第47話
玉椿町を流れる櫛長川は、下流にある市町村の水源として重宝されている。
一級河川。
その水質は折り紙付き。
玉椿町のさらに上流ある町にはその水を利用した酒蔵やら醤油の醸造所やらができるほどだ。
そんな川の河川敷に、どうしたことか、俺と親父とちぃちゃんと廸子の爺さんがやって来ていた。
春うらら。
心地よい光が降り注ぐ中である。
ちぃちゃんはいい。
どうして親父と廸子の爺さんと一緒に来なくちゃならんのか。
「いやぁー、絶好の釣り日和だなあっちゃん」
「だなぁ。アマゴ釣りにはもってこいの日だ」
「おーっ!! ぜっこうのちゅりびよりなの!!」
「……あの、俺、家で寝ててもいいですかね? というか、親父たちだけでいいんじゃないですか?」
「「おめえがいいだしっぺだろうがよ!!」」
はい。そうです。
ことの起こりは俺が魚釣りでもしようかとちぃちゃんに言い出した所に始まる。
我が町の釣り人ガチ勢太公望の親父が、魚より早くその話に食いついてきたのが運の尽き。同じく、太公望の同盟者である廸子の爺さんもそれに乗っかり、とんとん拍子に話が進んでいまここという訳である。
おかしいなぁ。
俺は竹竿垂らして、釣れないねえ、のどかだねえと、そういう感じの釣りをしようと思っていたいのに。
親父たちったら、ベストとか帽子とか着こんで本格スタイルなんだもの。
マジで釣る気まんまんなんだもの。
これ、釣り漫画でしたっけという本格スタイル。
気合の入りぶりにちょっとドン引き。
そして、それに迎合するちぃちゃんのわんぱくぶりに俺もびっくり。
ってなもんでございますよ。
いやほんと。
どうしてこんなことになっちまったか。
「というか、陽介、お前の釣りスタイルはない。そんな装備で釣りができると思っているのか」
「釣りは遊びじゃねえんだぞボウズ。魚との戦い、腹の探り合い、釣るか釣られるかのせめぎ合いなんだ。そこんところちゃんと分かってんのか」
「わかってるの、よーちゃん!!」
「つるのはわかるけど、つられるのはわからないです」
魚ってそんな力強い生き物でしたっけ。おとぎ話でも、魚につられるなんて話はそうそう見ませんよ。というか聞いたことがございませんよ。
俺が知っている魚釣りと違う。
なんにしても、ガチ勢二人の乱入により、俺とちぃちゃんのほのぼのスローライフは、ガチ釣りイベントへと発展してしまったのだった。
とほほほ。
とはいえ。
わざわざ名乗りを上げてくるだけあって、この二人、流石の釣り人。
ひょいと投げては次々に、川から魚を釣り上げていく。
まさしく入れ食い。
その光景に、俺もちぃちゃんも、自分たちで釣るのも忘れて、おぉとその姿に見入ってしまう。
「じぃじもせーちゃんじぃじもすごいの。ぷろなの。ぷろのつりやさんなの」
「いや、つりやさんってなんだいちぃちゃん。すごいのは認めるけど」
「はっはっは。伊達に三十年も玉椿町に住んでないからな」
「玉椿町に住んでるおっさんの半分は釣り人よ。こんな役得でもないと、こっちもこんな田舎に住んでられないっての。なぁ、誠一郎さん」
がっはっはと笑う爺二人。
うぅん、この町の生き字引の二人が言うと、なんてーか重みがあるな。
実際、結構玉椿町は釣り場として有名なんだよな。県外からも、シーズンには客がやってくるくらいに。別に養殖とかもしてないんだけれど育つんだよな川魚が。
変に名物とかにして人の手を入れていないのがいいんだろう。
また、住人たちが釣りはするけれども、ちゃんと逃がしたり、小さいのは放流したりと、資源としてちゃんと理解しているのも大きい。
マナーの悪い釣り人には、この町の顔役の爺二人が黙っていないしな。
いったい何人の埒外釣り人が、この二人にぼこぼこにされて川に流されたことか分かったもんじゃない。
ほんと、死人が出なかったのか奇跡ってもんですよ。
奇跡。
とくに、誠一郎さんなんか、道場で鍛えているから容赦なんてねえからな。
夏の鮎釣り解禁の時期なんかには、鮎と一緒にスケキヨが名物になる。
そんな田舎。
それが玉椿町なんだなぁ。
閑話休題。
続々と青いポリバケツに溜まっていく川魚。
ヤマメ・アマゴに、俺とちぃちゃんはすっかりと見入っていた。
見事なサイズ。
そして、見事な色つやである。
「おぉー、げんきにそだって。おいしそうだなぁ」
「ちぃちゃんもたいがいくいしんぼうだよね」
「えへへ」
「大きいのだけ数匹残してまた川に戻すからな」
「ちょうど昼時だ。今日はコンビニのバイト休みで廸子が家にいるはずだから、大きいの何匹か見繕って持って行ってくれ」
「あいあい」
「あいあーい!!」
言われるが早いか、大きい川魚を選んでバケツに取り分ける。
四人分、四匹を選ぶと、小さいバケツに入れて、俺たちは川から廸子の家へと歩き出したのだった。
花より団子ならぬ、魚釣りより魚だ。
食い気には大人も子供も敵わない。
バケツを二人で持って、川から離れて廸子の家の方へ。
「おいしそうだねぇ」
「そうだねぇ」
「焼き魚がいいかなぁ。それとも煮魚かなぁ」
「ちぃはね、ちぃはね、ムニエルがいいとおもうの!! ムニエル!!」
「うーん、それは廸子の料理の腕次第かな」
花嫁修業をどれだけしてきてたかは知らないが、ムニエルは結構調理レベルの高い料理だぞ。はたして廸子にできるだろうか。
まぁ、なんだってアイツが作ってくれりゃ、俺には美味しいんだけれどさ。
なんて思っていると、にっとちぃちゃんが俺の方を見る。
「たのしみだね、ゆーちゃんのおりょうり」
「……だな」
まずいな。
ちぃちゃんにもからかわれるくらいに分かりやすいかね、俺ってば。
仕方ないだろう。
幼馴染の手料理にテンションの上がらない男の子なんていない。
幾つになっても、そりゃそういうもんですよ。
ちぃちゃんもきっとそういう相手ができれば分かるさ。
「よーちゃんは、ほんとにゆーちゃんのことだいすきだね」
「……そうだよー。おさななじみだからね」
「いつけっこんすうのー?」
「うーん、まぁ、もうちょっとおびょうきがよくなったらかな」
◇ ◇ ◇ ◇
「廸子!! ぶっといの持って来たぞ!! ぶっといの持ってきてやったぞ!! ほら、活きのいいびくびくとした、ぶっといのを持ってきてやったぞ!!」
「……おめーは、きゅうじつくらい、せくはらやめることできねえのか」
できないんだなこれが。
照れ隠しは、そう簡単にやめられない。
そういうもんだぜ、廸子さんよ。
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