第88話

 俺の名前は松田良作。

 神戸三宮駅前さんプラザに探偵事務所を構える、私立探偵だ。


 普段は神戸市内の案件に携わっている俺だが今日は例外。

 三重県は南勢にある玉椿町の方へとやって来た。


 やって来たが。


「あらためて思うけど、くっそ遠いなここ!!」


 最寄駅からスクーターでおおよそ二時間。

 とてもじゃないが気軽に来れるような町じゃない玉椿町。


 いや。

 俺の愛車――ベスパがそろそろ寿命という説もあるが。

 それはいったん棚上げだ。


 来るにも、帰るにも一苦労。

 そして、来たところで何かあるわけでもない玉椿町。

 マジでほんと、どうしてこんなところとかかわりを持っちまったかなと、俺はちょっと後悔をしていた。


「……まぁけど、次の仕事決まらないしなぁ」


 となると、今の仕事を大切に続けるしかない。

 探偵なんてのは特殊な商売だが、商売の基本はいつだって変わらない。今いる顧客を大切にしていく。それに尽きる。


 と言う訳で、俺はまた今の顧客――神原さん所の爺さんを訪ねて、玉椿町に向かいエンジンをふかすのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「へぇ、兄妹の名簿を作ろうっての」


「そう。なんだかなんだで大所帯になっちまったからな。まぁ、あのロクデナシの後を継ぐつもりは、九十九以外は全員ないんだけれどさ――三津谷一族としての家系図みたいなのはちゃんと整理しとこうかと思って」


「それで連日、兵庫やらなにやら大回りで、こっちはてんてこまいだよ。ほんと、爺さんの親戚ってばバイタリティ豊富なの多いよね。普通に海外赴任とかしてるんだもの。しかも、普通の会社じゃ行かないようなところだから驚きよ」


 神原家の客間。

 たまたまコンビニで会った工藤ちゃんあらため松田ちゃんと共に、俺はそこに上がらせていただいていた。


 あの事件の後も、誠一郎さんに頼まれていろいろやっているらしい松田ちゃん。


 もう俺の内偵は終わったというのに、ここの所よくコンビニで顔を合わせるので、どうしてなんだろうかと思っていたのだ。

 そんな謎が今日、今、こうして解けた。


 依頼主に会ってみるかと言うからついてきてみれば、なんてことない廸子の家。誠一郎さんが出迎えたので、なるほど、と手を打った次第である。


 そういや、旅館の時も、誠一郎さんが松田ちゃんと契約してたもんな。

 なるほどその流れか――という次第である。


「ていうかさ、今更だけどよくわかったね。松田ちゃんが探偵だって」


「バカお前、みりゃ分かるだろ、こんな明らかな探偵ルックス」


「そうだぜ陽介。お前、探偵物語見てないのか。それに偽名。もうなんていうか、探偵だって気づいてくださいくらいのサービス問題だったぜ」


「探偵って隠れてこそこそいろいろやるのが仕事じゃないの?」


 ぜんぜん隠れない探偵ってそりゃいかに。


 松田ちゃんの格好がそれのリスペクトだってのは分かる。

 けどそんな目立つ格好で、探偵稼業なんてできるのかよ。

 絶対に見つかっちゃうじゃん尾行対象に。


 それでなくても不審者だよ。

 その姿を見られただけで通報されちゃうよ。

 玉椿町の無線放送で「不審者が出没しました」って、言われることになっちゃうよ。すっげーリスキーな服着てんじゃん松田ちゃん。


 まぁけど、たぶん格好はそんな重要じゃないんだろうな。

 それよりもテクニック的なところが大切なんだろうな。

 よく知らないけれど、そういうことにしておこう。


 探偵は奥が深い。


 まぁ、探偵うんぬんは置いといて。

 某物語リスペクトな松田ちゃん。

 ちょっとずれてるけど、誠一郎さんもそれリアルタイムで見た世代だろうし、そらピンとくるものがあったんだろうな。

 そういうことで、誠一郎さんが気が付いたことはまぁ、納得はできます。


 けど、だからってひいきにするようなもんでもあるめえ。

 それくらいの調査なら、別に探偵でなくてもできるだろう。

 なんなら俺をガキの使いにしてくれても――。

 

「いやー、しかし、誠一郎さんのご兄弟は逞しい方が多いっすね。そういう筋の人はいないけれど、そいつらと丁々発止を繰り広げているというかなんというか」


「だろう。そりゃ若くして親元離れて一人立ちしたり、棄てられたかかあ抱えて生きていくとなりゃやけっぱちだわな。俺なんかは、おふくろが死んでたからあとくされなかったけれどよう。ねじ曲がらずに育っただけ、御の字ってやつだぜ」


「いやはやまったく」


 前言撤回。


 餅は餅屋。

 詳しい人に任せましょう。

 というか、下手に出て行っても俺にできることなんてありません。


 以上。


 俺はそっと、もう、だったら俺にお小遣いくれればよかったのにという言葉を喉奥に飲み込んだ。


 もう少しで、再起不能の傷を負うことになるところだった。

 そうだよね旅館の親戚の皆さんの顔ぶれから、ある程度は想像できるよね。


 学習しようぜ、陽介。

 神原家に関わるのは必要最低限。

 廸子のことだけにしておけ。


 マジで親戚になるならこれ、結構大変なことになりそうだな。


 顔から血の気が引いたところに、突然がらりとふすまの開く音がする。

 入って来たのは、お盆にお茶を載せた――九十九ちゃんだ。


 年相応の芋ジャージにエプロン(割烹着ともいう)をまとった彼女は、粗茶ですと俺たちの前にお茶を置いて行った。


 おう、ありがとうよと誠一郎さん。

 元気そうだなと松田ちゃん。

 なんかごめんね気を使わせちゃってと俺。

 そんな三者三様の反応を見て、九十九ちゃんは部屋の端にちょこなんと座ると、いきなり深々とお辞儀をしてきたのだった。


 土下座一歩手前くらいの深い奴だ。

 ちょっと焦る。


「おいおいおい、どうした九十九!!」


「女の子がそういうのはするもんじゃねえよ。頭を上げなって」


「そうだよ九十九ちゃん。あの事件のことは何も気にしてないから」


「いえ、ですが、皆さんにご迷惑をおかけしてしまったのは事実。本当に、あの件は申し訳ございませんでした」


 申し訳ございませんでしたと言われても。

 まぁ、九十九ちゃんが、いたずら心でやった訳でもないのは分かっているし、彼女も彼女で、いろいろと切羽詰まっている状況だったのだと俺も理解している。

 確かに強引なやり方で、迷惑は迷惑だったけれど。


「そのおかげで、九十九ちゃんとこうして一緒に暮らせるようになったわけだから、それはそれでいいんじゃないの。廸子、めっちゃ喜んでるし」


「そうだぜ。かわいい妹ができたって、あいつ昔から一人っ子で、妹が欲しいって言ってきかなかったからな」


「あ、知ってる。俺も何度か聞いた」


「……本当ですか?」


 と、松田ちゃんを見る辺りに、まだまだ俺たちの心の距離は広い。

 あるいは咄嗟の照れ隠しかもしれないが、彼女との距離をもうちょっと、ここでの生活を経て詰めなくてはならないのは間違いないだろう。


 さて、視線を向けられて松田ちゃん。

 分かるかよそんなことという顔をして、帽子を脱いだ頭をかきむしる。

 それでも答えるあたりは、流石に探偵という奴だろうか。


「なんにしても、厄介者とは思われてませんよ。思われてたら、アンタ、もっと腐った顔してる」


「……どうしてそこで私の顔の話になるんですか?」


「依頼人は時として、調査対象者よりも雄弁に語るんだよ。調査依頼じゃないが、アンタが俺に尋ねた時の表情は、まぁ、悪いもんじゃなかったよ」


 言い方。


 もっとこう、年下の子にウケのいい言い方があるだろうに。

 松田ちゃんてば、ほんと、そういうリップサービスが弱い。


 古風なところがある九十九ちゃんである。

 松田ちゃんの言い方で通じたのだろう。なんだか恥ずかしそうに顔を赤めると、失礼しますと珍しくうわずった声を上げて、彼女は客間から飛んで出て行った。


 その背中を眺めて野郎三人。


「……どうかね、なじんでくれるかねぇ」


「馴染むんじゃないですか。だいぶ年頃の娘っぽくなりましたよ」


「えっ、松田ちゃん、もしかしてそういうの――ロリだったりする訳?」


 するかボケェと頭にチョップが飛ぶ。


 ちょっとしたギャグだというのに。

 ほんと、冗談が分からないんだから。


 けれどまぁ。

 百戦錬磨の探偵殿が言うのなら、信じてみてもいいかな。


「つう訳でだ、まだ、もうちょっと調査には時間がかかる。悪いね誠一郎さん、週一でなんとかこれるようには調整するよ」


「おう、よろしく」


「陽介もよろしく。まぁ、またパチンコでもうちに行こうや」


「まかせろ!! 閉店前データは、打ちもしないのに毎日チェックしている俺がいれば百人力よ!!」


 という感じで。

 この、ちょっとふざけた探偵は、まだ、しばらく、玉椿町にやってくることになったそうなのです。


 童話風に言ってみたけれど、たぶん、暇なんだろうな。


 他に仕事がないんだろうな。


 うん、松田ちゃん――。


「松田ちゃんにできるなら、俺も、探偵やってみようかな」


「「言うと思った」」


 ハモることなくね?


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