第97話
【前回のあらすじ】
廸子勝負パンツ事件。
これにより、幼馴染の信頼を失ってしまった俺は、マミミーマートに訪れても、セクハラをかましても、淡々とスルーされるようになってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
「という訳で、廸子になんとか機嫌を直してもらいたくってさ。プレゼントでも贈ろうかなと思うんだけれども、どうしたらいいと思う、九十九ちゃん?」
「……あのですね、陽介さん。その前に一つどうしても言っておきたいことが」
「だいたいなにいわれるかよそうがつくけど、どうぞ」
「ここまで残念な変態だとは思いませんでした。普通に軽蔑します」
普通に軽蔑ってなんだよ。
まるで普通じゃない理由で既に軽蔑していたみたいな言い草。
僕、そういう言葉遊びは感心しないな。
そういう人の心を遠回しに傷つける隠し刃、僕はダメだと思うな。
まぁ、人様のパンツを普通に手に入れて、あまつさえそれをもって職場におしかけ、どういうことなのと問いただすなんて正気の沙汰じゃねえ。
客観的に見ても主観的に見ても、どう考えても変態です。
軽蔑されて当たり前だと俺も思います。
けど、やっちまったもんはしかたあるめえよ。
「変態の誹りは甘んじて受けよう。しかし、これもすべて、廸子のことを思えばこそ。愛ゆえの行動だと理解してほしい」
「愛ゆえにパンツを欲するんですか?」
「……まだ、子供の九十九ちゃんにはわからないだろうけれどね」
「大人になっても分からない自信があります」
とにかく。
俺が犯した罪についてはいったん置いておくとして。
まずは廸子の機嫌を直す、それが大事だ。
このまま、何日も廸子に無視され続けるのは、俺の精神衛生上よろしくない。
俺のメンタルが豆腐であり、そこに今、いろいろと治療が行われているのは周知の事実。廸子に嫌われるのはそこに高負荷をかけることになる。
せっかく経過良好、いい感じに治ってきていると医者から言われているのに、それはよくない。あともうちょっとで、就労許可が出るかもしれないというくらいにはよくなってきているのに、ここで追い打ちはよくない。
なにより、実際問題ちょっと胃が痛い。
既に体調面で不調が現れている。
夜もちょっと寝つきが悪い。
このまま廸子に捨てられるんじゃないかって、不安で寝られなかったりする。
本当にこれ、まずい奴や。(切実)
だったらなんで勝負パンツなんて持ってコンビニに行った。
ちくしょう、俺!! そういうとこやぞ!!
「まぁ、私なんかに頼ってまで、廸子さんの機嫌を直そうとする心意気には感心しました。お二人が仲が悪いと、神原家の食卓にも微妙に影響が出てきますので、ここは協力するといたしましょう」
「え? 神原家の食卓、なんか今ひどいことなってんの?」
「ほぼ毎日、廸子さんから陽介さんに対する愚痴を聞かされます。ホットエントリーは、エロ本コーナーにある本を全部ゼクシィに替えるかです」
「替えても結婚する気にはならないわよ廸ちゃん!!」
そして、俺以外にも影響は出ていた。
廸子の家にもばっちり影響はでていた。
これはほんと、早くなんとかしないといけない奴だ。
古今東西、こじれた男女関係を修復するのにやることと言えばプレゼントだ。
そんなモノで釣られるような安い女じゃないわよと言いつつ、なんだかんだで人ってば現金なもので、贈り物を貰えばうれしいもんである。
あとはセンス。
もらって嬉しい贈り物を選ぶセンスが問われる。
「今、廸子は何が欲しがってる? まずはそれだと思うんだよ。一緒に生活している九十九ちゃんなら、きっとなんか心当たりがあるんじゃないかと思ってさ」
「廸子さんが欲しがっているものですか?」
ふむと顎先に手を当てて考え込む九十九ちゃん。
野暮ったいセーラー服――田舎の制服って感じ――が春風にそよそよと揺れる。
玉椿町に不釣り合いな美少女は、しばらく考えた後、そういえばと切り出した。
ほらほらやっぱりあるんじゃないのよ。
聞いてよかった、九十九ちゃん。
一緒に生活している妹分には、そりゃちょっとくらい気が緩むよね。
いってみそ、おしえてみそ。
俺がばっちり揃えてあげるから。
「そろそろ妊娠適齢期が過ぎそうなので、いい加減赤ちゃんとかほしいな――ってことを言っていましたね」
「金で解決できるものにして!! 命に値段はつけられないのよ!!」
重い話してるな廸子。
お前、俺も結構セクハラで、ぐいぐい攻めたネタをぶっこんでいる自覚はあるけれど、お前もお前でなんていうか重い話をぶっこんでいるんだな廸子。
そんな話をお茶の間で繰り出されて、誠一郎さんどうしろっていうんだよ。
九十九ちゃんも、どうやってそんな痛恨の一撃を躱せっていうんだよ。
俺のせいか、俺があれか、ふがいないからか。
これも俺のせいなのか。
だったら俺がなんとか――することができないから今こうなってんでしょうよ。
「も、もっと、こうお金で買えたりするものでさ、モノとして残るものとか」
「……そうですね。婚約届など、欲しがっているような気がしました。あと、陽介さんの実印」
「だから、欲しがるものが重い!! どっちも手に入るけれど、勝手に使っちゃダメな奴!! というか、なんなの廸子、家だとそんな感じなの!! 重すぎるんだけれど!! セクハラされて、苦い顔するいつものあいつの顔から、そんな言葉が出てくるの想像できないんですけれど!!」
「冗談です。咄嗟に私が考えました。ですけど、狼狽え過ぎじゃありません?」
「狼狽えるよ!! 九十九ちゃんが考えたってことにも狼狽えてるよ!! なに、女子ってこんなエグイこと割と考えてるの!! 心臓に悪いんだけれど!!」
「まぁ、それなりには」
否定しないのね。
本当に考えてるのね。
廸子の奴もあれなのかね、結構俺のことを適当にあしらっているように見えて、いろいろとかんがえているのかしらね。
実は本当に、俺の家の実印狙っていたりするのかしらね。
ちょっと考えると、頭が痛くなってくる。
うぅっ、とにかく、そういう生々しいのはなしだ。
メンタルが削れる。
普段あれだけセクハラしているというのに。
いざ、責任を負わなくてはいけない立場になることを思うと、不安でもうどうしようもなくなってくる。
深呼吸して意識を整える。
とにかく、そういう方向性以外で、何かこう、廸子の心をキャッチできるもの。
「もっとこうさ、軽い感じのプレゼントが良いんだよ。お互い、あんまりあとくされがないっていうか、こう、ちょっともらってうれしいくらいの」
「図書券ですかね」
「九十九ちゃんアドバイスがほんと尖がってるよね!! うん、もらえたらうれしいかもね図書券!! けどね、そういうことじゃないんだよ!! もっとこう、男女の仲であるでしょう、貰って嬉しい的なのとか!!」
「……そんなの」
陽介さんにもらうんだったら、廸子さんはなんでも嬉しいんじゃないですか、と、九十九ちゃんはなんだかきょとんとした顔で言った。
どういう意味なのか、ちょっと図りかねて、俺は押し黙る。
そんなことも分からないんですかと残念そうに言い残して、九十九ちゃんは立ち上がる。そして、追いすがる俺に見向きもせずに、彼女は俺の家から去った。
そんなことも分からない。
俺から貰えればなんでも嬉しい。
いや、それは、なんともはや、ラブコメみたいだけれども――。
「そんなうまい話、あるはずないじゃないか」
こちとら、三十歳過ぎてまともに働けていないごく潰し。
ニート街道まっしぐらのダメ男ですよ。
そんな男から貰って嬉しいものなんて。
嬉しいものなんて。
――あるのだろうか。
いきなり突き落とされた奈落の底。どっぷりと暗い気分に落ちていく中、俺は、廸子がもらって嬉しいものをひたすら考えた。
廸子が俺から貰って嬉しいもの、を。
◇ ◇ ◇ ◇
「……と言う訳で、一晩寝ずに考えた結果。もうなんていうか、ラブコメ漫画のヒロインみたいな発想に至りました」
「……(絶句)」
「俺が、俺こそが廸子、お前へのプレゼントだ!!」
「……粗大ごみに出せばいいのか、生ごみに出せばいいのか」
「廸子ォオォオオお!!」
その後、きちちんと事情を説明して謝ったら、廸子は許してくれました。
ほんと廸子ってば優しい。俺の大切な幼馴染なんだから。
そういうとこほんとしゅき。
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