第96話

「町内対抗!! チキチキ野球選手権!!」


「うっしゃぁオラァ!! やってやらぁ、ボケこらぁっ!!」


「今年こそぶっ倒してやるからな!! ぶっ倒してやるからな、この野郎!!」


 やんややんや。

 ここは玉椿町を流れる一級河川の近くに造られた公園。

 ぎりぎり野球ができるスペースのグラウンド。


 そこに、二つの組織に属する男たちが集まっていた。


 一つ、親父と廸子の爺さん率いる、我が玉椿町の消防団。

 草野球だというのに赤いユニフォームで揃えた素敵な連中。

 そう、それこそが玉椿レッドウォリーアーズ。


 構成員は町内きっての荒くれものばかり。

 どいつもこいつも、六十を過ぎても落ち着くってことを知らない爺&爺。

 ぶっちゃけ、若い連中は休日くらいしっかり休ませてくださいと及び腰。

 そんなレジェンドチームである。


 対するは緑のユニフォームを着たむくつけき男たち。


 玉椿には産業が二つある。

 農業と林業。


 大正時代より山に入って木を切り倒し良質な木材を供給している彼らこそは、玉椿林業協会の野球クラブの皆さんである。

 ちなみに、林業協会の若い人たちは、市内から通っている。

 なので玉椿町人ではない。野球クラブにも当然入っていない。

 なので、こちらもご高齢チームだ。


 そんなレジェンダリーチームが河川敷公園でなぜ顔を突き合わせているのか。

 そして、大人げもなく声を荒げているのか。


 その歴史は二十年前にさかのぼる。


 当時の消防団長と林業協会の会長が犬猿の仲であり、なおかつ、消防団長がどういう経緯からか協会に借金をしていたのだ。


 いろいろあって借金の返済のめどが立たなくなった消防団長は、消防団や協会を巻き込んで、「野球で勝ったら借金チャラにしろ」と、無茶を押し通したのだ。


 金が絡めばクソ強いのがその消防団長。

 圧倒的な打撃力で、当時県内の社会人チームでもそこそこ名の知られていた、玉椿林業協会野球部を打ち崩した。そして消防団チームは、借金チャラと副賞の焼き肉食べ放題で、そらもう馬鹿みたいに騒いだのだ。

 アホみたいに騒いだのだ。


 そして――。


「県内でも指折りとか言ってる割にはしょっぺえなぁ。林業で鍛えた筋肉はこんなもんか。やっぱり、男の仕事は農業だよ。腰がなってねえんだよ、腰が。ガハハ」


 と、煽ったのである。


 以来、玉椿林業協会と消防団――農家が多数在籍――による、血で血を洗う戦いが毎年繰り広げられている。


 そして、その問題を起こした張本人も絶賛ご存命なのである。


 廸子の爺さんなんですけどね。


「まったく今年も懲りずにやってきやがったな。おとなしく、木に向かって素振りしてりゃいいのによう。えぇ、木こりどもが」


「うっせえぞこのスカタン野郎が。年金生活に入って人生勝ち組みたいな顔しやがって。知ってるか、老後の生活のためにはなぁ、貯金が二千万必要なんだぞ」


「足りなきゃまたお前のところから金借りて踏み倒してやんよ、ザッコ」


「……ぶっ〇す」


 なんじゃこの物騒な爺ども。

 北野武が撮った映画みたいな迫力でメンチ切ってるのどうにかなりません。

 そんでもって、老いてなお衰えていない肉体というかなんというか、若い頃からガテンで体を鍛えてまいりましたから感が、両チームとも半端ねぇ。


 野球のシルバーリーグでも、もっとだらしのない身体してますよ。

 どうすりゃそんなに健康な身体とけんかっ早い頭を保てるの。


 青汁?

 酵素?

 グルコサミン?


 なんだか知らんが、その元気をもっと健全に発散して。


 オラ、やるぞおめーらと、堅気じゃない感じでグラウンドに散る爺どもを眺めながら、俺はどうしていいかわからずこめかみをつまんだ。


 という訳で、本日はコンビニから外れて河川敷。

 俺も一応入っている、玉椿町消防団。

 そのレクリエーションの一環で、野球をしにやって来た。


 爺率八割の消防団チーム。

 その四番を、若いからという理由だけで務めさせられる理不尽さ。

 ほんと、親が消防団の副団長とか百害あって一利もねえぜ。


 というか、俺のような運動音痴を、四番に据えるな。


 野球なんて中学校の授業でやって以来だよ、勘弁してくれってもんである。

 あぁもう、ほんともう。なんでほかの若い衆は参加しないんだよ。理不尽。


「いいか陽介!! 林業協会野球部のエース千堂さんは、かつてプロリーグの二軍チームに所属していたという本格派だ!! 借金やら何やらで、イメージが悪くなって夜逃げ同然で玉椿町にやって来たが、その腕は本物!! 多くの社会人野球選手を打ち取ってきた男だ!! 油断するなよ!!」


「林業協会も、消防団も、ろくな奴がいねえ」


「まぁ、田舎なんてそういう、都会でやらかしちまって生きてけねえ奴らが、助け求めてやってくるような場所だからなぁ。あとは、都会にも出ていけねえやんちゃ野郎どもがグダ巻いているような所」


「田舎に対する幻想を粉々にぶち壊す発言、ほんとやめてくださいます」


 仕方ねえだろ本当のことなんだからと、ろくでなしの筆頭格二人が笑う。

 そもそも、なんでこんな人格破綻者というか、人間失格待ったなしの奴らが、消防団仕切ってるの。これはこれで問題なんじゃねえ。

 世の中よくわかねえよな、ほんと。


 ろくでもない連中の、ろくでもない因縁による、ろくでもない催しにより貴重な時間が消し飛んでいく。


 ストライクバッターアウトとコールが鳴る。


 流石のエース。

 老いてなお、元プロ二軍の相手ピッチャーは、一番打者こそフォアボールで進塁させたが、的確な制球で続く二番と三番打者を抑えてきた。


 二アウト、一塁。

 まぁ、悪くない打席である。


 とはいえ。


「なんで爺たちの戯れのために、俺が本気にならなくてはならないのか。絶対明日筋肉痛になるやつだから、もう、適当にバット振って三振でいいよね」


 やる気なんてある訳ねえ。


 親に無理やり連れてこられたイベントに辟易する子供が如くである。

 これっぽっちもこの試合に思い入れのない俺は、消防団のメンツとか、誠一郎さんの意地とか、親父のなんかよくわからないテンションとか、そういうの無視してこの茶番を適当に流すことにした。


 はい。

 ワンストラーイク。

 ツーストラーイク。

 ひとつボールで、ツーストライク、スリーアウト。


 もう完璧な三振コースね。


「オラァっ!! なに手を抜いてんだボウズ!! ちゃんとやれやボケ!!」


「そうだぞ陽介!! お前、分かってんのか!! この野球の勝敗に、焼き肉食べ放題がかかってるんだぞ!!」


「しらねーよ、はじめてきいたよ。焼き肉食べ放題くらい、別に一人で行くよ」


 なんでそんなことでマジにならなくちゃならないんだ。


 はい、またボール。

 なんか制球が怪しくなってきたぞ。

 ほれ、キャッチャーがボールを取りこぼしやがった。


「今だ、マッサン!! 行け!!」


「盗塁だ、走れ、消防団の韋駄天男!!」


 消防団の韋駄天男こと松本三太82歳は、まるで年齢を感じさせない力強い走りで進塁した。二塁へと、見事に足から滑り込んだ。おいおい、爺がそんな無茶して大丈夫なのかよと、心配になるくらい見事なスライディングだった。


 やめてくれよぉ。

 爺さん、そんな無茶しないでくれよ。

 なんかもう、ここで打たなきゃ男じゃねえ、みたいな感じになるじゃん。


 いやだよお前、もう、こんなのどうせ疲れるだけなんだから。


 俺はね、これでね、病気療養中の身なのよ。

 言っちゃなんだけれどね、働けないだけじゃなく、普段の活動も制限あるの。お薬もね、日常生活に支障が出るかもって感じの飲んでるの。


 今のところ出てないけれど。


 もう無茶させないで。

 というか、変なプレッシャーをかけないで。

 今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだっての。


 だいたい、勝ったところでメリットもないのに、どう頑張れと――。


「えぇい、ダメだ陽介の奴。完全にヤル気のない顔になってやがる」


「ボウズめ。やっぱアイツに四番を任せるのは無謀だったか。いや、待て――」


 ボウズと、誠一郎さんが叫ぶ。

 もはや消防団を率いているとは言っても、病気のせいで無茶ができない身の上。今はもっぱらベンチ要員。監督的立ち位置の彼は、マジな顔で俺に言った。


 そう、マジなトーンで俺に言った。


「分かった!! ここでもし、お前が出塁したらご褒美をやろう!!」


「……いや、ご褒美って」


「廸子のパンティだ!! しかも、いざという時のための勝負下着だ!! どうだ、それで一つ手を打たないか!!」


「打つわけねーだろ!! なに考えてんだこのクソ爺!!」


 孫娘のパンツで、その幼馴染を焚き付けるとかどういう神経してるの。

 というか、廸子、そんなスケベなパンツ持ってるの。


 あいつ結構そういうのには疎かったじゃん。

 今でもなんかダサい感じの、下着付けてる感じじゃん。


 勝負下着とかちゃんと用意してるの。


 え、ちょっと待って。


「誠一郎さん!! 廸子、勝負しなくちゃいけないような相手がいるの!!」


「知らん!! それが知りたければ、打ってその目で確かめろ!!」


「いや、待って待ってまって、それとこれとは話が別で!! というかね、そういう浮ついた話、あいつの口から聞いたことないし!! そもそも、俺はあいつのことを信じている訳で、そんなところにいきなり勝負下着とか言われても――!!」


 えっ、えっ、ちょっと待ってよ。

 思考が全然まとまんない。


 廸子は俺のことが今でも好きで、それであれだ、一緒に旅行とかにも行ってる仲じゃないのよ。俺の病気のことも理解してくれてて、なんていうか、一緒に困難を乗り越えていこうな的、そんな感じの間柄じゃん。


 なのに、勝負下着用意しているの。


 誰と勝負するために。

 誰に勝負を仕掛けるの。


 俺じゃないよね。

 俺、いま、勝負仕掛けられる状態じゃないし。

 だったら、なに、ほかに勝負する相手がいるっていうこと。

 二股かけられてるの俺。


 実は廸子寝とられてるとかそういう奴なの。


 駄目だ、わからん、まったくわからん。

 これは――。


「打って確かめるしかねーっ!! オラァーっ!!」


 高めに甘く入ってきたカーブ。

 それを力の限り打ち返せば川の方へと飛んでいく。

 柵もなければ、グラウンドの向こうはすぐに川。

 ぽちゃりと白球は、川に吸い込まれるとどんぶらこと流れていく。


 うむ。

 文句なしのホームランであった。


「いよっしゃぁああああああっ!! まずは二点先取じゃボケェエエ!!」


「見たか林業協会!! これが消防団の力じゃぁあああああ!! 今回も、焼き肉ごちになりまぁああああす!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「……廸子。お前、これ、誠一郎さんから勝負パンツって渡されたんだけれど」


「なんでおまえがあたしのぱんつもってるの?」


「勝負パンツってもっとこうさ、男を悩殺したりとか、そういうのに使うものだと思うんだ。やっぱり、下着でそういう勝負は決まるっていうかなんていうか」


「なんでおまえがあたしのぱんつもってるの?」


「それでさ――お前がどんな下着で男に挑むのかなって思ってたんだけれどさ。うん、さすがに魔女っ子戦隊オトメファイブのプリントパンツはどうかと思うんだ」


「なんでおまえがあたしのぱんつもってるの?」


 それで俺は気が付きましたね。

 あぁ、これ、勝負パンツって、そういう勝負じゃないんだって。

 廸子が小さいころ大好きだった、魔女っ子戦隊オトメファイブ。その下着をつけることで、彼女はここぞという時に気合をいれているんだ。


 そう、勝負って、そういう勝負なんだなって、察したんです。


 そして同時に、あ、これ、セクハラとか抜きにして、殴られて死ぬ奴だなって、悟ったんです。


 えぇ、ほんと、とんだ一日でございましたよ。

 もうほんと――二度と爺たちのいうことなんて俺信じない。

 マミミーマートの宙を舞いながら、俺は硬くそう心に誓うのだった。


 ぷんすこ。


 ぐふぅっ。(絶命)


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