第55話

「……廸子と!!」


「ちぃの!!」


「「おりょうりくっきんぐ!!」」


 はい。

 なんか始まりましたよ。


 ちぃちゃんがどや顔でお玉とホイッパー(混ぜる奴)を持っていますよ。


 こいつは最強の装備。

 炎の剣と氷の剣を両手に装備して無双するような感じ。

 お料理強者の僕には分かりますとも。

 ええわかります。


 後ろで恥ずかしい顔してうつむいている廸子には分からないでしょうけど。


「ほら!! 廸子も笑って笑って!!」


「ゆーちゃん、わらわないとめーでしょう!!」


「いや、だってさぁ」


「だってもへちまもあらへんがな!! ちぃちゃんの夢に協力するって言ったのはあんたでしょうが!! 何をそんないけずしてはりますんや!!」


「なんで京都弁!!」


「もーっ!! おりょうりゆーちゅーばーなれないでしょー!! じょしゅのゆーちゃんがわらってないと、どうががきょうざめしちゃうでしょー!!」


「けど、ちぃちゃん」


 ほら、にっ、と笑うちぃちゃん。

 お手本だよという切り返しに、真顔で無理と言えたら、そいつあ人間じゃねえ。

 にぃと廸子は無理やり表情筋を動かすと、笑顔を造った。


 流石廸子。

 コンビニ店員なんていう理不尽極まりない仕事を続けるだけの忍耐の人。

 けれどもその忍耐を、はたして視聴者がどう受け止めるかは分からないぞ。


 あまり過度な期待はするな。

 そして、結局やるなら最初からしぶるな。


 とにもかくにも。


 俺たちはお料理動画の撮影をしているのだった。


 ことのはじまりはちぃちゃんが、俺の与えたタブレットで、ユーチューブを見ていたのがきっかけだ。


 ねこさん動画の流れで出て来た動画を、見ていいかと俺に聞いてきたのである。


 その動画は――。


「きょうは、おばけぷりんをつくろうとおもいます!!」


「バケツプリンな、ちぃちゃん」


「そうともいいます。おばけみたいなぷりんだから、おばけつぷりんでもいいとおもいます。そのあたりは、じゅうなんにとみゃえてください」


 どこでそういう屁理屈みたいなの覚えてくるんだろう。


 きっと親父なんだろうな。

 親父が、俺たちが居ないタイミングを見計らって、いろいろとちぃちゃんにせこいことを教えているんだろうな。


 あの親父だから、それくらいのことはやるだろうな。


 はぁもう。


 ちぃちゃんには将来的に、どこに出しても恥ずかしくない一人前のレディになってもらいたいというのに、どうしてこんなことになるのか。

 この母にしてこの子ありの前に、この爺にしてこの孫ありだよ。


 もうちょっと孫の前で自重しろよなクソ爺。


 まぁけど、かわいいから、いいか。


 という訳で、バケツプリン動画を見てしまったちぃちゃん。

 自分も作りたいなどと言い出したからさぁ大変。


 俺と廸子がいつもの調子で協力することになり、ババアに――「ちゃんと全部食べるなら」と、言質を取ってこの動画を撮影することになったのだった。


 なお、配信動画風を装っているが、ごっこなので配信の予定はない。

 ババアに見せるか見せないかくらいである。


 さて、いくらくらいの収入になるんでしょうかね。

 今から楽しみですわ。

 うはうは。


 赤の他人からの善意より、身近な人の厚意ってね。

 やっぱり商売は、顔の見える範囲でやらなくっちゃいけませんよ。


「はい、それでは、まず、たまごとぎゅうにゅうをまぜていきます」


「黄身だけを取り出して、それを牛乳とボールの中で綺麗に混ぜ込んでいきますね。ちぃちゃん、ボール大きいけれど大丈夫」


「だいじょーぶ!! どんなもーじゃーい!! なの!!」


 お母さんに似て逞しいやらなにやら。

 ボウル一杯のプリンの素をかき混ぜるちぃちゃん。


 その動きには一切の躊躇がない。

 そして遠慮もない。


 しゃかりしゃかりとホイッパーを動かして、ボウルの中身を攪拌するとみるみると卵と牛乳を混ぜ合わせていく。


 これは将来はパティシエかな。

 そんなことを思わせる見事な手さばきだった。(姪馬鹿)


「さて、卵と牛乳がよく混ざったら、次はこれを容器に移します」


「うつします!!」


「容器の下にはあらかじめカラメルをしいておくんだけれど。あらちぃちゃん、なんだからかわいらしいバケツね」


「このひのためにおかーさんにかってもらいました。おにわであそぶのにちょうどいいサイズのバケツです」


 ババアめ、日和やがったな。

 俺たちでも処理できない量のバケツプリンができあがったらどうしようと、ババアの奴ひよって小さめのバケツを用意しやがったな。


 バケツプリンと言いつつ、これじゃいいとこビッグプリンだよ。


 けどまぁグッジョブ。

 責任をもって処理するつもりだったけれど、三十越えたおっさんたちの胃袋にスイーツはちょっとね。


 しかも、手作りのむらっけのある味のはとくにね。


 ちぃちゃんには悪いけれど、こればっかりはおじちゃんたちの胃袋事情的に嬉しい配慮であった。


「はい、じゃぁ、底にカラメル流して」


「……これ、ぷりんのにがいとこだよね」


「そうだね」


「だったら、いれなくてもいいかな」


「すききらいはだめだよちぃちゃん。それにね、いまはにがくても、おとなになったらこのにがみのいみがわかるようになるから」


「おかしにそんなろまんとかもとめてもしかたないとおもうよゆーちゃん」


 ロマンチック廸子。

 顔を真っ赤にして黙り込む。

 確かにロマンチックだったと思う。


 ちょっと三十歳が言う台詞にしては、歯に引っかかる台詞だったと思う。


 頬を真っ赤にして映さないでと顔を隠す廸子。

 そんな彼女を、ちぃちゃん動画だというのに、俺はおもいっきり撮影した。


 あとでなんかつかえるとおもってさつえいした。

 つかえるか、つかえたか、つかったかはべつとしてさつえいした。


 ゆずこはほんと、なにやってもかわいいな。(つかおう)


「容器に液を移したら、ここから湯煎をしていきます。沸騰したお湯の中にバケツを入れて、あっためていきます」


「わくわく」


「けれども、この作業はちぃちゃんには危ないので、省略。このあと、湯煎したプリンを、冷蔵庫で冷ましてできあがったのが――こちらになります!!」


 はい、三分クッキング方式。


 長い動画で撮るには、スマホの性能が足りないからね。

 そういう意味で仕方なく省略した面もありつつ、ちぃちゃんの安全を配慮した面もありつつ、そこはまぁ大人の都合だ。


 ちょっとむっとするかなと思ったが。


「ばけつぷいんおかんせーです!!」


 はい、ノリノリ。

 子供は本当に単純で助かるな。


 きゃっきゃとはしゃぐ彼女は、さっそくバケツプリンを手に取って、それを大皿の上にかぶせると、とんとんとその底を叩く。

 既に、バケツとプリンの隙間に空気を入れてある。

 ちぃちゃんのその仕草で、すっとぷりんは抜け落ちると、皿の上に大きな山となって広がった。


 小さいバケツで日和ったなとは言ったが――それでも結構な大きさがある。

 その大きさに、思わず俺も廸子もおぉと声を漏らす。

 ちぃちゃんも、いざ現物を前にして、ちょっと臆している感じだった。


 さて――。


「では、あとは食べるだけなんですが」


「ちぃちゃんどうする? まずはひとりでたべてみる?」


 え、という顔をするちぃちゃん。


 完全に作るのが目的になって、食べることを忘れていた感じだ。


 困るよちぃちゃんそんなことでは。

 ちゃんと、食べ物で遊んだなら、その責任は取らないと。

 スタッフが美味しく食べるからこういうのは成り立つんだよ。


 まぁ、五歳児にそんな倫理観を求めるのは酷か。


 なんにしても、これはちぃちゃんだけに任せられる話じゃないなと、即座に俺と廸子は察する。取り分けようかと話をまとめると、俺と廸子はケーキ用のナイフを手にして、プリンを分け始めるのだった。


 はー、やれやれ。


 まったくもって、子供の好奇心ってのは厄介なもんだね。


「なんか、ちいさくしちゃうと、バケツっぽくないね」


「まぁいいじゃない、あれだけおおきいと、たべるのもたいへんだしね」


「それにちぃちゃん、みんなでたべたほうがきっとおいしいよ」


「……うん!!」


 そう言って、お皿持って来るのと台所の奥へと駆けていくちぃちゃん。

 子供のワガママに振り回されるのも、まぁ、悪いもんじゃない。


 駆けていく姪っ子の背中を眺めながら。


「俺らもさ、子供とかできたら、こういうのするのかねぇ」


「なんだよ、今日はやけに優しいセクハラだな」


「うっせーな」


「まぁ、家庭的で子供好きなお父さんだからなぁ。するんじゃないの、いっぱい。頼りにしてるよ、陽介」


 何気なく交わした会話で俺は悶絶することになった。


 子供が好きなんじゃない、ちぃちゃんが可愛いの。

 家庭的なんじゃない、これくらい普通なの。


 とか、言った方がいいのかね。

 俺は照れ臭く頬を掻いた。


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