第64話
「え、千寿から温泉のチケット譲ってもらった? なにそれずるっこじゃん!! 私たちのカラオケ大会はなんだったのよ!! 頑張って練習したのに!! ねぇ、廸ちゃん!?」
「……えっと、まぁ、その」
はい。
カラオケ大会終わってから数日後のマミミーマートにご来店。
今日も元気な美香さんは、チケットを譲って貰ったという話を俺がするなり噛みついてきた。
どうやら有馬温泉に相当行きたかったらしい。
信じられないと怒り心頭の彼女。
有馬温泉に行けなかったのは分かるとして、何がそこまで彼女を怒らせるのか。
一緒に行く相手もいないというのに。
なんてことを思った先から、般若の顔がこちらを向いた。
「陽介ぇ、何か言いてえことがあるようだなぁ? そういうのは、素直に言った方が身のためだZO☆」
「滅相もございません美香姉さん。そんな、有馬温泉のチケット手に入れたところで、いったい誰と行くんだろうとか、そんなこと微塵も思っていませんよ。えぇ、微塵も思っておりませんとも」
「素直なんだか、間抜けなんだか、なんにしてもそういうところだぞ陽介?」
熊倒館奥義アルゼンチンバックブリーカー。
柔術でもなんでもねえプロレスの技でコンビニの床に沈められる俺。
そろそろこのコンビニ、床をマット張りにした方がいいんじゃないかな。
最近とみにアクティブかつアクロバティックな技をくらいまくってるから、心配になってくる。もってくれよ俺の身体、てなもんである。
通うのやめようかな、廸子には悪いけれど。
ぐふ。(絶命)
「よ、陽介ぇ!!」
「ふん。行く相手くらい幾らでも居るわよ。千寿とか、廸ちゃんとか、昔の舎弟――おんなのこ――とか、会社の部下――おんなのこ――とか」
「……温泉旅行に女性と行くの?」
「そうよ!! 悪い!! 温泉街でナンパ待ちなんて別に普通じゃない!! 何も温泉に異性と一緒に行かなくちゃいけないルールなんてないでしょ!! というか、そんなの不潔よ不潔!! めっちゃ分かりやすいふしだら旅行じゃない!! 温泉でしっぽりするふしだら旅行じゃない!!」
「……ふしだら旅行」
はい、廸子ちゃんが顔真っ赤だからやめてあげましょうねー。
美香ちゃん先輩まじでちょっとふしだら旅行とか言葉は選びましょうねー。
ぜんぜんそんなふしだらじゃない、健全な温泉旅行もこの世界にはありますからねー。世の温泉に行く男女が、全員そういう目的とは限りませんからねー。
まぁ、大半は美香さんの言う通り、ふしだら旅行なんですけれど。
俺たちが特殊なだけなんだけど。
なんて思ったが最後である。
廸子ほどではないにしても、俺も顔に感情が出てしまっていたのだろう。
うぅんと美香さんが俺をねめつけて来た。
これはあれだ、三十代後半の女性がしちゃいけない顔ですわ。
そんなメンチ切ってるから、恋人ができないんですよ美香さん。ほんといい加減大人になって。お願いだから。
「なにその焦りっぷり? なんで目を逸らす陽介?」
「いやぁー、その。ちょっとコンビニの外に、ハリソン・フォードが見えた気がしたんだけれど、ごめん気のせいだったみたいだわ」
「ごまかしかたがへたくそか?」
「ジョニー・デップが居たら怖いじゃんよこんな片田舎に」
なんにしても、どうやら俺のごまかしは失敗してしまったようだった。
にんまりと笑うや、すぐに振り返る美香さん。
確認したのは、彼女の背後に居た、かわいいかわいい後輩娘。
いまだ顔のほてり収まらぬ、恥じらいヤンキーだった。
美香さんと廸子の視線が交わる。
数々の弟分と妹分を地獄に突き落としてきた笑顔を湛えて美香さん、どういうことかなと廸子ににじりよるのだった。
「……廸ちゃん? もしかして、ふしだら旅行行くのかな?」
「……あ、いや、ふしだらかどうかはその、行ってみないとわからないといいますか。そこは陽介を信じているといいますか」
「やっぱいくんじゃねーかこの野郎馬鹿野郎!!」
うみゃーっとまったくかわいらしくない咆哮を上げる三十後半未婚女子。
そして突入するめんどくさいモード。
美香さん。
ほんと結婚とか、男女の話が関わるとポンコツだなァ。
姉貴のことはなんか振り切った感じなのに、まだそこは振り切れてない。
どうしてなのだろうか。
クレシェンドの課長補佐やってるんだし、社会的には成功したビジネスウーマンだから、もうそれでいいじゃないのよ。
おひとりさまでも最近の世の中は優しいのよ。
田舎はどうかはわからないけれどね。
「この裏切り者どもがー!! 幼馴染で温泉旅行とか!! 幼馴染同士で温泉旅行とか!! そんなんほぼほぼSE〇しに行くような旅行じゃないのよ!! まだようちゃんは病気治ってないんでしょ!! それでいいの、廸ちゃん!?」
「いやだから、ふしだら旅行とはまだ言ってないじゃないですか!!」
「男女で温泉行く時点でふしだらでしょうよ!!」
このふしだら幼馴染どもがーと絶叫する美香さん。
だから、有馬温泉にふしだらしにいくなんて、一言も言ってないのに、なんでそこまで盛り上がれるんだ。
というか、ふしだら幼馴染だったら、もっと温泉以外でもふしだらしてるわ。
俺たちは限りなくプラトニックな幼馴染だわ。
セクハラは交えているけれど、そういう所には踏み込まないように充分留意している、そういうプラトニック幼馴染だわ。
こんだけ一緒に居るのに、キスはおろか手を繋ぐこともないんだぞ。
もうなんていうか、逆に意識し過ぎて中学生の恋愛みたいな感じになっちまってるんだぞ。
普通に俺らいい大人だから、割り切った関係になっていても別に誰も文句は言わないだろうに、そんな清い交際を続けているんだぞ。
勝手なイメージを与えないでいただきたい。
「聞き捨てなりませんね美香さん!! 俺と廸子がふしだら幼馴染だというのなら、その証拠を出していただこうじゃありませんか!!」
「温泉行こうとしてるじゃないのよ!! あれでしょ、二人で湯上り、ほてった体でしっぽり――骨休めの旅行のはずなのに、ちっとも休めず返ってくる感じの奴なんでしょ!! 知ってる、レディコミで読んだ!!」
「それは未来の話!! 今現在、進行形で、俺たちがふしだらだと証明できる要素がありますか!! ありませんよね!!」
ぐっ、ぐぬぬと歯を食いしばる美香さん。
そう、俺たちはいたって健全。
この狭い玉椿町で、あらぬ噂が立たぬよう――具体的に言うと、仕事もしないのに子供づくりに励んでとか、そういう後ろめたいことを言われないように、細心の注意を払っているのだ。
その甲斐あってか、今の所悪口は言われていない。
廸子については!!
「陽介は言われてるじゃん!! 昼間っから幼女連れまわす変質者とか!! 田んぼのど真ん中で一人青〇しているあぶねー奴とか!! ドリフトで先行車も息子も抜いてる変態ドライバーとか!! ふしだらニートじゃん!!」
「全部濡れ衣じゃい!! なにそれ、そんな風に言われてるの!? 悪く言われてるのはある程度覚悟してたけど、そのレベルは予想外だよ!!」
「それでなくても、幼馴染にセクハラして興奮する異常性欲者として当局にマークされているよ!! 自警団も、消防団も、奥様会もマークしてるよ!!」
「全部身内がやってる奴じゃねーか!!」
裏切り者は意外に身近なところにいる。
自警団、消防団は親父。
奥様会はお袋だ。
あの二人――息子のことをそんなあしざまに言わなくたっていいじゃないのよ。もっと、息子のことを信じてあげてもいいじゃないのよ。
というか、セクハラして興奮してなんかいないよ。失礼な。
「人が好きでセクハラしてるみたいに言いやがて!! こっちにだってなぁ、セクハラしなくちゃいけない理由があってやってるんだぞ!! まったく、そうやって表面的な所ばかり見て人のことをとやかく言いやがって――」
「え、好きでセクハラしてるんじゃねえの?」
「え、セクハラが趣味じゃなかったの? じゃ、なんでセクハラしてるの?」
はい、墓穴掘りましたよ。
幼馴染といちゃいちゃする口実に、セクハラしてるっていう、知られちゃいけない男心を隠しきれませんでしたよ。
そこ、廸子さんも、美香さんも、興味津々という目をしないで。
うぅん――。
「なんて、うっそー!! 僕、セクハラ大好き!! 廸子、おっぱいー!!」
「……美香さん、こんな粗いセクハラ、アタシはじめて見ます」
「……何か隠してやがるな陽介!! てめぇ、アタシに対して隠しごととは、いい度胸してるじゃねえか!!」
やーん、待って待って、そこは待って。
セクハラするより、純情を暴かれる方が、よっぽどはずかしいの。
恥ずかしいから、ちょっと、勘弁して。
「どういうことなんだ陽介!!」
「オラァ、素直にゲロれや、陽介ェ!!」
「……にゃーん」
もう猫になるしかなかった。
というか、廸子、お前はちょっとくらい気づいててもいいじゃないのよ。
この繊細な男心、拾って。
マイ、リトルからのフレンド。
★☆★ モチベーションが上がりますので、もしよろしければ評価・フォロー・応援よろしくお願いいたします。m(__)m ★☆★
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます