第120話

「おっさん!! おっさんちょっと!! いくら何でもスピード出し過ぎ!!」


「えー、そんなことないだろ? 普通じゃんこんなの? 廸子なんて、いつも助手席で寝てるぜ? なんだい、そんな大げさにびびっちゃって、かわいいのー」


「いや、マジでちょっと出しちゃいけない速度出してない? ていうか、そこの九十度カーブ、減速せずに突っ込むつもりか!?」


「あ、これね。これを曲がるのにはちょっとしたコツがあってね」


 外側、崖沿いに沿って傾斜したそこに、ドリフとしてツッコむ。

 慣れたもんで、もうどれくらいのスピードでツッコめばいいか身体が覚えてる。

 いやはや、腐っても俺も豊田家の人間ってことかね。


 そして、横でぎゃーぎゃーと騒いでいる光ちゃんも、ちょっと怖い。

 そんな騒ぐほど、俺の走りってまずい感じかなぁ。


 いつもこんな感じだし、特に文句言われないから変に思わなかったけれど。


 いや、もしかすると光ちゃんが怖がりなだけかもしれない。

 きっとそうだ。そうに違いない。

 光ちゃんのところは安全運転なのだ。


「なぁに大丈夫。お兄さん、これでもこの道路で事故ったことは一度もないから」


「他では事故ってるってこと!?」


「……人生にはいろいろあるんだよ」


「いい大人が子供相手に誤魔化すなよ!!」


 いやけど、約束の時間に遅れる訳にはいかないからね。


 ぶるり、身が震える。


 なんだかんだで姉貴に調教されて、条件反射で言うことを聞いてしまう俺。

 そう、ババアに逆らう訳にはいかない。


 ちぃちゃんとの貴重な休日のアクティビティ。

 逃がすわけにはいかないと意気込む親バカ。

 姉貴に、絶対に予定時間通りに来いと凄まれては逆らうことはできない。


 そもそも、こんなに急ぐのは、光ちゃんが急遽車に乗ったからなんだけど。

 それ言ったら、ちょっとかわいそうよね。


「大丈夫。酔わない程度には安全運転するから、シートベルト握って待っていて」


「酔わない程度の安全運転は安全運転じゃない!!」


 アクセルをさらに踏み込む。

 エグゾートノイズが爆ぜるように鳴り響き、車体が急加速する。

 峠の向こうにあるマミミーマートまで、俺はかっ飛ばした。


◇ ◇ ◇ ◇


「イラッシャーセ!! あっ、ヨウスケさん!! ご無沙汰デス!!」


「おっすカルロスくん。故郷の家族には仕送りちゃんとできてるぅ?」


「おかげさまで!! あ、社長っすね!! シャッチョサン!! シャッチョサン!! ちょっとシャッチョサン、お客さんヨー!!」


 シャッチョサンの使い方が独特ぅ。

 こんな風にシャッチョサン言う店、マミミーマート玉椿店くらいだよ。


「……すまん陽介。まだちょっと、いろいろと準備ができていない。もうちょっとだけ、イートインコーナーで待っていてくれないか」


「えぇ!? 約束の時間の五分前に着いたのに準備できていないんですか!? 人をアッシー代わりに使って、準備できてないとかそんなの許されるんですか!? ほんと横暴、横暴ババア!! 人の心もスケジュールも考え――へぶ!!」


 バックヤードから飛んできたのは気の塊。

 忘れていた、彼女が気の塊を飛ばすことで、俺にダメージを与えることができるということを。


 おそるべし、早川千寿。

 そして、調子こいて煽るもんじゃねぇな、やっぱババアはババアだわ、反省。

 俺は気の塊が当たった腹のあたりをさすりった。


 その時。

 横でくいと俺の服の袖を引っ張ったのは光ちゃん。


「……ニート。ちょっと、お手洗い行って来てもいいか?」


「あぁ、うん。そういや、川辺にはそういうのなかったもんね」


 あっても、なんか工事現場にありそうな、簡易式汲み取り便所。

 気にせず叢でしちゃえとは、さすがにレディには言えないよな。

 まぁ、ちょっと歩けば廸子の家とかあるんだけれど。


 そこは奥ゆかしいかな、光ちゃん。

 お母さんに会いに来たと言いつつ、それもまた目的だったのだろう。

 ほんと、素直じゃない子。


「すまんな陽介。急に本社からいろいろと電話がかかって来ていて。主にカルロスの番組についてのことなんだが」


「あぁ、放送したら反響よかったんだって。やったじゃん。売上が上がって」


「僕も自給アップ&特別ボーナスもらいましたヨ」


「とはいえ、本社に判断を仰がず、勝手に取材を受けてと言われて。いやはや参った。これから法務部と話すんだが、下手すると三十分くらいかかりそうだ」


「……そんなに!?」


 参ったぞ。

 数分で姉貴を拾って川辺にリターンするつもりだったのに。


 いや、光ちゃんのこともあるから、あきらさんと軽く話をして、それから出発するにしても、五分くらいを目標設定していた。

 なのに大番狂わせである。


 参ったな。


 今回は女子が多めのバーベキューってことで、肉とか結構少なめなのよね。

 それこそ、ちょっと足りないかなってくらいに。


 光ちゃんや九十九ちゃんが、普段どれくらい食べるのか俺知らないし。

 美香さんもあんなだし油断してたんだよ。


 となると、食べるものがちょっと心もとない。


「ババア、あれだったら俺、肉買い足してこようか。町のスーパーの方まで」


「むっ、お前にしては悪くない判断だな。確かに、行ってみたら肉がなかったではバーベキューの楽しみも半減というもの。よし、特別に許可する」


「了解。それで――ぐへへ、軍資金の方は」


「実費で払うのでレシートを取っておけ。私物と食べ物はちゃんと分けろよ」


 ちぇっ。


 なんでえ、せっかく人の金でいろいろ買えると思ったのに。

 ケチなんだからさ、うちのババアってば。


 まったく、経営者なんだから深い懐ってもんを見せたらどうなのよ。


 まぁ、けど、ちぃちゃんも小学校に通い出したし、これから何かと入用だものな。

 匡嗣さんが残してくれた遺産もあるにはあるけど、それもちぃちゃんのこれからの学資金に消える。シビアになるのは仕方ないよな。


 よし。

 そうとなったら、話が早い。


「スーパーで親父に金をせびろう。そうしよう」


「お前という奴は。本当に」


「いいじゃん、かわいい孫が食べる肉になる金なら、あの人いくらでも出してくれるでしょう。まぁ、その頃にはちぃちゃんお腹いっぱいになっているだろうけど」


 ぐへへへとほくそ笑む俺。

 そんな所に戻ってくる光ちゃん。


 またろくでもないことを考えているなという幼女の視線をスルーすると、俺はもうちょっとかかることになったと、光ちゃんに経緯を簡単に説明した。


 お母さんに会いに来た彼女である。

 ここで、俺のスーパー行きに突き合わせるのは忍びない。


「俺はここに残るわ。お母さんと話してる。戻ってきたらまた乗せてって」


「オッケー了解」


「……ちゃんと戻ってこいよ。置いてくなよ。約束だぞ」


「なんでそんなさみしんぼなんだよ。あと、もうちょっとかわいく言えないの?」


 うっせえと俺に殴りかかってくる光ちゃん。

 はっはっは、先ほどババアに喰らった気の塊と比べればこんなものどうということはない。痛くもかゆくもないというもの。

 けれども心細さは伝わった。


 なんかこう、いつもツンケンしているけど、可愛い子だな。

 日田さん所も結構忙しい家だ。一家団欒というのも難しいのだろう。


 そう思うと、ちょっとだけ、目の前のツンデレ少女のことが、俺はいとおしく思え――コッキーン!!


 たまき〇にいい一撃が入った。

 残念、ようちゃんは内またになってしまった。


「なに気持ち悪い顔してやがるんだ、バーカ!! バーカ!! バァーカ!!」


「……前言撤回、やっぱこいつ、くっそむかつく」


 世の中には、相容れない存在ってのがやっぱりあるんだな。

 そんなことを思いながら、俺は蹴られた股間を優しく抑えた。


 この痛み、そして恨み、俺はけっして忘れぬぞ。


「陽介!! いいから早く、スーパー行ってこい!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「ひゅう。目標を置いて男が移動」


「好機じゃねえかよ。どうする、コンビニは女ばっかりだし。やっちゃいます」


「……さっきから事務所と連絡が取れない。最終判断を仰ぎたいところだが」


 これほどの好機はないだろう。

 男たち三人――目だし帽子で顔を隠した三人は、ハイエースの中で且座になり、一つの写真を眺めていた。


 それは――。


「ターゲットは、この叔父と一緒によく行動しているらしい」


「ってことはアレで間違いないな」


「あぁ、間違いない」


 なぜか陽介のふざけたダブルピースの写真であった。


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