第56話
俺の名前は本田走(ry
◇ ◇ ◇ ◇
「うーん。ついに休日にも玉椿町に来るようにしまった。なにもないのに、ふらっと来てしまうのはなんでなんだろう」
「うぉっ!? 走一郎くん!? どうしてこんな所に!?」
「あっ!! お兄ちゃん!!」
農道を歩いていたら、なんか見たことある影が向うから歩いてくる。
誰だろうか、知り合いだろうか。
けど、ここいらじゃ見ない格好の人だな。
だいたい玉椿町の人間は、ファッションセンター玉椿(個人経営の服屋)で、全身コーディネートする。だから、見ただけで玉椿人と分かるのだ。
けれども、彼が着ているのは明らかになんか仕立てがいい。
ユニのクロでもなければ、しまのむらでもない。
素人目に仕立てのいい服だ。
誰だ、いったい誰なのだ。
そんな上等な服を着て、こんな人類未開の地を歩いているのは――。
と思って近づいたら友達だった。
本田走一郎くん。
なんか、峠最速のノンストップノンブレーキ慣性ドリフト四輪なんちゃらを探しているらしいが、一向に見つけることのできないバイカーだ。
いつもは仕事帰りにやって来るんだけれど、休日に見かけるのは初めてだな。
どうしたのだろうか。
「どうしたの走一郎くん、こんな所で」
「あ、いや、どうしたのっていうか。僕も、なんで来たのか分からないっていうか」
「うん?」
「なんか気がついたらこっちに来ようと思っちゃって。あははは」
と、笑って誤魔化す。
なるほど。
また、仕事で何か辛いことがあったんだろうな。(察し)
何を隠そう俺もまた、ニートの前はブラック企業で社畜を嗜んでいた身である。
最後にはやってられるかべらぼうめ節をかまして、疲れているのよと無理やり休業させられて今に至る。
彼の気持ちは痛いほどわかった。
玉椿の大いなる自然の中で癒されたいのだろう。
ここのように、何もない場所に居ると――。
自分がなんで生きているのか。
なんでこんなことをしているのか。
どうして生きていかなければいけないのか。
なんてことはどうでもよくなってくるものだ。
走一郎くん、人間には何もしない時間というものも、必要なことなのだよ。
けどごめんね。
「よーちゃん、おしりあい?」
「あぁうん、そうだよちぃちゃん。そういちろうくんっていってね、よーちゃんとゆーちゃんのきょうつうのともだち」
今日はちぃちゃんと散歩の途中なんだ。
いろいろとリフレッシュについてレクチャーしてあげたい所だけれど。
ブラック企業に心を滅されし先輩としてご教授したいところだけれど。
ちぃちゃんをババアから任されている身なんだよ。
だから、すまん、走一郎くん。
こんな傷心の君を、玉椿なんていう野蛮なサバンナに置き去りにするのは本当に忍びないのだけれど。
ごめん走一郎くん。
俺はちぃちゃんを優先す――。
「わぁー、かわいい。君がお兄ちゃんが言ってた姪っ子のちぃちゃん」
「はやかわちぃえです!! ごさいです!! しゅみはおえかきとえほんとぶりゃんこです!!」
「御挨拶できて偉いね。僕は本田走一郎。よかったらそーちゃんって読んでね」
「そーちゃん!!」
はい。
さっくり懐きみましたわちぃちゃん。
走一郎くんに懐きましたわ、俺の姪っ子。
ふだん顔見知りで、親せきのおじさんにもろくに挨拶しないのに、流れるように口から挨拶が出ましたわ。
しかもなんかこう、黄色い感じの挨拶でしたわ。
俺の手を振りほどいて、さっと走一郎くんの方に移動するちぃちゃん。
もうなんていうか、徒競走とかで記録でるくらいの素早さ。
来年の運動会が楽しみになる、見事な走りっぷり。
そんなにイケメンがいいのか。
走一郎くんのさわやかな笑顔にころりとやられた感じ。
きゃっきゃとはしゃいで走一郎くんの周りを駆けまわる彼女に、俺は少なからずジェラシーを覚えた。
俺と一緒のときは、そんなにはしゃがないのに。
ひどいやちぃちゃん。
「女の子なのに元気だねぇ、ちぃちゃんってば」
「だめだよそーちゃん、そういうのだんじょしべつっていうんだよ」
「……難しい言葉知ってるね」
「まぁ、おかーさんや、おじーちゃんがおしえてくれますので」
ふふんと鼻を鳴らして胸を鳴らすちぃちゃん。
くっ、大人相手に自慢げにする所まで可愛いとか反則かよ。
ほんと、あのクソババアから産まれたとは思えない、かわいい生命体に、突然の裏切りも瞬で許せた。
かわいいはいつだってジャスティスなのだ。
そんなちぃちゃんをおいかけて捕まえると抱っこする。
いやいやする彼女を抑えながら、俺は走一郎くんに言葉をかけた。
慰めの言葉は必要ない。
今の彼に必要な言葉が俺には分かっている。
「まぁ、まだまだ走一郎くんは若いけれど、働いているもんな。人生、生きていれば辛いことなんていくらでもある」
「……うん? えっ、あぁ、はい、それは確かに」
「けど、そういうのとうまく付き合っていくのも、俺は社会人として必要なスキルだと思うんだ。走一郎くん。君は社会人として一人前になるためにも、今ここでそれを学ばなくちゃいけない」
「……はぁ」
俺は財布を取り出すと、そこから一枚紙を抜く。
夏目じゃない。
福沢でもない。
もちろん樋口さんでもない。
取り出したるは、我が玉椿町が県内に誇る、唯一の観光施設。
玉椿の湯の入浴券(五百円相当)である!!
「ここで一休みしていらっしゃい。なに、観光客もそこそこ、景色もいいし、お湯も熱い。食う物だけが困るけれど、それ以外は最高のリフレッシュスポットだよ」
「お兄ちゃん。もらっちゃっていいの?」
「いいんだよ。何も言うな。疲れた時にはさ、温泉に浸かってのんびりするもんなんだよ」
精神的にも。
肉体的にも。
温泉には疲労回復効果があるんだよ。
もじもじとしている彼に強引にそれを渡すと、俺は彼に背中を向ける。
人生の先輩としての貫禄を見せつけて。
そして胸にちぃちゃんを抱いて。
俺は颯爽と走一郎くんの前から立ち去った。
いいんだよ、走一郎くん。
たまには温泉に入ったってさ。
あられもない自分をさらけ出したってさ。
そして、玉椿の湯は混浴温泉だってさ。
水着着用で入るんだけれど、知らない他県民が水着を忘れて、腰にタオル巻いて入ってハプニングを起こす、禁断の温泉だってさ。
くははは。
まんまとひっかかったな走一郎くん。
この俺を、安易に信用したのが運の尽き。
誰にもちぃちゃんの理想のお兄ちゃんポジションは渡さない。
そう、渡さないのだ!!(確固たる意思)
走一郎くん、全ては君がイケメンなのがいけないのだよ。
「あー、ちぃもそーちゃんとたまちゅばきのゆいきたぁい」
「まーまーきょうはやめとこうちぃちゃん。おかーさんおやすみのひに、また、かぞくでいきましょうや」
「むー、ゆーちゃんもいっしょ」
「……まぁ、誘ってはみます」
ならばよし、と、謎の納得をするちぃちゃん。
ようやくイケメンから興味を失った五歳を抱えて、俺は、空を見上げた。
走一郎くん、悪く思うな。
これもまた、大人になる一歩なんだ。
温泉で、一皮剥けておいで。
もう、剥けているかもしれないけれど。
◇ ◇ ◇ ◇
二時間後。
マミミーマート玉椿店でいつものように廸子をからかっていた俺の下に、走一郎くんは姿を現した。
そう、ほかほかの笑顔で。
そして、胸いっぱいに、玉椿町の特産品を抱えて。
「お兄ちゃん。お兄ちゃんに貰った温泉に行ったら、なんか一緒に入った方たちから、いろいろと名物をいただいちゃったんだけれど」
「……ナンデ。ナンデ、ドウシテ、イケメンハ、コンナ͡コトガユルサレルノ」
「うぉっ、すごい量。これ持って帰るのは、ちょっとしんどいな」
「よかったらコンビニの皆さんで少し食べていただけません。あ、お兄ちゃんも、チケットくれたお礼に」
「なんだ、玉椿の湯のチケットあげたのか。ケチな陽介にしては、いいことするじゃねえか」
「僕、混浴ってはじめてでしたけど、なんかあぁいうのもいいものですね。お爺ちゃんからお婆ちゃんまで優しくしてくれて。やっぱり、ここって良い町なんだなって、あらためて思いました。仕事辞めて、こっちに引っ越してこようかな」
「……走一郎くん」
俺はいたいけな少年の肩に手を載せる。
そして、諭す。
「玉椿の湯でおばちゃんたちに視姦されて喜ぶなんてよっぽど疲れているよ。そんなマニアックなプレイをするより、俺はもっとノーマルな風俗に行った方が、君のためにはいいと思うな」
「おい、未成年に向かってなに言ってんだ、馬鹿、おい」
「田舎に癒しを求める前に、彼女を求めなさい走一郎くん!! でないと、せっかくの青春が灰色になるわよ!!」
この世の真理を。
そう、何が田舎っていいですねだバーカ。
俺が玉椿の湯に入れば、あらやだまた豊田さんとこのニートですわよと、遠巻きに残念で見られるっていうのに。
こんな温度差あんまりじゃありません。
だったら、金払ったら平等に相手をしてくれるふ――ひゅう!!
気が付くと、俺は廸子に投げ飛ばされて、またしてもマミミーマートの床に寝ているのだった。
はいはい、そうですか。
まーた、僕が悪いって流れですか。
そうですかそうですね、もう慣れておりますよ、こういうのは。
「……死にたい。俺、何も悪いことしてないのに」
「いいこともしてないでしょ。そういうところだぞ」
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