第65話
決戦は金曜日という歌が俺の世代にはクリティカルに流行った。
しかし、今回俺にやって来た決戦はなぜか火曜日でした。
「ニートとコンビニ店勤務という、夢のキャラクターコラッボレーションだから織りなすことができる平日温泉旅行。世も末って奴ですな」
「末なのはお前の人生だけだろう」
「ひどい、廸ちゃんひどい!! これから君を有馬温泉にエスコートする幼馴染に対してそれがかける言葉!? これから市内の最寄駅まで車で移動して、それから温泉宿まで道案内する、頼れる陽介マップこと俺に対してかける言葉がそれ!?」
「なんだよ陽介マップって」
廸子はまだスマホの使い方を覚えていないようだ。
まぁ仕方ない、つい最近までガラケーでこの日本という狭い世界で生きて来たんだものな。グーグルさんところのマップの便利さを享受していないのだから、このユビキタスギャグを理解できないのも仕方ないだろう。
なぁ、どういうことだよ、と、俺につっかかる廸子。
こんな情弱女子にかける言葉は今も昔も一つだけだ。
「まず、グーグル先生に聞け」
「おーけーぐーぐる。陽介マップとは?」
「グーグルマップのことですか? 目的地を伝えていただければ、そこまでの道のりをご案内いたします」
はい。
さくっとネタ晴らし、してきましたよグーグル先生。
もうちょっとね、俺が一緒に旅行に同行する頼もしさやら、有り難さやらを教えてやりたいところに、さくっとネタ晴らしで入って参りましたよ。
空気読んで。
ほんと、音声は認識できるのに、空気を読むことはできないのか。
「おっと、これは恋人たちの睦あいの邪魔になるところでしたね。失敬失敬」
くらい言えるようになれ。
ちくしょう、グーグル。
「へー、スマホって便利なんだな。道案内してくれるのか。これなら、方向音痴のアタシでも行きたいところに行けるな」
「くっそ、黙っていれば俺がエスコート役で、廸子に恩を着せることができたというのに。こんな人の多い所を、すいすいと目的地に向かって移動できるなんてすごいと、廸子の奴から尊敬されることになっていたというのに」
「よーすけは、ほんとうに、かんがえることが、せこいなぁ」
呆れた瞳をこちらに向ける廸子。
ふふっ、まぁいい。
そんな一朝一夕で、スマホが使えるようになるはずなどないのだ。
どう考えても、田舎者の柚子ちゃんは、スマホがあっても道に迷うこと必死。あれこれ、右って言っているけど道がない――とか、そういうのやるに決まってる。
実際、グーグルマップの道案内って、ちょいちょい不親切な道を選んだりするからな。迂闊に信用すると、とんでもねえ場所通らさせられるからな。
まぁ、歩きだから、そういう心配は今回ないけれど。
「よし、廸子、まぁゆっくり羽を伸ばして来い。俺はあっちゃんところでやっかいになってるから」
「陽介、ちゃんと廸子ちゃんを案内するんだぞ。くれぐれも旅館以外の宿泊施設に連れ込んだりしないようにな。そこのホテルニュー神戸とか」
「ありゃ神戸(かんべ)だろ。連れ込まないよ。というか、なんのための有馬温泉宿泊チケットだと思ってるんだよ」
見送りに来た、親父と誠一郎さんが下卑た笑みを口元に浮かべて俺たちをからかってくる。この爺ども、俺たちのことをけしかけておいて、なんだその反応は。
特に誠一郎さん。
いいのか。なんか先日、もっと欲望に忠実に生きちまっていいんだぜとか、なんかアドバイスもらっちまったけど、欲望開放してしまっていいのか。
温泉だぞ。
有馬だぞ。
大自然だぞ。
そういう非日常が、人を開放的な気持ちにさせるんだぞ。
いいのか俺の股間を開放してしまって。
孫娘の前で開放してしまって。
のっぴきらない、そして、申し開きできない欲望を開放していいというのか。
よくないでしょ。
はい、論破。
「今回はマジで本当に、廸子のおつかれさま旅行だから。というか、そういうのするなら普通にそこらのホテル入っているってーの」
「確かに。目撃情報はまだ消防団の方には入ってないですな、団長」
「ですな、副団長」
「仕事しろよ消防団!!」
玉椿町消防団は、爺ばかりで構成された有形無実の存在。
実際には、消防団の寄り合い所に酒持ち寄ってバカ騒ぎするだけの迷惑集団。
もっぱら、市内の消防隊がやってくるまで、待ちの姿勢を貫く彼らの存在意義に疑念を抱いているモノは多い。
と言っても、ぼや自体がそもそもないんだが。
そんな暇な消防団の団長と副団長――親父、誠一郎さんが軽快に笑うが、こちとらちっとも笑えない。
火遊びの監視をするより、もっとこうなんかあるだろう。
地域の安全パトロール的な何かがさ。
ほんともう、やんなる、このバカ爺たちったら。
井戸端会議するおばちゃんたちより性質が悪いわ。
「まぁ、これまでの善行が吉と出たなぁ。安心して孫娘を預けられる」
「吉と出たのかこれ」
「……まぁ、信頼はしている」
「廸子まで」
「そんなことではいかん。私は廸子ちゃんとお前がSE〇するために、そのチケットをゆずったんだからな。ばっちりと温泉でしっぽりと決めてきてくれない限りには、せっかく譲ったのも無駄になるというもの」
「ババア!!」
「千寿さん!!」
いつもだったら寝ている時間のババアが玄関から出てくる。
そして、またしてもグーグル先生の如く、手ひどい裏切りを仕掛けてくる。
この女、言わなくてもいいことを。
というかSE〇の件については、善処しますということで話がついたじゃないか。善処するの言葉の中に、いろいろな意味合いが含まれているのだから、別に結果的に、SE〇を果たせなかったとしても、それはそれではないか。
なのに、なんで釘を刺しに出てくるかな。
ババアはなにやらポーチを手に持ったまま、俺たちの方に近づいてくる。
そこから、四角い箱を取り出して、廸子の手に握らせるといいかいといつになく優しい顔つきで彼女に言った。
人生の先輩という感じで、彼女に言った。
「もし、陽介が獣のようになったら、この箱を開けるんだ。中には十個の袋が入っているから。それを開いて、陽介の獣の部分を封印するんだ。そうすれば、なんとか、無責任野郎が責任を負ってしまうという可能性は1割近くまで減らせる」
「……十割減らせるわけではないんですね」
「どんなものでも完全なモノなどないのさ」
「なんでそんな格好良くコンドームの話をするの!? 馬鹿なの!?」
おや、獣がもう既に自分を抑えられなくなっているようだぞと、おどけた感じで言うババア。お前の寸劇に付き合っている暇はないんだ。
俺はさっさと廸子の手をひったくると、愛車の方へと歩いて行ったのだった。
まったく。
「ほんとセクハラ一家。なんだかなぁ、俺の血の源流を感じずにはいられないよ」
「……よ、陽介」
「気にしなくていいからな廸子。そんなもん駅でゴミ箱にでも捨てちまえ。ったく、いらねえ荷物増やしやがって」
「そ、そうじゃなくて。あの、その、腕がだな」
あんと振り返ってふと気が付く。
廸子を引っ張るべく、ひっかけた腕がいかにも恋人っぽい。
あらあらあら。
いけませんわ破廉恥ですわ。
これは幼馴染的ではありませんわ。
家族総出のセクハラに混乱していたとはいえ、迂闊でしたわ。
うん。
「ふっ、どうやら、帰ってきたら赤飯を用意しなくちゃいけねえみたいだな」
「陽介。はじめてだからって、マニアックなプレイを要求しちゃダメだぞ」
「廸ちゃん、いやだったら当然拒否する権利はあるのだからな。その場合、そこのクズニートは刑務所にぶち込まれて、豊田家的にはオールオッケーだ」
「オールオッケーじゃねえ!!」
なんちゅう旅立ちだと苛立ちながら、俺と廸子は軽自動車に乗り込む。
激しくクラクションを鳴らして、にやつく親父どもを威嚇してから、俺たちは玉椿町からまずは近くの駅へと移動をはじめたのだった。
ふと、家の窓からちぃちゃんが、こちらに向かって手を振っている。
「よーちゃん、ゆーちゃん、よふかししたらめーよ!!」
「「どういう意味!?」」
やっぱりワシら、生まれついてのセクハラ一家なのかもしれない。
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