分かるくらいに、ちぃちゃんも成長した。いいかいと、前置きしてやると、その小さな頭をこくりと動かして彼女は頷いた。


「ひかりちゃんとちゃんとなかなおりしておいで。そして、よーちゃんとじゃなくてひかりちゃんとむしとりしなさい。ぜったいそのほうがたのしいから」


「……でも」


「ずっとひかりちゃんとあそべなくてもいいの? それにね、よーちゃんはそのうち、おしごとでいなくなっちゃうかもしれないよ?」


「……だって」


「おともだちとけんかしたままって、とってもつらいことだとおもうんだ」


 過去に廸子と喧嘩したときも、そうだった。


 俺はとても辛かった。

 どうして彼女を傷つけるようなことをしてしまったのかって、本気で後悔したくらいだ。今となっては、なんでそんなことでって一笑に付すようなできごと――だったかどうかはもう忘れたが、彼女と遊ばない夏休みはとても退屈で寂しかった。


 親父に言われて、仲直りしてようやく気がついた。

 幼馴染みは、大切にしなくちゃいけないんだって。


 だから。


「ちぃちゃん、ひかりちゃんとなかなおりしよう?」


 俺は迷いなく、姪に対して、そうした方がいいよと言うことができる。

 年長者らしいアドバイスを、贈ることができた。


◇ ◇ ◇ ◇


「で、廸子? その後でちぃちゃんなんて言ったと思う?」


「しらんよ。いきなりやってきてどうしたんだよ。なんだよそのテンション。仕事の邪魔だよ。というか、いつも邪魔だよ。いい加減学習しろよ」


「ひかいちゃん、むしだけはだめなんだって。いもむしとか、くもさんとか、とんぼさんとかみると、はだがぞあぞあすうって――って言うんだよHAHAHA」


 とんだ道化である。

 とんだ、道化で、ある。


 はい、すべて俺の勘違い。

 別にちぃちゃんと光ちゃん、喧嘩もなにもしておりませんでした。

 普通に光ちゃんが乙女なだけでした。


 それだというのに、俺ときたら、勝手に勘違いして、勝手に盛り上がって、そして勝手にいいこと言った気になって。


「よくわかんないけど、なんかひたってうのはわかった、って、ちぃちゃんに切りかえされた時の俺のやるせなさよ。もうね、ガクッときましたわ、今日ばかりは、ガクッと心に来ましたわ。どうか笑っておくれよ、こんなアホな俺を」


「……アホだなぁ」


「HAHAHAHA!!」


 もう笑うしかなかった。

 いい叔父ちゃんぶりを発揮しようと、背伸びした俺がアホだった。


 ほんと、身の丈って大事よね。


「しかしまぁ、懐かしいな。陽介と小学生の頃喧嘩したの。アタシ、今でも覚えてるぜ。確か一週間くらい口きかなかったんだっけ」


「あったよね。懐かしい。なんであのとき喧嘩したんだっけ」


「おまえがあたしのぱんつかぶった」


「……OH」


「おまえがあたしのぱんつかぶってまちをはしりまわった」


「……やめて廸子ちゃん、ほんと、お願い」


「ゆずこぱんつまんとかさけんでいてほんとはずかしかった。あたしだいげきど」


「……子供のやったことじゃない」


 その頃から、俺、廸子にセクハラしてたのね。


 ごめんね、ゆずちゃん。

 ほんと、ごめん。


 そらおこってとうぜんです。


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