第87話

 ちぃちゃんがついに小学生になる。

 なので、お祝いにランドセル買えと、姉貴から遠回しに強請られた。


 可愛い姪の入学祝に、誠意を見せるのは大切だとかどうとか。


 そらね、見せれる誠意があるなら、俺は普段から見せてますよ。

 その日のお菓子代からして、親父とお袋にせびっている男を捕まえて、どの口が誠意とか申されるんでしょうかね。


 そもそも僕がメインバンクで使っているATMはですね、銀の球を――。


 とかふざけることもできないから、姉弟の力関係は怖いよ。


 ともかくそんな理由で、俺はちぃちゃんと廸子――なんか春物の服が見たいんだってさ――を連れて、休日にジャスコにやって来たのだった。


「らんどせうー!! らんどせうー!!」


「めっちゃハイテンション。もうこのノリに逆らって、やっぱ買わないとか言ったら一生恨まれるパターン入った。ちくしょう、ハメられたぜ姉貴。今日は見るだけって話しだったのにさ」


「まぁ、千寿さんに頭の巡りで、陽介が勝てるはずはないよな」


 言ってくれるな廸子。

 これでもな、中学校の成績は俺の方が姉貴よりよかったんだぞ。

 学校だってな、ちょっと偏差値の高い方に通ってたんだぞ。


 けどな、気が付いたら姉貴は自分の金でMBA取ってさ。

 なんかこう、経営者になってて。


 結婚を機になんか変わったらしいけれどさ、能ある鷹は爪をなんとやらでさ。

 できる子は本気になったらできるのねと、おふくろに言われて立場がなくて。


「陽介、しっかりしろ、目が完全に死んでるぞ」


「……ごめん廸子。ちょっとトラウマ思い出してた」


「もう!! よーちゃん!! きょうはちぃのらんどせうみにきたでしょ!! なんでそんなここにょここにあらずなの!! めぇっ!!」


 はい。

 現実に打ちひしがれてる場合じゃありませんでしたね。


 俺はジャスコ――じゃなかったイオンの新入学セールコーナーの前に立つと、これ見よがしに並べられているランドセルの壁の前に立ち尽くした。


 うぅむ。

 前衛芸術的なよくわからない迫力があるな。これ。


「すげーな、最近のランドセルっていろんな色あるのな」


「俺と廸子が小学生の頃には赤と黒しかなかったのにな。時代が変わればランドセルも変わるもんだ」


「んー、なやむなぁ、ちぃにはどのいろがにあうかわからない」


 どれも似合うよ。

 俺と廸子の視線が交わる。

 この様子、どうやら心の声もシンクロしていたようだ。


 そんな保護者が見守る前で、とてとてとちぃちゃんはランドセルの前をいったりきたりする。どれがいいかなどれがいいかなとつぶやく素振りまでクッソ可愛い。

 

 もう今日はこれだけで来た甲斐があるってもんですよ。

 ランドセル、割と馬鹿にならないお値段いたしますけれど、それでもおつりがくるってもんですよ。


 うん。


 姪にランドセル買うくらいできずに何が叔父か。

 俺はさっそく心の中で掌を返した。


 まぁ、なんとかなるだろう。

 一応、メインバンク以外にもお金は預けている。

 リーマン時代の残業代が、それなりにあるからな。

 大丈夫、問題ない。


 かわいい姪をさらにかわいくするためなら、この出費もしかたなし。


 まもりたい、かざりたい、もっとみたい、この笑顔。

 なので今回ばかりは姉の姦計にまんまとはまってやることにした。


「しかしまぁ、ちぃちゃんもついに小学生か」


「なぁ、時間が経つのも早いぜ。豆粒みたいだったちぃちゃんが、もう小学校に通う訳だよ。まぁ、小学校って言っても、ちっちゃな公会堂みたいな所だけれど」


「……素朴な疑問なんだけど、送り迎えとかどうすんの?」


「日田さん所の子が一つ違いでさ、家も近いから一緒に迎えに来てくれるって。知ってる? 日田光くん?」


「あきらさんから存在は聞いてる」


 存在はってなんだよ。

 そういう話しないのかよ。


 流石、おらが町の孤高のマタギ日田家だけあって、そういうことはあんまり周りに話さないんだな。

 なんてーか、うちのお袋や姉貴とは割と話してる感じだから、廸子とかともそうなのかと思ったら違うのか。ちょっと野暮なことを聞いてしまったかもしれない。


 しかしまぁ、集団登校に下校か。


「懐かしいよな。俺とお前も、一緒になって学校行ってたもんな」


「あの頃はもうちょっと人いたよな。十人くらいで、同じ集落の子で集まって。それで、途中で他の班とかちあって競争しだすの」


「なんかムキになってな。別に学校行くだけだろって、俺はずっと思ってた」


「アタシも」


 今はそんなことするほどの人口もいなくなってしまった玉椿町。

 まだ、かろうじて学校があるだけマシ。近隣の町と合併してできた中学校ですら、一クラスしかないというのだから、ほんと田舎の過疎化というのは深刻だ。


 まぁ、少ないなら少ないなりに、貴重な体験もできる。

 けれども、世の中の大多数から外れるデメリットもある。


 それが将来ちぃちゃんや、九十九ちゃんたちの人生にどんな影響を与えるのかは分からない。その辺りの差をもうちょっと埋める努力を行政には期待したいものだ。


 まぁ、俺らが産めよ増やせよすれば、問題ないんだけれどもね。

 耳に激痛の走る話である。


「よーちゃん!! これ、そらいろのらんどせうー!! これがいいの!!」


「お、いいいろをえらんだねちぃちゃん」


「パステルカラーまであるのか。まぁ、一年生だと、黄色いカバーかけられちゃうから、色なんてどうでもいいんだけれど。いいじゃん、似合ってると思うよ」


「えへへー」


 はにかむ姿もまたかわいい。

 もうほんと、そんなに喜んでくれるんだったら、二個でも三個でもいくらでも買ってあげようかしらランドセル。


 ほんと、小さい親戚の子供ってのは怖いよね。

 ちょっと油断するとついついプレゼントしたくなっちゃう。


 そして、そんな心理を利用して、いろいろと貢がせる姉貴も姉貴なんだから。


「廸子。俺らもし結婚して、子供生まれたら、姉貴に問答無用でランドセル買わせるぞ。おもっくそ買わせるぞ。最高級品じゃ」


「なんでそんな妙なことで張り合う。それで妙なセクハラするかな、もう」


「んー? もしかしてぇ、よーちゃんもゆーちゃんもらんどせうーほしいおー?」


 おっと。


 多感な幼女が俺たちの会話から、頓珍漢なことを言い出しましたよ。


 全然そんなことないよ。

 ないけれど、話の流れに乗らないと、目の前のレディの機嫌を損なう。


 まぁ、乗ってやるかと、ランドセルタワーの前へと俺と廸子は移動する。


「うーん、やっぱり廸子には、このスタンダードなドスケベピンクもこもこスペシャルか、ヒョウ柄毛並み最高野生の女ランドセルが似合うかな」


「そんなランドセルはねぇ。どんな小学生だよ」


「いやけど、金髪にパステルカラーのランドセルは似合わんでしょ。プレイだとしても、そんなパステルカラーのランドセルは流石に似合わないでしょ」


「プレイってなんだよ!! 子供の前でそういうこと言わない!!」


 案の定、プレイってなにーと聞いてきたちぃちゃんに適当にごまかす。


 けれどもお前、無茶言うなよ。

 金髪三十路女に似合うランドセルなんて。

 そんなもんあったら逆に怖いだろう。

 そこは小ボケで許してくれよ。


 なんて思いながら廸子を見ると――。


「お、入った」


「無防備すぎやしません廸子さん!!」


 普通に赤いランドセルを背負って、楽しそうにしている幼馴染(三十二歳)がそこにいるのだった。


 ほんと、なにやってんだお前は。

 平日だから人目がないけどさ。

 なけりゃいいってもんじゃない。

 変質者だぞ。


 そんでお前、金髪ランドセルってそれ――。


「ほんと特殊な感じのお店しか思いつかないからやめれ!!」


「なんだよ特殊なお店って」


「よーちゃん、なにそれ!! ランドセルのおみせがあるの!!」


 あぁ、話がややっこしくなる。

 ややっこしくなる前に、ここは三十六計逃げるにしかず。

 俺は彼女たちを置き去りにして、新入生コーナーから駆け出した。


 廸子。

 その格好はアウトだよ。

 年齢的にも、見た目的にもアウトだよ。


 あとちょっと若ければとか、身長が低ければとか、そういうの抜きにしてアウトだよ廸子。


 そして、そんな格好をなんの疑いもなくしちゃう辺り。


「ほんとお人よしよねうちの幼馴染って」


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