第119話
俺の名前は松田良作。
神戸三宮で私立探偵をやっている――はずなんだけれどな。
どうしてこんなことになっちまったのか。
人の縁というか。
運命のいたずらというか。
俺も付き合いがいいというか。
「おーら餓鬼どもご静粛に。神戸NUE会の皆さんどうも。俺ら兵庫県警組織犯罪課の者でございます。捜査令状に従ってきびきびと動いていただきましょうかねぇ」
んだこらオラァとがなるクソガキども。
いっちょ前にブランド物のスーツなんぞ着込んでいる。
そんな半グレ集団から喧嘩しか能がございませんというナリの奴が出てくる。
もちろん手は出さない。
こいつらも脳みそまでスポンジってこたーない。
のだが。
「……ぐぁっ!?」
「おっと、すまねえ。ちょっと最近立ち眩みが激しくってね」
頭突きをかます組織犯罪課の班長。
あの誠一郎さんの兄弟で、その筋のもんと見まごう顔つきをしているお方だ。
先に国家権力の方が手を出してどうすんのよ。
んだオラァと掴みかかった餓鬼の手を握りしめて一言。
「なんだ? おい、この胸倉をつかんだ手はどういうことだ? おい、俺はすまねえって謝ったよな? 立ち眩みって言ったよな? なんだこの手は?」
公務執行妨害だよな。
言い切った途端に部下たちが動く。
すわ乱闘必死。
銃が飛び出すか、刀が飛び出すか。
それより早く、得物を握らせる前に半グレを組み伏せていく警察官たち。
流石にこの神戸で、組織犯罪に立ち向かっているだけはあって、その動きには一切の無駄がない。見ていてこっちがほれぼれするような捕り物だった。
さて――。
「いやぁ、助かったよ松田ちゃん。情報提供どうもね。この新興の半グレ集団、ネタがなくて悩んでたのよ。ほんとありがとさん。協力金は弾ませていただくよん」
「そらどーも」
話を戻そう。
俺がどうして誠一郎さんの身内と仲良くしてるかと言えば他でもない。
この半グレ集団の悪事についての一部始終――とりあえず家宅捜索できるレベルの情報を、彼らに渡したからだ。
別に立ち会う義理はないのだけれども。
まぁ、そこは無理を言って立ち会わせて貰った。
こっちにもこっちで、それなりに事情がある。
ことの成り行きを見届けないといけない事情が。
「で、どっから仕入れた?」
「企業秘密です」
「食えねえなぁ。利害関係のある反社組織から買ったなら、その情報も一緒に買っちゃうよん。松田ちゃん、今月事故ってお金ないでしょ。知ってるんだぜ」
その事故の対価として、相手さんからこの情報を貰ったんだがね。
なので、そりゃちょっとご勘弁をと刑事に謝る。
ついでに、仕入れ先がなんら怪しい所のない人ということも口添えしておく。
ふぅんと俺の話を聞き流して、誠一郎さんの弟は陣頭指揮へと戻った。
まぁ、これでこっちはきっちりと潰せた。
陽介たちに降りかかる火の粉は、なんとか神戸の街から出る前に消すことができたということで、俺のミッションはコンプリートだ。
協力金まで手に入って御の字だね。
おっと、そうだった。
「連絡を入れるまでが契約内容だったな」
俺は半グレ集団の事務所から出ると、スマホを弄ってコールをかける。
相手はあの何考えてんのかよくわからないメイドのお嬢さん――柵橋美乃利。
半コールもしないうちに、彼女は俺の電話に応答した。
「はいはいもしもし、こちら家政婦斡旋センターメイドこれくしょんでぇす」
「いかがわしい商売してるのな」
「こういう不測の事態に備えて、不自然にならない連絡先を幾つも用意しているんですよ。いいじゃないですか、それでお仕事をもらえる人間もいるんですし」
実際には、きな臭い内輪もめや悪だくみのためのダミー会社。
そう知ったら、そこで働いている人たちはどう思うのかね。
まぁ、法におおっぴらに触れることはしていないからいいか。
とりあえず、相手が名乗りを変えたからにはそれに合わせる。
身元を知られたくないのはそうだろう。
情報源は彼女――早川家だからだ。
そう、つまり。
「捕まえたぜ、お前さんたちにちょっかいかけた半グレども。まぁ、どうなるかは余罪を調べないと分からんが、二・三年は娑婆に戻れねえ。それで十分かい?」
「えぇ、こちらでも手を尽くして、彼らが社会復帰できないようにいたします。おとなしく、田舎にでも引っ込んでくれたら、まぁ、それ以上は追及しない方向で」
「やり口がほんとひどい」
「うふふ。けど、こういうのって、初手が大切ですから。徹底的に甘えのない対応をしてみせてこそ、あの家には二度と近づくまいと、思うものでしょう?」
聞かれてもわかんねーよそんなもん。
そうかもしれませんね。
興味がないからにんともかんともでごぜーます。
はい、この話おしまい。
俺は、はぁとため息と共に電話を切った。
そう、俺は早川本家の情報と依頼によって、彼らのお家騒動に介入してきている反社会勢力を一掃するべく、ありとあらゆるコネを駆使して動いていたのだ。
先日の千寿さん詮索にかかる御礼というのがこれだ。
すげなく協力を断ったというのに、こういうことをしてくる辺り、何か気に居られたのかね。あるいは気に障ったのか。
どのみち、金に困っている俺だ。
陽介たちに迷惑をかけないと約束を貰えれば、乗らない訳にはいかなかった。
私立探偵ってさ、儲からないのよね。
浮気調査とか、迷いネコの捜査とかさ、そういうのって不定期なものだし。
拘束時間に対する価格が学生のバイト並みだし。
たまにこういう、驚くような案件が飛び込んでくることもあるよ。
けど、基本カッツカッツ。
なんで、すまんな陽介。
お前らを陥れるためじゃないから許してくれ。
俺は早川家からの依頼を受け入れた――とまぁ、そういう訳だ。
せっかく部屋の外に出たのである。
ちょっと一服しようかなと、胸ポケットから煙草を取り出す。
ジッポライターで先端をあぶって、思いっきり灰の中に焼けた空気を入れる。
俺はすぐに喉からそれを神戸の空へと吐き出した。
これで、早川家内に紛れ込んだ、反社組織の連中は一掃した。
名乗りを上げた非嫡出子についても、後ろ盾を失ってどこまでやれるやら。となれば、当初の流れの通り、母方の甥が継ぐことになるのか――。
「まぁ、ちぃちゃんに会社の経営ができるとは思えねえからな。いくら千寿さんの娘って言っても、結構抜けている所があるし」
最後に会った時、玄関前で泥団子を作っていた彼女を思い出す。
思わず俺は口角をつり上げていた。
子供なんてそんなものかもしれないが、なんにしても、彼女はこういう都会の泥臭さとは無縁な感じがする。きっと、田舎で、そこそこに幸せに、そして、そこそこに楽しく、人生を過ごすのが向いているのさ。
そう思った、矢先のことであった。
「豊田陽介を見つけた? あぁ、じゃぁ作戦続行だ。こっちは警察のガサ入れで、主要メンバーが捕まったが、娘の身柄を確保すれば逆転の目がある」
「……嘘だろ?」
声の方向に急いで俺は向かう。
曲がり角、スマートフォンを手に喋るのはスキンヘッドにドラゴンタトゥーの男。そいつは、俺に気がつくなり、胸ポケットに手を突っ込んだ。
いかん。
こいつは想定外だぜ。
すまん、陽介。
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