第57話
玉椿町には神社が二つある。
一つはこの町の氏神。
サルタヒコとその妻であるアマノウズメを祀る玉椿神社である。
この二柱は鈴鹿にある椿大社の主神ということで有名だ。
玉椿神社がそっちにあやかって勧進したのか、それともなんかの偶然なのか、そこんところの縁起はよく分かっていない。
名前が似てるので、なんかあるのかも知れない。
ただ、戦争で大切な資料が焼失したんだそうな。
まぁ、村の神社である。
参拝に遠方から人が訪れる訳でもなし。
村の爺たちのたまり場あるいは、正月の初もうでくらいにしか用途のない場所なので、たいして気にされていない。
俺も気にしていない。
そういうこともあるでしょう、ってもんである。
そしてもう一つは、平安時代に落ちのびて来た貴人を縁起とする神社だ。
権力闘争に負けた彼は、ここ玉椿の地に隠棲し歌を詠んで過ごしたと言う。
都はもとより日本の歴史から徹底的に排斥された彼は、知る人ぞ知る歌聖と言われており、玉椿町でも氏神よりも丁寧に扱われている。
いや、丁寧に扱われているというよりも、むしろ――。
「それでは第36回藤原哥麿神社例大祭こと町内カラオケ大会を開催したいと思います!! 皆さん、温泉旅行に行きたいかー!!」
「「「「おぉぉぉおおおおおおっ!!」」」」
祭りのネタにされております。
そう、今日は玉椿町春の風物詩、藤原哥麿神社の例大祭。
人神なので、なんていうか仰々しい行事やら、神楽やら、そういうのはないんだなこれが。
それで、それじゃあんまり忍びないって言うんで、レーザーディスクが出た辺りで、町内の人が集まってカラオケ大会をするようになったんだな。
なお、発起人は何を隠そう、我が町のお祭り男――。
「さて、今年は賞品が豪華温泉旅行ということですが。いったいどういう予算が下りたんですかね、永世名誉カラオケ名人神原さん」
「んー、なんか知らんが匿名でチケットが俺の家の郵便箱に放り込まれていたんだよ。気持ち悪いからよ、せっかくだしこれの賞品にしちまおうって」
「はい、なんかちょっと優勝するのが怖くなる裏話ありがとうございます!! けれども安心してください!! 旅館は有馬温泉の一級ホテル炭泉閣!! 一泊二日、交通費負担に豪華ディナー付き!! これは行かない手はありません!!」
「「「「おぉっ!!」」」」
「ぜひ優勝を目指して頑張ってください!! それでは、今年も貴殿らの健闘を祈る!! 藤原哥麿に代わって言うぜ!! お前らの魂の歌を聞かせてくれ!!」
わぁわぁと熱気にむせ返る会場こと藤原哥麿神社。
神楽殿の上にレーザーディスクを載せるという、なんともまぁ罰当たりな光景に、相変わらずいいんかこれと思ってしまう。
しかしながら、今年は景品が景品。
「くくくっ、温泉旅行と聞いては黙っておれぬ。日頃の疲れをいやすために、ぜひともそのチケット手に入れさせてもらおうぞ。のう、工藤ちゃん」
「いや、俺は神戸民なんで、有馬温泉って言われてもいまいちありがたみないんですけどね。まぁ、陽介がやるって言うなら」
陽介&工藤ちゃん。
俺たちは二人チームで今回のカラオケ大会にエントリーしていた。
勝算は、はっきり言ってない。
玉椿町カラオケ大会には、四天王と呼ばれる強豪が存在するのだ。
彼ら、この祭りのためだけに、一年の大半を費やしているような、ヘビーカラオケユーザーである。それをなぎ倒して、優勝できるのか。
いや、できるのかではない。
するのだ。
しなくてはならない。
有馬温泉の宿泊チケットだぞ。豪華食事つきだぞ。
金券ショップに持って行ったら、いったいどれだけの値段になると思っているのだ。こんな一獲千金のもうけ話、乗らない訳にはいかないじゃないか。
四天王、なんぼのもんじゃい。
「おっ、やる気だな陽介」
「廸子!! なんや、応援に来てくれたんかいな!! ありがとやで!!」
「……なんで関西弁?」
「歌う曲がやしきのたかじんの曲だからだよ。形から入ってんのこいつ」
気持ちを、やしきのたかじんに持っていくのだ。
京都木屋町界隈で、ギター弾いてたら生卵をぶつけられた、やしきのたかじんにもっていくのだ。
彼の惨めさ、悔しさ、ハングリーさ。
それが、きっと俺の歌を一段上にあげてくれる。
そしてそこに工藤ちゃんの合いの手が入れば、ワンチャン勝てる可能性がある。
そう、俺に宿泊券が巡ってくる可能性はゼロではないのだ。
ゼロではないなら、やる価値はある。
「けどお前、昔から音痴だからな。卒業式の校歌斉唱も、一人だけ音外してたし」
「ホゲェーッ!! このタイミングで、クリティカルにメンタルに刺さる過去の情報要らんですよ、廸子さん!!」
「……そうなの?」
「こいつの歌には期待しない方がいいです。ほんと、死人が出るとか、鼓膜が破れるということはないですけど、普通に残念ですから」
「普通に残念とかやめて!! それ、一番傷つく奴!! もっとコミカルに説明してくれれば、まだ救いがあるのに!!」
「……とても独特なコブシとビブラートを利かす奴なんです」
「……なるほど」
「納得しないでよ工藤ちゃん!!」
あぁ、音痴さ。
俺は音痴さ。
けれども音痴だからって勝負を諦める理由にはならない。
音痴なら音痴で、戦うやり方が人間にはあるんだ。
今からそれを、証明してみせる。
「あ、ちなみにアタシも美香さんと出ることになったから。応援ヨロ」
「げぇーっ!! 思わぬライバル出現!!」
「ふっふっふ、廸ちゃんばかりに気を取られていていいのかな、陽介」
「いいのかなよーちゃん」
「ババアにちぃちゃん。親子参加かよ、くそっ、人の情に訴えかけるようなことしてきやがって。けど、ちぃちゃん衣装よく似合ってるよ」
「そうだロッケンロール。陽介ロックンロール。お前ロックンロール。親を差し置いて何をロッケンロール。俺が一番ロックンロール。宿泊券は俺が戴くぜ、よろしく、ロッケンロール」
「ロッケンロール爺さんってどんな楽曲持ってるかわからないよね。というか、親父も参加すんのかよ!!」
まぁ、町内のイベントなのだから、そらそうなのだけれど。
やっぱ温泉旅行が商品となると、ちょっと皆もテンション違ってくるわ。
普段はもっぱら見るだけの人まで食いついてくるわ。
はたして、主役は出揃った感のある町内カラオケ大会。
藤原哥麿を偲ぶ――という体で繰り広げられる町内のど自慢が、今、幕を開けようとしていた。
「やってやろうや、工藤ちゃん!!」
「……あー、まぁ、任せてちょうだいよ。なんとかしてやりますよっと」
◇ ◇ ◇ ◇
うーん、参ったな。
まさかここまでこのイベントが盛り上がるとは、ちょっと予想外だった。
依頼者からの要望に応えるために、主催者の家にチケットを投函。
それとなく陽介の奴をたきつけて、サポートに回ったと言うのに。
まさかここまでの人数が参加するとは。
そして、陽介の奴が音痴とは。
こいつはちょっと、首尾通りには行きそうにないな。
俺はやれやれと嘆息すると、胸のポケットから煙草――キャメルを取り出して火をつけた。
ま、なんとかなるだろう。
いざとなったら、いくらだって落としどころはあるさ。
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