第51話
俺の名前は本田走一郎!!
今日は鈴鹿の会社でテスト走行中だ!!
我が社の自慢のスタッフが造ったレーシングカー!! 今年のレースはこいつでぶっちぎり!! 絶対に優勝してみせる!!
そのためにも、テストレーサーのこの俺が、その性能を最大限まで引き出してやらなくちゃいけない!!
それが、半人前の俺ができるこの会社への貢献なのだから!!
「ひゅぅ!! 流石、走一郎くん!! バイクの申し子、すごい走りね!!」
「走一郎のドライビングテクニックはもうテストレーサーの域を出てるな。ライセンス取らせて、レースに出してもいいかもしれない」
「……ぷはぁ!! 皆さん、いいデータ取れましたか?」
「ばっちりよ走一郎くん!!」
「おつかれさん。あとはこっちでやるから、身体を休めておいで」
「ありがとうございます!!」
今日も今日とて全力疾走!! 俺には走ることしかできない!!
そう、俺は俺のやり方で、この会社の力になるんんだ!!
俺の家がやっているこの会社の!!
「きゃっ!!」
「おっと!!」
その時、試走コースの影から飛び出してきた男に、俺はぶつかっちまった!!
不覚だったぜ、まさか奴がこんな所に潜んでいただなんて!!
「おやおや、誰かと思ったら走一郎ぼっちゃんじゃねえか。今日もろくに仕事しねーで、バイクを乗り回しやがって、いい御身分なもんですなぁ」
「高原専務!!」
「遊ぶのは構いませんがねえ、ほどほどにしてくださいよほどほどに。まったく、いい御身分だよなぁ、創業家の一族ってのはよう。まったく」
◇ ◇ ◇ ◇
「お兄ちゃん!! 僕、悔しい!! なんでこんなに一生懸命働いてるのに、皆分かってくれないの!! ねぇ、どうしてなの!! こんなのおかしいよ!!」
「走一郎くん、どうどう」
「最近仕事の愚痴が多くなってきたね。走一郎くんくらいの子なら、普通まだ見習い扱いで、そんな厳しく言われることなんてないと思うんだけど」
「もう嫌になっちゃう!! 今日も、仕事終わりで、速攻でこっちに来ちゃった!! もうやだ、あんな会社!! 辞めてやるんだ!!」
ダメだよ走一郎くん、そんなこと、簡単に口走ったら。
今や労働市場は完全に売り手に優利。
労働者が働く会社を選ぶ時代。
なんてーのは、転職エージェント会社が流布した真っ赤な嘘。
中途半端な職歴じゃ、どこの会社も雇ってくれない。
学歴がないならなおさらです。
うむ、なかなかの勤労青年。この境遇だというのに、めげずに働き続けるとはこやつ見込みがある。一度使ってみるか――。
なんてことは起こらないのだ。
だから、仕事は辞めちゃいけない。
最後の最後まで食らいつくんだ。
まぁ、メンタル壊したら終わりなので、ダメなときは駄目だけどね。
命がなにより大切。
「けどまぁ、そりゃそれとして、走一郎くんをここまで追い込むなんて、嫌な上司には間違いないだろうね」
「ねぇ。なんだろ。何がそんなに気に食わないんだろう」
「きっと、縁故入社の僕をねたんでるんです。彼、現場たたき上げの人ですから。僕もそういう所を評価して、今まで黙ってきましたけど、もう限界です」
「だからどうどう」
「ちょっと上から目線になってるよ。ほら、目上の人なんだから、ね」
うわぁんと慟哭する走一郎くん。
うぅん、やっぱり、若いとはいえちゃんとした企業で働いていると、そりゃストレスもたまるってもんだな。
テストレーサーだっけ。
割と、ストレスなさそうな仕事だと思ったけれども、そんなでもないんだな。
世の中、そんな旨い仕事なんて、そうそうないよなぁ。
などと思っている間に、俺の一張羅が涙で濡れていく。
慕ってくれるのは嬉しいが、男の泪というのはちょっとなぁ。
まぁ、走一郎くんだからいいけど。
「お兄ちゃん!! 僕、どうすればいいかなぁ!! このまま、あの人に言われっぱなしでいいのかなぁ!!」
「うーん、良いか悪いかで言えば、悪いよな。やっぱり、自分の意見をちゃんと相手に伝えられてない訳だから」
「お、流石は精神病んで、いろいろ学んできた男。切り口が違うじゃん」
「一方的にどちらかが我慢する関係ってのはよくないんだよ。加害者も、被害者も。こういうのはね、ちゃんとお互いの妥協点を見つけて、折り合っていくのが大切なんだ。どっちも納得できる、妥協点にたどり着くのがね」
というのを、俺は復職訓練で学びました。
受け売りになっちゃって申し訳ないのだけれど、実際、仕事とかってそういう所がなきにしもあらずという気がいたします。
別に本気で殴り合いをしろと言う訳じゃない。
ただ、双方にやはりすれ違っている部分はある。
そこを根気よくすり寄せて行くのが大切なのだ。
という訳で、今の走一郎くんに足りていないものは。
「もうちょっと、その相手の人に対して、自分の気持ちを素直に表現してみてもいいんじゃないかな」
「……自分の気持ち?」
「不愉快ですとか、もうやめてくださいとか、そういうのでいいんだよ。自分がどう思っているか、感じているか、そういうのをちゃんと言えば、相手も察して、それ以上のことは言わなくなると思うんだな。思うに、走一郎くんは、それが出来ていないからこんな目に合うんだと思う」
「……そうなの?」
少なくとも俺はそう思っている。
走一郎くんが次に見たのは廸子。
参ったな、なんで自分に投げるかなという顔をする彼女だが、困っている少年を相手に言葉を濁すようなことはしない。
「まぁ、確かにそういう所がある気はする。それがすべてとは言わないけれど、自分が思っていることはちゃんと口にした方がいいと思うよ、走一郎くん」
「自分が思っていることは……」
走一郎くんの目に闘志が燃える。
今まで、涙でくれていたその顔に、やってやるぞという意志が灯る。
おぉ、その調子だ走一郎くん。
めげるなやってやれ。
ガツンと一発、会社の奴らに、君の想いをぶつけてやるんだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。僕、今度嫌味を言われたら、言い返してみるよ。僕は僕なりに、会社のことを考えてやっているんですって」
「うん、それがいいと思うよ」
「その通りなんだから胸を張って言いなよ、走一郎くん」
「はい!!」
心晴れ晴れ、なんだかすがすがしい顔で言う走一郎くん。
彼の迷いをふっきった顔を見て、俺と、廸子は、まぁ、なんとかなるんじゃねえと、安心半分、不安半分、いや、ちょっと不安が勝る顔をするのだった。
うぅん。
アドバイスって、難しいね。
◇ ◇ ◇ ◇
「くっくっく、ようやくお帰りか、走一郎くん。こんな夜更けまでツーリングとは元気なことだ」
「高原専務。貴方に言っておきたいことがあります」
「……なに!?」
落ち着け、俺!!
お兄ちゃんとお姉ちゃんにアドバイスは貰っただろう!!
そのアドバイス通りにやれば、なにも難しいことじゃない!!
やれる、俺は、お兄ちゃんたちが期待した通りにやることができる!!
信じろ走一郎!! 自分を信じるんだ!!
睨みつけてくる高原専務に視線を返す!!
そして、俺は、考えていた、とっておきの言葉を彼に浴びせたのだった――!!
「僕は僕なりに考えがあってテストレーサーをやっているんです!! この会社のためになると思って、この仕事を誇りを持ってやっています!! なのに、それをまるで遊んでいるように言われるのはとても不愉快です!!」
「……」
「高原専務はたたき上げでここまで上り詰めて来たとのことですが、バイク乗りの心を忘れてしまったんですか!! 造り手が、心を躍らせる、満足できる、そんなバイクを造らないで、いったいどうするっていうんですか!! 僕はそういう会社を目指したい、そういう製品を造りたい!! だからこうして、テストレーサーとして、試走しているんです!!」
言いたいことは全部言った!!
あとは、高原専務がどう言うかだ!!
伝われ、俺のバイクにかける熱い思い!!
「なるほど、言いたいことは分かりました」
「……!!」
「けれども青い。まだまだ青い。そんなバイクへの情熱だけでは、会社の経営は務まりませんぞ。次期社長」
「……そんな」
「けれど、この高原。元走り屋としての心を動かされました。走一郎――いえ、若社長。存分におやりなさい。若い頃の感覚や経験というのは、年老いておもいがけず活きてくるものです。今は迷わず、フルスロットルで進むのです」
なんだって!!
高原専務が元走り屋だって!!
上着を脱いで背中に見せるは、かつて関西一帯を風靡した、走り屋集団のロゴマーク!! 間違いない、そいつはその構成員の証!! しかも幹部の奴だった!!
「若い頃しか、無茶はできねえ。せいぜい、頑張れよ、走一郎きゅん」
「……はい、高原専務!!」
その時、俺たちの間で何かが分かりあえた気がした。
走り屋に、言葉なんていらないんだ。
そう、感じた。
「……なのでお願いです。うちにはまだ、大学生の息子と、ローン組んだばかりの家と、その他もろもろがあるんです。ゆるしてください」
◇ ◇ ◇ ◇
「やったよお兄ちゃん、お姉ちゃん!! なんか自分の想いを告げたら、うまくいったよ!!」
「お、よかったじゃん、走一郎くん」
「やるなぁ、走一郎くん。よっしゃ、それじゃ今日はお祝いだ。コーラのもうコーラ。ジンジャーエールでもいいぞ」
「えへへぇ」
やっぱり、お兄ちゃんたちは頼りになるぜ!!
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