第54話
最近コンビニでよく美香さんと会う。
前はそんなに遭遇する頻度は高くなかったのに、例のレースの一件以来とみに増えたように感じる。
姉貴に気兼ねする必要がなくなったのか。
それとも本当に切羽詰まってエナドリ買いに来てるのか。
あるいは半々か。
なんにしても、日中仕事はどうしたんだようという時間にまで出没するので、ちょっと始末に困っていた。
あのテンションで、絡んでこられると疲れるんだよ。
そう、疲れるんだよ、美香さんの相手は。
「マジであん時マミミーマートクレシェンド店作っておくべきだったかもな。いや、けど、姉貴目当てにまた来るか」
「まー、どうだろうね。けど、美香さんは最近の上客だよ。相当お金落として行ってくれてる。夜食が中心だけれど」
「それもまた心配なんだよなぁ。そんな時間まで働くなよって」
「まぁそれは、ねぇ……」
人間は、五時に仕事を終えて、六時には家に着いて、家族と団らんする生き物なのである。
日本人は働き者。という古式ゆかしいイメージで、そんなこたぁねぇと思っている奴も多いだろうが、そういう風に遺伝子的にできているものなのである。
日が昇れば二度寝をする。
日が沈めばお布団に入っていちゃいちゃする。
自然の摂理に逆らっていったいどうしようというのか現代日本人たちよ。
人間という種に刻まれた遺伝子からは逃れられないのだぞ。
もし、それに無理に抗えば、待っているのは身の破滅なのだぞ。
そう――。
夜更かしせずにはよ寝なさい。
二十四時間働けますの会社で身を壊した俺には断言できるね。
ほんと、人間は健康的な生活をするために生きているんだ。断じて、金のためでも家族のためでも、壮大な目的のためでもないってのを理解しなくっちゃね。
とはいえ。
「そうも言ってられないよな。責任のある仕事しているんだから」
「本社から出向の課長補佐でしょ。そりゃねぇ。投げ出したらいろいろ言われるだろうなぁ。アタシらみたいなコンビニの平店員ならともかく」
「……むっ、今、ちょっとおかしなことを聞きましたよ? 廸子さんや、貴方、平店員って言いませんでした? アルバイトなのでは?」
「あ、ウチは基本、正社員扱いでクルーを登録してるよ。どう考えても、扶養控除外れるからね」
初めて知った驚愕の事実。
まさかの廸子、フリーターじゃなく社会人という衝撃。
厚生年金やら、社会保険やら、あと、その他もろもろ。
手厚い加護を貰っていただなんて。
そんな、ばかな。
ニートとフリーター、そこにどれほどの差があるだろうか。
そんな変わらないだろうと、たかをくくって、今まで廸子に接してきたのに。
社会人とニートでは圧倒的な差がそこにはある。
どうしたものか。
どうすればいい。
これから廸子に対して俺は、どういうスタンスで接していけばいいのか。
いや、それよりも、大切なことは。
「廸子!! お前の扶養の枠、余ってない!? 俺、親父とお袋から、扶養断られててさ!! 健康保険自費で払ってるんだよね!!」
「あまってねぇー」
会社員の扶養に入ること。
些末なことだが、社会保険料やらなにやら、単身世帯は大変なのだ。
少しでも減らせるところは減らしたい。
たとえ、幼馴染の夫になっても。
おっと、そこに愛はあるのかいって。
おっとだけにね。
大丈夫、俺たちは厚い絆で結ばれた幼馴染ですよ。
問題ありません。
時間とタイミングだけのものです。
うん、プロポーズのタイミングとしては最悪だけれど。
「ちなみに、傷病手当貰ってる間は、扶養は入れないよ」
「……まじ?」
「まじ。前の病院でそういう話も何度か聞いたからこれはガチです。そういう訳だから、あきらめてくれたまえ陽介くん」
「くぅん」
「それにどうせ扶養に入るなら美香さんだろ。あの人に養ってもらった方が、絶対に生活は楽だぞ。うちなんて、雀の涙くらいなんだから」
「それは前のレースの後に言っただろう。俺は、廸子以外の女性の扶養に入るつもりは毛頭ないよ」
本当は、廸子を扶養に入れてやりたいくらいだよ、とまでは言えない。
なんともはや、情けないが虚勢を張ったところで虚しくなるだけだ。今の俺には、廸子を養うだけの体力も、精神力もないのだから。
分かってるよという感じに頷く廸子。
本当に、物分かりのいい幼馴染で助かる。
なんて思っていた所に、見慣れた単車がマミミーマート玉椿店の前に停車した。
「ふひー、今日も疲れた、社会人は辛いよ。からのー、できる女はアフターファイブからが違う!! 何が違う!! どう違う!! ストロングハイ決めてどんちゃん騒ぎだぜ!! イェイ!! みんなのチャン美香さんご来店!! 讃えろ!!」
「ははぁ、チャン美香さま、今日も名前の通り美しく」
「うんうん」
「名前の通り加齢臭」
「しないZO☆ 陽介、お前、ほんと、失礼な奴だNA☆ チャン美香流クレシェンド地獄の新人研修受けてみるかNA☆」
「遠慮しておきます!!」
噂をすればなんとやらで美香さんがやってくる。
はぁ疲れたと肩を鳴らして髪を振る彼女は、どうやら今日は普通に家に帰るらしい。俺たちの間を素通りすると、彼女は宣言通りストロングハイ(チューハイ)を手にして、更に、お弁当コーナーからどっちゃりと――え、これ、マジで、一人で食うんですかという量を――持ってきたのだった。
「これとマミチキ一つ!!」
「いつものっすね。ほんと、美香さん好きっすね」
「いつもこれだけ食ってんの!? 美香さん、ちょっと、マジでこの量は健康に直結するレベルのヤバい奴だよ!!」
「だいじょぶだいじょぶ。一度に食べずに、二日とか三日に分けて食べてるから」
「せやけど。弁当二箱とか――普通にありえんでしょ。彼氏がいるならともかく」
「おうおうおう、なんや陽介、ワレ、アタシちゃんにもセクハラか。おう、彼氏がおらんのに弁当二箱買うたらあかんのか。えぇ、あかんのかいのう」
「あかんとかじゃなくてですねぇ!!」
純粋に美香さんの身体が心配なんですよと、嘘偽らざる言葉を俺は叫ぶ。
なんだかんだで、姉みたいに思っている彼女である。
そんな彼女が、仕事のストレスや、プライベートのストレスや、それでなくてもストレスで、なんか変な感じになってもらうのは困る。
だからまぁ、その、やめて欲しいのだ。
今の体型を維持していれば、まぁ、魔熟女じゃないけれど、まだそこそこいける感じなのだ。もちろん、人間は中身だから、そのグッズグッズの腐った性根を治さないと結婚できる可能性は限りなく低い。けれど、それでも、ないよりましなのだ。
みすみす暴飲暴食で、その身体を失うのなんて――もったいない。
「美香さん。美香さんはもっと、自分の身体に自信を持つべきだよ。確かに性格は、森で出会った熊の方が、少しマシかなってくらいの野性味あふれる感じさ。けど、だからって、本当に熊みたいになる必要はないんだよ」
「アタシは別に熊になろうとしている訳じゃないんだけれど。なに、陽ちゃんてば、私がデブること心配してるわけ?」
「心配もするでしょ。だって、明らかに食べ過ぎ」
「なぁに、激務をこなしてたら、これくらいのカロリーすぐ消費するってもんよ。課長補佐なめんな。ていうか、昔から私は食べても太らない体質なのよ」
そうなの、と、そういう話はあまりしたことないので廸子に尋ねる。
そうなんだよと、なんかちょっと困った感じに、頷く廸子。
はぁ、そうなのか。
どれだけ食べても太らない体質なのか。
基礎代謝が違うのかな。
若い頃に鍛えていたおかげで、基礎代謝が高いのかな。
なんにしても、心配して損した。
「まぁ、けど、心配されて悪い気はしなかったぞ。廸子ちゃんに振られたら、私の所においで。旦那にはしてあげられないけれど、犬くらいにはしてあげよう」
「あー、あれか。これ、スーパーとかで買うと、実家の周りの人に見られて、食事作ってないのバレるからコンビニで済ましている系の奴か」
「スーパーの人たちも、食事作っていないからそのコーナーに居るのに、なんでそんな所で見栄を張るのか。いや、まぁ、気持ちは分からない訳でもないですが」
「そういや、美香さんの手料理、昔から酷かったもんな」
「貰った友チョコがココアパウダーを丸めて磨いて作った玉だった時に、いろいろとお察しでしたよ。あ、これ、方向性が違うって」
「違うよ!! 別に料理できないからコンビニ寄ってるとかじゃないよ!! いや、本気になれば料理くらいできるよ!! たぶん、三割くらいでできるよ!!」
三割くらいでできるとは。
料理って、そんな不確実なものじゃなかったと思うのですが。
俺はもう、何も言えずに、そっと美香さんの肩を叩いた。
そして、生温かい視線を彼女に送った。
ぐぬぬと茶色い髪を揺らして、顔を赤らめる美香さん。
「美香さん。武術の修行の前に、花嫁の修行をしましょう」
「うっさい!!」
彼女の結婚式に、幼馴染としてあいさつする日は、まだまだ遠くなりそうだ。
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