第52話

 ちぃちゃんは幼稚園に通ってない。


 うちの田舎には幼稚園がねえ。


 ってなんかの歌じゃないけれど、近年の少子化の流れに乗ってしまって、開いても採算が取れなくなって撤退してしまったからだ。


 俺や廸子が居た時代には、まだなんとかなる程度の子供がいたんだが。

 こればっかりは残酷な時代としか言いようがないよね。


 今や懐かしの幼稚園跡地は駐車場。

 停める車なんて来るはずないのに。


 地元に残った人間からしたら思い出の場所なんだがな。

 それこそ、なんとか幼稚園の建造物だけでも残して、有志で管理しないかという話もあったんだそうな。


 けれども、民営なのよね。

 我が思い出の幼稚園。


 いやはや、田舎でも、逆らえない流れというのは存在するのだなと痛感する。


 で、なんでこんな話をするかと言えば。


「よーちゃん!! いまからじゃんぷすぅからみててね!! みててね!!」


「はいはい。あぶないからきをつけてね」


「……とう!!」


 幼稚園がないなら、公園で遊べばいいじゃないの。

 という訳で、今日は俺とちぃちゃんは公園に遊びに来ていたのだ。


 と言っても、ただの公園ではない。

 県内屈指のスペースとアトラクション、ついでにプラネタリウムまである、こどもの城くんだりまで俺たちはやって来ていた。


 平日なので、当然人なんて居ない。

 というか、居たら怖いわなこのご時世。

 おそらく近所の子供たちと思しき一段と、奥様のみなさまくらいしかいない、広々としたその空間で、俺とちぃちゃんは遊びまわっているのだった。


 いやはや。

 ちぃちゃん、ほんとわんぱく。


 姉貴の娘というだけはあるぅ。

 もうおじさんの体力じゃついていくのがやっとですよ。

 ほんでまた、割とすごくきれいにジャンプを決めるんですよ。


 将来は体操選手かな。


 スタッと前方に、足をそろえて着地するちぃちゃん。

 ぱちぱちと拍手をしてやると、えへへぇと彼女ははにかんだ。


 満足そうでなによりである。


 将来、ブランコがオリンピックの正式種目に採用されたならば、日本代表になれると思うよ。いやほんと。


「よーちゃんしんさいん、さきほどのちぃのじゃんぷはなんてんですか?」


「ひゃくてんまんてんちゅうできゅうじゅうさんてんです」


「ななてんたいない!! なんで!!」


「ちゃくちのさいにおぱんつみえたからだよ。おんなのこがはしたないことしたらだめでしょ」


 かぼちゃぱんつ見て何がどうなるってもんでもないけどね。

 けど、こういうのが将来の彼女の素行に出てくるかもしれない。パンツ見えても恥ずかしくない女子に、ちぃちゃんをしてしまうかもしれない。


 正統派ツンデレ暴力女子か。

 あるいは、見せパンビッチ系女子か。

 はたまた、今や絶滅危惧種、スカートめくれている系ドジっ子女子か。


 どれにもさせたくないのが叔父心。


 なので、俺はそこはきちんと注意した。


「むー。ぱんつみせるとげんてんなのか、なるほどなぁ」


「そう。ぱんつをみせていいのは、かぞくと……かぞくだけなんだよ」


「わかった!! けど、よーちゃんはかぞくだよ?」


「おそとでみせたからだめなの」


 どうやら腑に落ちない感じのちぃちゃん。むぅと膨れた横っ面が、食べちゃいたいくらいに魅力的だがそこは我慢して威厳を保つ。

 威厳を保ちつつ、写真にその姿を残しておいた。


 ほんとわんぱくよなちぃちゃん。

 よほどあの姉の血が濃いのだろうか、パンツが見えることだとか、女らしい格好だとか、そういうの全然気にしないんだもの。


 この年頃なら、もっとお洒落な服を着てもいいと思うのだけれど。

 いや、まだちょっと早いか。


「わかった、つぎは、ひゃくてんまんてんをねらうべく、ちぃ、ずぼんをはいてきます」


「それはいいかんがえだとおもうよ」


「ぶらんこちゃんぴょんのしょうごうをてにいれるため、ちぃ、がんばる」


 もう完全にブランコに夢中。

 そのためにスカートからズボンに履き替えるとまで言い出すんだから、ほんと、可愛いもんよね。


 そんなちぃちゃん。

 ふんすと鼻を鳴らしたかと思えば、間髪入れずに彼女のお腹もまたぐぅとなる。


 そろそろお昼時。

 朝一番から遊びっぱなしのちぃちゃんのお腹はぺこぺこ。

 お腹の音と共に、へなへなと膝折った彼女は、その場にこてんとしなだれた。


「よーちゃん、だっこしてー。おなかがすいて、いっぽもうごけない」


「はいはい」


 この歳にして男を手足のように使う魔性の幼女。


 果たして彼女がどんな風に成長するのかは分からない。

 分からないけれど、頼むから姉のようにはなってくれるな、それでなくても変な子に育ってくれるな。


 まっとうに、元気に育ってくれればそれでいい。


 なんてことを、親でもないのに思わずにはいられない俺なのだった。


「むぅ、けど、ぱんつげんてんはやっぱりなっとくいかない」


「しかたないなぁ、それじゃぁ、ちょっといちれいをみせてあげよう」


◇ ◇ ◇ ◇


「お、陽介にちぃちゃん。なんだ二人して草なんか服に付けて。遊びに行った帰りか?」


「おー、ちょっとこどもの城にな」


「こどものしおにな!!」


「あそこ行ってたのか。へぇ――ちぃちゃん、たのしかったかい?」


「いっぱいあそんだー!! ちぃね、しょうらいはぶらんこのせんしゅになるの!! わーるどかっぷめざすー!!」


「ブランコワールドカップか。なるほど、ちぃちゃんがおとなになるころにはできてるかもしれないな」


 できてるかなぁ。


 優しい嘘を重ねるようになったら、俺たちも大人よね。

 なんかそんな悲しい視線が廸子と重なってしまう。


 そんな微妙な表情をさせた小悪魔なちぃちゃんは、いつもだったらすぐさまお菓子コーナーに移動するのだけれど――。


「うん、どうしたの、ちぃちゃん?」


「……ほんとだ、ゆーちゃんはズボンはいてる」


 廸子の姿を見て、きょとんと眼を丸めるのだった。


 そう、一例をお見せしようと言ったのはこれだ。


 廸子ちゃんはスカート穿いていないでしょう。

 あれは、家族以外の人におパンツ見られないためなんだよ。

 そう、ちぃちゃんに言い含めたのだ。


 もちろんただの制服である。

 そんな訳がない。


 そして、何かを察して、廸子がすぐに俺をにらんでくる。


「……陽介ぇ?」


「いやまぁ、いろいろあってな。将来、ちぃちゃんが立派な淑女に育つように、ひとつお前に犠牲になっていただいた」


「むぅ、おかしいなぁ。よーちゃんとゆーちゃんは、かぞくもどうぜんのなかだから、おパンツくらいみせてもはずかしくないはずなのに」


 おっと。

 ちぃちゃん、そこまでにしようか。

 場がおかしな空気になるぞ。


 けれども、子供は気づかない。

 何故って彼らは無邪気だから。


「ゆーちゃんは、よーちゃんのことかぞくどうぜんにおもってるよね」


「……えっ? そりゃ、まぁ」


「よーちゃんも、ゆーちゃんのことをかぞくだとおもってゆよね」


「……もちのろんのすけ」


「だったらおパンツみせてももんだいないんじゃないの!! どうしてだめなの!! ちぃ、わかんない!!」


 うぅん、ちぃちゃん。


 ちぃちゃん。


 そんな大声で叫ばないでちぃちゃん。


 分かんないことがあって、それを質問するのはいいことだ。

 けれどもその内容はよく吟味して。


 そして、廸子、お前いったいなんの話をしてたんだよって鬼のような顔をしないで。うん、自分でもなんの話してたんだよって思ってるけど、そんな顔しないで。


 ふかこうりょくだったんだから。


「はっ、けど、おおやけのばでおパンツみせちゃいけないんだった。ここはおおやけのば?」


「そ、そうだよ、おおやけのばだからね。おパンツはみせないんだ」


「そういうことだよ、ちぃちゃん」


「じゃぁ!! おうちにかえったら、おパンツ見せるの!?」


「「……うぅん!!」」


 これ、どう説明すればいいの。

 子供の世話なんてしたことのない、独身男女には重いお話であった。


 やれやれ。

 ちぃちゃん、こりゃ、将来大物になるぜ。


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