第53話
廸子はあれで結構読書家だ。
以前言ったように小説家になろうとするくらいには小説も読んでいるし、漫画だって実家の本棚がぎっしりと詰まるくらいに持っている。
ほんでもって、ギャルが好きそうな漫画かなと思ったらこれが違う。
漫画読みが納得する本格派の漫画をチョイスするからびっくりなんだこれが。
「原石の国は分かるけれど、先生の短編集から集めてるのか。お前、結構オタクなんだな廸子」
「別に普通だろ。漫画くらい好きなもん読ませろよ」
「エロいのないの、エロいの。ほら、一つくらいはエロい感じの漫画、女の子でも持ってるでしょ。レディコミとかそういう」
「ねえよ!!」
廸子の部屋。
久しぶりに訪れたそこで、俺はそんなことを言ってからかっていた。
すぐ苛立ち紛れにぬいぐるみが頭に飛んでくる。
なんだい、ちょっとからかってやっただけじゃないかい。
本気にしちゃってまぁ。
かわいいんだから廸子ちゃんてば。
さて、なんで今日、神原家に俺が居るかと言えば他でもない。
例によって機械音痴の廸子ちゃんのテクニカルサポート。
なんでも、家の電話が突然使えなくなったとのことだが、なんのことはないケーブルが経年劣化で壊れていただけ。すぐにホームセンターに向かって、ケーブル端子を繋ぎ変えれば修理完了。
で、いまここという奴である。
「いやー、ごめんな、便利屋みたいに使っちゃって」
「別にいいぜ、というか、そんな気にする仲でもないだろうがよ。昔から、なんかあったら俺がこういうのは助けてたじゃん。廸子ん家は、爺さんも含めて揃いも揃って一家で機械音痴なんだもんな」
「まぁ、機械なんてなくても別に生きていけるからな」
「やだ、なにこの唐突なワイルド感。それじゃ、アタイをさらってどこまでも逃げてよ。誰の目にも留まらない、誰も知らないどこかへと――」
「ごめんこうむる」
「なんでさ!!」
二人でタフにワイルドに生きて行こうなって、そういう感じの流れだったじゃないか。この荒んだ世界で、二人だけの幸せを生きて行こうなって、そういう流れだったじゃないか。
なのに、なんでごめんこうむる。
いや、わかるけれどもね。
俺のようなダメ男なんて、そりゃごめんこうむられるさ。
「アタシは機械なくても、陽介は機械ないと生きていけないだろ」
「……廸子」
「次の仕事がどうなるかは分からないけれど、パソコン関連の仕事だったらまだつぶしが効くんじゃないの。得意だったじゃん。昔からパソコン。そういうので生きてこうっておもったら――山には籠れないよ」
「うん、山には籠れないね。というか、籠れるのね」
昔爺ちゃんと何度かと言い出した廸子を俺は止めた。
たぶん、金輪際、聞いたところで俺の益にはならない情報だったので止めた。
いやほんと、神原道場のみなさんは、たくましいこってすな。
さて。
今更ながら、本棚を眺めてみるが、ものの見事に精神世界ものばかりだ。
青春だとか、ノスタルジィだとか、モラトリアムだとか。
そういう空気やそれっぽい言葉で考えさせる感じの漫画ばかり。
ちょっと廸子の情緒が心配になる。
下手な小説なんかより、よっぽどこういうのって刺さるからな。
悪口じゃないよ。
ただ、刺さった時に、抜けなくなって痛いんだよな。
もっと気楽に読めるギャグとかバトル漫画読めばいいのに。
とか、思ってしまう。
俺はいろいろ読むけれど、基本はそっち系なので、そんなことを思ってしまう。
うぅむ。
「廸子。こういうのもいいと思うけれどさ。もっと気楽な漫画も読みなよ。娯楽娯楽してるの」
「な!! なんだよ!! なに読もうが人の勝手だろう!!」
「人生の出来事に全て意味がないように、小説だとか漫画だとかも、結局のところは仮想体験であって、学び取れる部分なんてそんなにないんだからさ。だから、思いっきり楽しむことも大切だよ――という所で、俺のおすすめ漫画」
はい、これ、と、俺は廸子に漫画を手渡す。
今どきは、電子書籍でやり取りするのが多くなりましたが、実家に帰ると現物が棚に置いてあったりするのよね。
そんな中から選んでまいりました。
俺の青春と共にあった名作漫画。
そう――『コカトリス~風魔忍法帖~』。
「うへぇ、なにそのバトルバトル漫画した感じの表紙。アタシ、バトル物はちょっと。男の世界とか、どうでもいいっていうか」
「否!! 断じて否!! この『コカトリス~風魔忍法帖~』は、巷に溢れているバトル漫画とは一線を画するストーリー性が売りの作品!! もちろん、バトルも奇妙奇天烈摩訶不思議、痛快な仕上がりとなっているが!! それよりも主題は主人公とヒロインの恋愛にある!!」
「え、それ、そんな絵で恋愛モノなの!?」
えぇ、そうなんです。
和風ロミジュリと呼ばれている、恋愛漫画なんです、これ。
めちゃグロいバトルシーンとか出てきますけれど、基本は主人公の男と、ライバル陣営のヒロインの、決して結ばれない悲恋を描いた快作なんですな。
原作もまた小説界隈ではちょっと知られた作品。
それを、二十一世紀に大胆にリライトしたのが本作。
CGを駆使して描かれる、摩訶不思議妖艶の世界をとくとご覧そうじろ。
ってものである。
と、まぁ、熱が入って説明したが。
「……あれ、これ、なんかパチ屋で見た奴じゃねぇ?」
「ぎく」
「なんか広告塔のディスプレイで見たことある感じがする。ちょっと、陽介。まさか、この漫画からなし崩しに私をギャンブル方面に引きずり込もうとか」
「ないない、考えてない。そういうの抜きにして、名作だと思ったから勧めただけだよ。ホント、そういうのは考えてないから」
と言いつつ、実はちょっと考えていたり。
いやはや。
スロットでの大ヒットがあってから、再び読み返したけれど、そりゃタイアップされれば人気出るのは当たり前よねって感じだわ。
ほんと、出会うべくして出会った作品って感じだわ。
そして、漫画読んで満足して、アニメ見てなかったのかを後悔したわ。
ブルーレイ買ったわ。
米国版だけれどブルーレイ買ったわ。
とまぁ、はまっているのは本当である。
ラストのシーンに涙がちょちょぎれたのは本当だし、なんなら他のシーンでも泣きそうになることも多かったんだ。そんな俺の気持ちをお前にも分かってもらいたくって、持ってきたのは確かなんだ。
「とにかく、これはこれでいい作品だから、読んでみそ」
「んー、まぁ、気が向いたら」
「読み終わったらアニメも見るぞ。スロットは流石にあれだけれどもな、アニメもアニメでまたこれがいいんだ」
「うぅん、スロットのイメージがいまいち抜けきれなくて、ちょっとなぁ」
まぁ、そう言うなよと廸子にもたせる。
たった数巻、三時間もあれば読み切れる内容だ。
ささどうぞと勧めるのだが、いかんせん廸子は渋ってそれを床に置いたのだった。やれやれ、やっぱり男と女じゃ、漫画の感性は違うってことかね。
気長に、そして、気まぐれに彼女が呼んでくれるのを待つとしますか。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
「陽介。貸してくれた漫画だけれど、めっちゃよかった」
「え!? なに、もう読んだの!?」
「最初のバトル越えたらもうずるずる。そこから、屋敷で涙の別れの所で、思わず泣いちゃったよ。なにあれ、絶対可哀そうじゃんヒロイン」
「でしょうでしょう!!」
なんだよちゃんと読んでくれるんじゃんか廸子ちゃん。
そんでもって、俺と同じ泣き所。
流石幼馴染、分かっていらっしゃるぅ。
「もう、ここまで話が進んでるなら、いっそ二人の名前を巻物から消しといてくれればよかったのに。どうして、こんなことになるのか」
「だよね、だよね」
「ラストの一対一の決闘シーンとかもう本当、耐えられなくて。そのまま、もう、なんもかも放り出して逃げちゃえよって。うぅっ……」
思い出し泣き。
本当に、感受性豊かな奴だな、廸子。
けど、俺も泣いた。そこ。
「陽介ぇ!! もし、もしも私とお前があんな境遇だったら、お前、アタシのために逃げてくれるか!!」
「もちろんだ廸子!! お前より大事なものなんてこの世にあるか!! 俺は、俺は絶対に何があっても、お前を護って見せる!!」
「陽介!!」
「廸子!!」
「お前たち、仕事をしなさい」
はい。
ババアブチギレ。
今日はなんか一緒に廸子と仕事してました。
いい歳したおっさんたちがコンビニでこんなことしてちゃいけませんね。
ババアに叱られて、俺と廸子は現実に引き戻されたのだった。
とほほ。
「けど陽介。ところどころエッチな感じで、ちょっと恥ずかしかった」
「……まぁ、それは、青年漫画のあれという奴で」
「だから、仕事を、しなさい」
「「はい」」
★☆★ モチベーションが上がりますので、もしよろしければ評価・フォロー・応援よろしくお願いいたします。m(__)m ★☆★
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます