第89話

「最近ちょっと来すぎじゃねえ? お前、昼間にも顔出すようになったよな?」


「……気づいてしまったようだね、廸ちゃん」


 まぁ、実際、今も昼間だからな。

 よっぽどのことでもない限り、昼間にコンビニに顔を出さない俺だからな。

 それが連日、ひょいとやって来ては廸子からかっていくわけだからな。


 気づくだろうさ、そりゃ。

 それが幼馴染ってもんだろう。

 それでこそ幼馴染ってもんだろう。


 相手の些細な変化に敏感になれるのが幼馴染円満の秘訣。

 三十にもなって幼馴染続けられるのは、ひとえにそんなお互いに対する心遣いがあるからこそ。


 うん。

 自分でも気持ち悪いことを言ったなと反省しております。

 そりゃ幼馴染じゃなくて夫婦円満の秘訣だっての。


 まぁ、似たようなもんだがね。


 廸子くんが不思議に思うのは仕方ないだろう。

 これまで、昼間はまったくといっていいほどマミミーマートにお邪魔していなかった、俺こと豊田陽介が、どうしてこんなにあしげくかようようになったのか。


 廸子の女っぷりが増した。

 病気がよくなってきてより積極的に外に出れるようになった。

 あるいは逆に酷くなって躁状態になっているとかヤバイ感じ。


 どれも違う。

 というか、聞いてないのか。


「九十九ちゃんがほら、いま春休みでちょっと暇してるじゃない?」


「……あぁ。そういや九十九ちゃん、春休みで学校まだ行ってなかったな。なんか部活もまだ入んないみたいなこといってたし」


「それでまぁ、暇してるからちぃちゃん構ってくれてるんだよ。聞いてない?」


「……初耳。というか、お前がおしつけたんじゃないだろうな」


 おしつけてねえよ。

 自発的に、九十九ちゃんの方から申し出てきたんだよ。


 よろしければお世話しましょうかって、なんかわくわくした感じの表情で俺に言ってきたからこれは悟ったね。九十九ちゃん、意外と子供とか好きなんだって。

 ちぃちゃんのお姉ちゃんやりたいんだろうなって、俺は思ったね。


 まぁ、ちぃちゃんがかわいいってのもあると思うよ。

 彼女はなんていったって、いま、町で一番人気の幼女だからね。

 自分の姪にこんなことを言うのもなんだけれど、玉椿小町だからねちぃちゃんは。


 そりゃ構ってあげたくなる。

 かわいがりたくなる気持ちは分かる。


 という訳で。


「断る理由もねえから、預けてきちゃった。たぶん今日もトランプとかしてるんじゃないのかな」


「お前なぁ」


「いいじゃん、それでお互いがハッピーなんだから。あれだよやっぱり、子供は子供同士で遊ぶのが一番いいんだよ」


「九十九ちゃんは中学生だろ。流石に幼稚園児の相手は――」


 言葉の途中で、廸子も口ごもる。

 そうなったのは自分のしたことに気が付いたからだ。


 強引に彼女を有馬温泉から連れてきた九十九ちゃん。

 そして、おりしも時は春休みの季節。


 友達を作ろうにも、そういう機会がないのだから仕方ない。


 本当は同年代の友達と遊ぶのが正解なのだろうが事情が事情である。

 廸子にもその責任の一端はある訳で、口も噤んでしまうだろう。


 まぁ、いいじゃないか、細かいことはさ。


 九十九ちゃんも楽しくやってるし、ちぃちゃんもたのしそうにしている。

 そして、あの二人が仲よさそうに遊んでいるの見るとほっこりする。

 ならもう問題なんてないじゃないの。


 そんな風に納得した俺と違って、廸子の奴はまだなんか納得しきれていないみたいだ。むぅんと怪訝な表情をして、こちらの方を見ている。

 何がそんなにひっかかるのか。


 その答えは、不安そうな顔と共に、か細い声で出てきたのだった。


「九十九ちゃん。家では結構つっけんどんっていうか、まだ馴染めてない感じなんだよ。だからさ、こう、ちょっと最近大丈夫かなって心配してたんだよ。やっぱり無理に連れてくるのはよくなかったんじゃないかって」


「……そんなことがあったのか」


「どうなの、陽介? そっちにお邪魔している時は、九十九ちゃんそんな感じしない? なんかおじさんやおばさんに迷惑とかかけてない?」


 いいや、全然。

 ちっとも。

 これっぽっちも。


 むしろ親父もお袋も、かわいい娘がまた増えたわって喜んでいましたよ。

 えぇ、喜んでいましたよ。


 いつの間にこんな隠し子作っていたんだと言われた時には、さすがにブチ切れましたけれども、事情を聞いたら二人とも大喜び我が家に迎え入れましたよ。

 あいつらほんと子供大好きだからな。


 まぁ、九十九ちゃんはいつもの調子だったけれど。

 ちぃちゃんに対しては、割と優しいお姉ちゃんやってたけれど。


 まぁ、その、なんだ。


「甘えることができないんだよ、たぶん九十九ちゃん」


「甘える?」


「ここしばらくずっとホテルの女将をやって来て気が張ってたわけだろう。目上の人に対して、常に強い自分を造っていたわけだ。そういう子がさ、素直に大人に頼れるようになれると思う?」


「……うぅん」


「誠一郎さんも誠一郎さんで、ぎりぎりまで助けに行かなかったしさ。そもそも、周りの大人が適切にフォローしてたら、もうちょっと違ってたと思うのよ。けれども、それもなんか微妙だったでしょう。そういう訳で、いま、ちょっと大人に対して反抗心みたいなのを抱いているんだと思う」


 あるいは不信感。

 なんにしても、九十九ちゃんの気持ちが俺にはちょっと分かる。


 彼女からしてみれば、まだ玉椿町の大人たちは、ちょっと信頼できない――というより、警戒せずに接することのでいない人たちなんだと思う。


 この辺りは、根気よく彼女の気持ちを解きほぐすほかにないんじゃないかなぁ。


 浮かない顔の廸子に、なっと声をかける。

 俺の言わんとすることは分かったのだろう。うなづいたが――それでも、やっぱり浮かない顔で彼女はうぅんとうなる。


「結構、いろいろとスキンシップは取ってるつもりなんだけれどなぁ。迷惑に思っていたりするのかなぁ、九十九ちゃんてば」


「それはどうにもわかんない。当人に聞いてみないと。なんにしても、本当にいやだったら家出するだろうし、隣の家の子を構う余裕なんてないと思うよ」


「……そっか」


「そういうことそういうこと。まぁ、徐々に家族になっていけばいいじゃないの」


 俺も元の家族に馴染むのに結構時間かかったしさ。


 そういやその時もちぃちゃんのおかげでスムーズに事が運んだっけ。


 やっぱり幼女には、場を和ませるというか、よくする効果があるよね。


 とりあえず、両者ともまだまだ春休みなのだ。

 しばらく一緒に遊んでもらっていればいいじゃないか。

 きっと、ちぃちゃんにも九十九ちゃんにも、いい経験になるだろうさ。


 そして俺たちにとっても。


「という訳でさ、廸子。こんな誰もいない、コンビニエンスストア抜け出して、今から二人でドライブでも行こうぜ。具体的には、もっと山奥の方へ。高速インターチェンジのあたりで。県内最大級の道の駅がある辺りで」


「それお前、ラブホテル山岳地帯じゃねえか」


 ラブホテル山岳地帯とは。


 山奥に、どういういことか乱立した、ラブホテルのことである。

 どうしてこんなにラブホテルがと心配になるような、そんな地帯のことである。


 たぶん高速から降りたカップルがご休憩したり、ちょっと人目がはばかられるカップルがご休憩したり、観光がてらにご休憩する奴である。


 そして、そんなところに行って、することなんて一つである。


「ラブホテルに知り合い入っていかないかチェックしようぜ!!」


「……もうちょっとマシなさぼりかたしようぜ」


 人の色恋ほど面白いものはない。


 とまぁ、そりゃともかく。

 こうして廸子とバカやれる時間を、ちょっとだけでも増やしてくれた。

 九十九ちゃんには素直に感謝であった。


 ――あぁ。そういえば。


「九十九ちゃん、なんだかんだでお前のことほめてたぜ」


「嘘!?」


「姉にするならあんな人かもしれないって。まぁ、甘えてくれるかどうかはまだ分かんないけれど、そう悲観すんなよ」


 廸子姉ちゃん(32歳)。


 それもまた、いいんじゃない。

 歳の離れた兄妹なんてそんなの、よくある話じゃないのよ。


 まぁ実際には、大叔母と従姪孫なんだけれそもね。


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