第48話

「チャン美香さまのご来店だオラァーっ!! 廸ちゃん、今日も濃ゆい栄養ドリングお願いするぜ!! 部下がライン増設作業でやらかして、緊急復旧作業だオラァっ!! はっはーん、社畜は辛いぜこんちくしょーっ!!」


「美香さん、酒とか飲んでないっすよね?」


「ゆずちゃんしっているでしょう、このひとはむかしからこういうひと」


「おらーっ!! 陽介ェ!! お前、働いてないんなら手伝いにこい!! お給料は出してやれないけど、私のパンチィくらいあげるから!! ブラジャーでもいいし、なんだったらストッキングでもいいぞ!!」


「どれもばいおてろへいきじゃないですかやだー」


 こきゃっ。


 首が良い音を奏でる。


 これは三十年もの、成人男性(ニート)の首が立てる音ですね。


 締め落とされて俺は久しぶりにマミミーマートの床に倒れた。

 おのれチャン美香さん、彼女もまた武道をたしなむ者。

 神原道場と並んで知られた、熊倒館の女若先生と呼ばれるだけはある。


 南無。

 三度唱える間もなく、俺は死んだ。


「わぁーっ!! 陽介ぇっ!!」


「安心しろ、峰打ちだぞ?」


「首に峰なんてあるんですかね」


「ほら、ちゃんと意識は残してやってるじゃん。ていうか、陽介、マジでいつでもいるのな。ちょっとヒクわ。なになに、なんでそんなにコンビニ入り浸ってんの」


 うっせーな、人の首をキメといて聞くことかよそんなこと。

 だいたい俺と廸子のやり取り見てればお察しでしょ。前にレースやった時にお察しでしょ。それでも察してないとかありえないでしょ。

 でしょでしょ。


 半笑いだし絶対分かってて聞いてる。

 言わせんなよ恥ずかしい案件狙ってんの丸わかり。


 なので、俺は、あえて反抗する。


「廸子の送迎ですよ。こいつ、車の免許持ってないから、俺が代わりに家まで送迎してやってるんです。時間も時間ですからね、なんかあったら怖いですし。それくらいしてやるのが幼馴染の情ってもんでしょう」


「……陽介、マジで答えなくても、別にそこは」


 マジな返しをしてやったわ。

 逆に、マジな返しをしてやったわ。


 見たか美香さん。

 いや、聞いたか美香さん。

 俺だってね、いつもあんたにやられっぱなしじゃないんですよ。たまにはね一矢報いるくらいのことはするんですよ。

 

 はい、廸ちゃんが照れましたよ。

 俺も照れましたよ。


 結婚しても居ないのに、異性の送迎とかしますかね。

 そりゃさ、オタサーの姫とかならあるかもだけれど、この廸ちゃんですよ。金髪で三十路で、ちょっと最近肉付きがマニアックになりつつある廸子ちゃんですよ。

 そこまで大事にする必要ありますって言われたら、客観的にはないんだけれど、俺的にはあるんですよ。


 俺的にはあるからいいんですよ、ちくしょー。


「くっそ、恥ずかしがっても、本気で返してもダメージ受ける奴だこれ」


「美香さん、ほんとこういうのやめてくださいよ――って、美香さん?」


 なにそれうけるー、とか、あかくなっちゃってきゃわわーとか、はーん、幼馴染自慢かとか言ってくるかと思った美香さん。

 しかし、意外にも彼女は、俺の切り返しに対して沈黙でもって答えた。


 ついでに、ずとんと肩を落としている。

 顔色も悪い。

 だいぶ土気色だ。


 なんだこれ。

 え、え、どういう感情。

 初めて見るんですけど、こんな美香さん。


 さっきまでのテンションどこ行った、しょんぼり顔でその場に丸くなる美香さん。思わず、普段の彼女との落差に俺と廸子は言葉を失ってしまった。

 その前で、彼女はぼつりぼつりと語り始める。


「……いいよな、陽介も廸ちゃんも、なんだかんだでラブラブでさ。今はいろいろあってちょっと距離置いてるけど、最終的にはくっついちゃう感じ出しちゃってさ。幼馴染とかそんなんもうとっくの前に通り越しちゃって、男と女って感じのそんな空気出しちゃってさ」


「……チャン美香先輩?」


「いかん、美香さん、ブロークンハートモードに入った。これ、あれだ、振られた時の奴だ」


 知っているのか廸子さんと尋ねると、彼女が俺の耳にそっと耳打ちする。


 学生時代、それはもう姉貴と打って変わって恋多き乙女だった美香さんは、男子に振られるとこんな感じになったらしい。そんでもって、そのうっぷんを晴らすために、廸子たち中学校の部活の指導によく現れていたのだそうな。


 えらい迷惑な話もあったものである。


 そして――。


「え、美香さん、もしかして、またなんかあったの?」


「合コン? 婚活パーティ? それともまさかお見合い?」


「なんもないわよバカー!! ないから嘆いてんじゃないのよ!! アンタたちね、田舎に出会いなんてそんなころころ転がっているもんじゃないのよ!! 男女の幼馴染、なにそれ美味しいの!! 非現実ならともかく、現実では未確認生命体ならぬ関係なんですけれど!! 私だって、私だって、そんな相手が欲しかったわよ!! いざとなったら結婚しよっか、うん、の流れで行き遅れ回避!! そんな頼れる幼馴染が私も欲しかったわよ!!」


 いや、まぁ、その、なんだ。


 別に俺らはそういう流れの幼馴染ではないし。

 幼馴染という関係性を抜きにしてお互いのことを思いあっているし。

 なので、なんだか馬鹿にされている感がして、ちょっと腹が立つし。


 けど、美香さんが割とマジで嘆いているので、深く言及できない。

 踏み込んで、ちょっとと言ってやることが、俺も廸子もできない。


 だって、かわいそうなんだもの。


 やっぱ必死なんだなこの人。


 そらそうか、一児の母とタメの年齢なんだものな。

 本来だったら、いい人見つけて子供の一人くらい居てもおかしくない歳なんだものな。そりゃ、焦るってもんですよ。


 そんでもって、その一児の母に対して、歪んだ愛情を抱いているんだものな。


「千寿とちぃちゃんの幸せそうなやり取り見てるとさ!! 私もさ、とっとと結婚しておきゃよかったとか、そういうの思っちゃうのよ!! 特にさ!! ちぃちゃんがさ、私の中の眠ってた母性を呼び起こすわけよ!! ちぃちゃんがさ、可愛すぎなわけよ!! 千寿の娘ってのを抜きにしても、きゃわわなのよ!!」


「そうでしょうそうでしょう、うちのちぃちゃんは、なんといってもこの星の宝といって過言ではありませんからね」


「過言だろ。いやけど、ちぃちゃんはほら、今は一番かわいい年頃というか。赤ちゃんの頃は流石にいろいろと千寿さんもたいへんだったんじゃ」


「その大変さも背負ってこその親子の絆でしょ!! そういうの!! 私そういうの弱いの!! 私も娘や息子と、そういう絆を育みたいの!! 可及的速やかに、そういう経験値を積みたいの!!」


 うわぁ。

 また、なんか重たいことになってる。


 美香さん。

 なんかちょっと見ないうちに、見た目も、中身も、重い女性になったなぁ。

 いや、まぁ、ぽっちゃりとかじゃないし、全然スタイルはグンバツ、なんだったら廸子よりもいいけれど。


 けど、この感じじゃ、確かに彼氏できないのも納得だ。


 あと、ちょっと気になったんだけれど――。


「……旦那は?」


「そんなの誰だっていいわよ!! 私が欲しいのは遺伝子を分けた分身!! 私の身体から分かれてこの世に生まれ落ちたいとし子なの!! 分かる!!」


「そんなん言ってるからもてないんだよ美香さばばばばば」


「熊倒館奥義!! ゴルゴダの嘆き!!」


 つまるところ十字固め。

 俺は利き足をがっつり決められてまたしてもコンビニの床に沈むのだった。


 ほんと、そういうとこだぞ、美香さん。


 卵が先か、鶏が先かの前に、つがう相手をちゃんと探せ。

 そういう目的ありきで行動するから全部裏目に出んだよ。

 なんで分からないかね。


「誰でもいいなら、別に熊倒館の弟弟子や、クレシェンドの部下とかでも」


「私より弱い遺伝子は必要ないわ!!」


「だからそういう」


「熊倒館奥義!! ユダ裏帰し!!」


「あかんあかんあかん、それ、曲がらない方向の奴!!」


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