第121話
「親父、大変なんだ!! 今そこで高級車とぶつかっちまってさ!! 示談金として二十万円用意しろって言われてて!! 頼むよ、金貸してくんろ!!」
「……どちらさんでしたっけ? うちには息子はおりませんが?」
よし。
俺俺詐欺には当分ひっかかりそうにないな。
本人が迫真の演技で直談判しているというのに、このツレない対応。
やだもうほんとに頼もしくって涙が出ちゃう。
もうちょっと心配してくれ。
これ俺、本当になんかやらかした時に、助けてもらえんのかね。
ここは親父が働いているスーパーの駐車場。
車で到着するや、俺は勤務中の親父に近寄ると軍資金をせびった。
そして、冒頭の華麗なる、トゥルー俺俺詐欺である。
本人が口頭で金をせびっているのに、信じないとかあります。
「だいたいおめえが運転ミスする訳ねえだろ。俺と母さんの息子だろ」
「お、これは、違う信頼をされてるパターン」
「今さっき走ってくるところも見てたが、すいすい運転してやがったじゃねえか。単車は流石に千寿の方が巧いが、車はお前の方がやっぱ扱いが巧いな」
「いやいや、それほどでもございませんよ。でへでへ」
「という訳で大型免許取ってトラックの運ちゃんでもやれ」
「それとこれとははなしがべつだとおもうの」
今時流行りませんよ、トラック野郎。
いやまぁ、別にその仕事に抵抗はないけど、できる限りデスクで働きたいです。
「なんだよう、いいじゃん、息子と娘と孫がバーベキューしてるんだから!! ちょっとくらいお金出してくれても!! ばかばか、親父のけちんぼ!!」
「うっせぼけ!! 誰かさんが無職のおかげで、俺はまだ働いてんだぞ!! 平日にのんきにバーベキューできるだけありがてえと思え、このクソ息子!!」
「なんだとこのスーパー頼もし父ちゃん俺が悪うございましたこれからもどうか家においてくださいよろしくお願いいたします」
「わかりゃいーんだよ、わかりゃ」
ちくしょー。
養ってもらっているからなんも言えねー。
なんも口答えできねー。
家に置いて貰えるだけありがたいから、これ以上親父に何も求めらんねー。
すまねえ、ちぃちゃんそして姉貴。
お肉、ちょっとグレード下がるけど許してちょうだい。
悪いのは全部じぃじだから。
親父のせいにして、とぼとぼと立ち去ろうとする。
「おいこら陽介」
そんな俺を、親父が後ろから呼び止めた。
なんだろう、やっぱりお小遣いくれるのか。
などと甘いことを思っていると、周りの様子を少しうかがって、こちらに近づいてくる。なんかあまり見ない顔に思わず俺も変な顔になってしまった。
まぁ、聞いてしまえばなんてことはない――。
「美香ちゃん、どうだ? 大丈夫そうか?」
「……あぁ。そっちか。大丈夫って言いたいけど、元気ない感じだなァ」
「まぁ、そりゃそうだわな。外に出りゃ元気になるってもんじゃねえ。まぁけど、お前らが構うことで気が紛れる部分はあるはずだから、そこは自信持っとけ」
今回の川遊び&バーベキューを開催するにあたって、俺たちは親父と誠一郎さんに美香さんを連れて行っていいか相談していた。
危機的な状況は脱していたし、俺や廸子がいるということで、彼らは納得してくれたが、それでも何か事が起こらないかと心配してくれているのだ。
やっぱ、かなわねえな。
アルバイトに中にも町の人の心配なんてできるもんかね。
「お前から見て治りはどうだ。少しはましになったか」
「受け答えはだいぶできてるけど、ぶっちゃけどうなんだろう。産業医面談でまたフラッシュバックしないかと言われたら、そこはわかんない」
「……だわな。お前らも所詮素人だし」
「ならなぜ聞いたし」
心配だからに決まってるだろと頭を小突かれる。
それから、はぁとため息を吐き出して親父は、胸ポケットに手を突っ込む。
そこから彼は小銭入れを取り出した。
取り出したるは五百円硬貨。
×2枚。
「ほい。これでまぁ、冷たいもんでも買ってけ。おつかれさん」
「……親父」
なんだかんだで軍資金くれるんだな。
肝心なところではちゃんと優しいんだな。
いや、知ってたさ。俺の親だからさ。
なんだかんだと言っているけれど、親父が優しいのは俺もよく知ってるさ。
けど――。
「五百円はひどくね?」
「仕方ねーだろ、俺の小遣いなんだから!! これでも奮発したんだぞ!!」
「札で持たせてよもー。小銭入れて、おっさんかよ」
「おっさんなんだよ!! 文句あるならやらんぞ!!」
うそうそ冗談貰います。
五百円でもお金はお金。
というか、まぁ、そこそこの額ですからね。
少ないお小遣いから出してくれたということで、ありがたくいただきます。
妙な茶番を繰り広げたところで、不意に俺の腰でスマホが揺れる。
なんだ、なにかあったのか。
もしかして美香さんか――。
「……おい」
「分かってる!!」
急いでポケットからスマホを取り出して発信先を確認する。
この番号は間違いない――。
神戸にいるはずの松田ちゃんからだ。
ということは、早川家についての連絡だろう。
何か情報が入ったら連絡をくれと言たが、なにかあったのだろうか。
ひとまず、廸子からではない――美香さんがらみの話ではないことにほっとする。
しかしながらこっちもこっちで落ち着いてはいられない。
ちぃちゃんが狙われているのもまた、俺たちにとっての危機に間違いない。
もしもしと俺は親友のコールにすぐに出た。
「陽介……か?」
「松田ちゃん? なにかあったの、というか、なんか息が上がってない?」
「今はそりゃいい。こっちの……事情だ。それよりも……ちと……まずいことになった。そこに……ちぃちゃんはいるか?」
「ちぃちゃん? いや、今は俺一人だけれど?」
それが何かと返すと、向こうでほっとしたため息が零れる。
なんだいなんだい、探偵ぶりやがって。
実際探偵だけれどもさ。
「一緒にいないならいいんだ。そうか……ならよかった」
「よかったってどういう」
「いいか陽介。よく……聞け。例の……早川家のお家騒動……に絡んでる連中だが。どうやら……ちぃちゃんじゃなくてお前を狙っているみたいだ」
は。
いやいや、待て待て。
なんで俺になるんだよ。
おかしくない。
だって俺、早川家とまったくもって関係ない人間よ。
意味が分からんと思わず目を見開く。
ボリュームの加減で聞こえたんだろう、親父もまた驚いた顔をする。
そんな中、名探偵は、疑問を氷解させるシンプルな答えを俺に告げた。
「ちぃちゃんの……今の姿について、早川家が把握してないのは知ってるな?」
「……美乃利さんがわざわざ仕込みまでしてやって来てたから、それは。ちょっと待って、それってつまり?」
「そうだ。その情報は、美乃利さん……の上司、ちぃちゃんのばあさんどまり。早川の……人間で……ちぃちゃんを分かる奴は、誰もいねぇんだ」
子供の成長は早い。
過去の写真を基にして成長した子供を探せなど本職でも難しい。
だとしたら。
そんな人物をどう見つける。
答えは簡単。
彼女と一緒に居る、姿のそう変わらない大人を目印にする。
すなわち。
「ちぃちゃんと……よく一緒居るお前。お前を探して、神戸のゴロツキどもが……そっちにもう向かってる。気をつけろ」
「……まじかよ松田ちゃん!!」
なんてこった。
これ、まずい奴じゃねえか。
いやけど、怪しい奴なんて、それに、よく一緒に居るって言っても、今日は大勢と一緒だからだれかなんて――。
いや。
ちょっと、待てよ。
「……ひかりちゃんが、危ないかもしれない」
「あんだって?」
俺は脳裏に浮かんだ、一つの可能性に顔をひきつらせた。
信じたくない。
そうであってほしくない。
思いながらも、体はもう、いま降りたばかりの、愛車の方に向かっていた。
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