第46話

 俺の名前は松田良作。

 神戸に居を構える探偵である。

 そう、本来ならば阪神京滋辺りが主な活動範囲の俺なのだが、飲み屋のツケのカタに依頼を受けたのが運の尽き。


 何の因果か、こんな関西とも東海とも近畿とも判別のつかない、よく分からない田舎に来ることになってしまった。


「まったく、あんなド変態野郎を監視してどうしようってんだか。よく分からねえ依頼主だぜまったく」


 しかしながら俺もプロ。


 今日も今日とて生業の探偵稼業に手を抜くつもりはない。

 受けたからにはきっちり調べる、とことんやるのが俺の流儀。


 さて、今日も付き合ってもらうぜ――豊田陽介。


◇ ◇ ◇ ◇


 最近、マミミーマートに来る用事が一つ増えた。


「あれ、なんだよ陽介、今日は来るの早いな」


「まーなー」


「しかもセクハラせずにすぐに移動してくれるとか、アタシ的には超助かるんだけれど。なに、いったいどういう心境の変化」


「……ふっ、男にはな、時にこういう時間も必要なのだよ、廸子。すべてがどうでもよくなって、下ネタとか、エッチなのとか、そんなことよりも、世界の平和を思ってしまうような、そんな心穏やかな時間がさ」


「きのうはなにでぬいてきたんだ」


「やだ、廸子ちゃんたら、そんなこと聞くなんて破廉恥。セクハラ、逆セクハラよ。けどね、どうしてもっていうなら教えてあげるわ。特濃たっぷり24時間スペシャル。優しいギャルたちがしっぽり慰めてくれるスペシャル」


「よし、そこまでなぐさめたなら、アタシからのなぐさめはいらないな。ついでにようしゃもいらないな」


「あれ!? 廸子ちゃんてば、旦那や彼氏がそういうの見るのちょっと抵抗ある人!? 一緒にそういうのみて盛り上がれる感じの、ちょっとエッチな奥様・彼女感を信じてカミングアウト――へぶら!!」


 どうやら廸子はそういうタイプじゃないらしい。


 おかしいなぁ。

 男女のそういう域まで達したカップルは、逆にそういうのに抵抗感がなくなり、一緒に楽しみつつ盛り上がるって聞いたのに。


 ラブホテルでそういうのが見れるのも、盛り上がりのためって聞いたのに。

 おかしいなぁ、聞いていたのと違うなァ。


 うぅん。


「廸子、今度、ラブホテルに下見に行ってみようか」


「らぶほてるのしたみというざんしんかつまずきかないはなし」


 誰が行くかと蹴りが入ってノックアウト。

 とほほと俺は立ち上がると、廸子にそれじゃまぁいつものとドリップコーヒーを注文するのだった。


 まぁ、本当は、インスタントコーヒーを飲みたいんだけれどね。

 それについては前やったとき盛大に釘を刺さたからな。


「ほぼ、俺の家と言ってもいいような場所なのに、あんな注意することないと思うんだけれどな。ほんと、ここは俺のセカンドハウスと言っていいような場所なのに、あんなに怒ることないと思うんだけれどな」


「住みつかれたら困るんだよ。こっちもいい迷惑なんだから。あ、飲食ブースは一時間な。長居してるとまたしばき倒すから」


「へいへーい」


 そうは言っても気にしない。

 だいたい、一時間飲食ブースに居たってそんな分かるもんじゃないもんね。

 分かった方が気持ち悪いというか、どれだけ見ているのよ廸子ちゃん案件だ。


 なんでまぁ、そこはお約束の文言って奴だ。

 廸子も、時間的に俺が一時間以上長居するのを分かっているはずだ。

 そしてなにより、そのルールを厳密に適応するならば、目の前の人物にもちょっとくらいはなんか言うべきだろう。


 なぁ――。


「うっす、工藤ちゃん」


「おう。今日も暇してんだな。いいね、ニートって奴は」


「やめてくれよ。俺だって働きたくて働けなくて、仕方なくニートしているんだからさぁ。世間じゃそういう人の事、ニートとは呼ばないんだぜ。俺はこれでもちゃんと就労意欲ってのは持ってんの」


「どうだか」


 とまぁ、最近増えたマミミーマートに来店する理由がこれだ。


 白タキシードに白帽子そしてサングラス。

 怪しさ満点の格好をした伊達男。

 その名を工藤ちゃん。


 彼と世間話をするため、俺はマミミーマートに前にも増して来るようになった。


 なんでまたそんな面倒なことを思うだろうがこんな田舎の村である。

 同年代の住人というのは驚くほど少ないのだ。

 だいたい都会に出て行っていて、それでなくても働いていて、昼間から話せる相手となると限られてくる。


 その点、工藤ちゃんはなんの仕事をしているのか分からないが、たいていこの時間にここに居る。町に気軽に入れる喫茶店がないから、仕方なくここでコーヒーを飲んで過ごしている。

 なのでまぁ、会いに行くのにそう苦労しないのだ。


 男同士である。

 そして、地元の人ではない工藤ちゃんである。

 となれば、廸子には話しづらいことなんかも相談できる。


 こんなドラマから飛び出してきたような姿だが、驚くほどに工藤ちゃんはフレンドリーだ。聞き上手って奴なんだろうね。俺が話すことをきっちりと聞いてくれるし、的確にツッコミを入れてくれたりする。

 だから、こっちも話していて気分がいい。


 俺はすっかりと工藤ちゃんに心を許していた。


 ほんと、なんの仕事をしている人なんだろうね。

 意外と探偵とかだったりしてね。

 いや、それじゃ見かけ通りか。


「いやぁ、まいっちゃうよね、俺の幼馴染ってばちょっとしたセクハラも許してくれないんだもの。こういうのってさ、もっとこう笑って許すもんじゃないの?」


「いや、さっきのは百パーセント男のクズな発言だったぞ」


「ひどいや工藤ちゃん」


「こっち来てからお前のクズっぷりには毎度驚かされているけれど、今日のはまた一段と酷い。お前さんねえ、幼馴染って言っても相手は女の子なんだから。もっと丁寧に扱ってあげなくちゃダメでしょうよ」


「いやけど、俺らの間には、なんていうか、深い信頼の川が流れているっていうか」


「そんなもんこんなこと続けてたらすぐに決壊するぞ」


 そうかなぁ。

 そうかもしれないなぁ。


 確かに、廸子の奴に甘えるばかりで、俺は彼女の気持ちを本当に理解しているのだろうかという、そういうい気にならない訳でもないな。

 いつもなんだかんだで許してくれるから、きっと彼女も冗談だと受け取ってくれているのだろうと思っていた。

 けれど、そうじゃないのかもしれないな。


 なんてことを思い出したら、不安になってくるじゃないのよ。

 やめてよ工藤ちゃん、俺、それ今一番考えたらあかん奴なんだから。

 不安煽っちゃいけない奴なんだから。


「うぅっ、本当は廸子、俺の事嫌いなんじゃないかな。なんか不安になってきた」


「だったらおめー、男としてやることがあるだろうがよ」


「工藤ちゃん!?」


「口先ばかりの男じゃいけねえ。いいか、陽介。男ってのはな、いつだって行動で示さなくちゃいけねえんだ。お前が本当に、廸子ちゃんを愛しているっていうんなら、それを行動であらわさなくちゃだろ」


 説得力。


 この白スーツの伊達男の台詞には、並々ならない説得力がある。

 サングラスの奥から俺を覗き込む瞳もそうだ。この目は、俺のことを本当に信じていてくれないとできない目に違いない。


 工藤ちゃん。

 そこまで俺のことを思っていてくれただなんて。


 ありがとう――。


「俺、伝えてくるよ。廸子に、俺の本心を伝えてくるよ」


「あぁ!!」


「この胸に滾るパトスを!! 股間に燃えるエロスを!! おもいっきりぶつけて、それで、愛を確かめてくるよ!!」


「あぁ、男ならやってやれだぜ、陽介!!」


 そうだ。

 何を俺は恐れていたのだろう。


 廸子が俺のことを嫌いなわけないじゃないか。

 なのに、こんなちょっとしたすれ違いでびくついて。


 そんなんで幼馴染のことを信じているって言えるのか。

 廸子のことを信頼しているって言っていいのか。


 彼女のことを、胸を張って信頼していると言うためにも、俺は伝えなくちゃいけない。彼女に、俺が思っている、本当の気持ちを伝えなくちゃいけない。


 それで彼女に受け入れて貰えたら。

 俺は――俺は――。


「廸子!!」


「ふぁっ、なんだよ陽介!!」


「お前にひとつ、言っておきたいことがあるんだ!! 大切なことなんだ!!」


 驚いてカウンターの中で目をしばたたかせる廸子。

 そんな彼女に俺は近づく。力強く、脚を踏みしめて近づく。


 大丈夫だ。

 廸子を俺は愛しているし、廸子は俺を愛している。

 絶対にそれは揺らがない。


 だから、できる。信じてこの言葉を言える。

 そう――。


「俺さ、お前に自分の趣味を押し付けようとしてた。お前なら、ありのままの俺を受け入れてくれるって、そう勝手に勘違いしてた。けど、そうじゃないよな」


「……陽介」


「お前はいつだって俺のことを受け入れてくれてる。けど、俺はどうだ。お前のことを受け入れられているだろうか。そう考えるとさ、さっきの発言は、ちょっと軽率だったなって、そう思うんだ」


「いや、まぁ、確かにそうだけれど」


「だからさ、俺も、受け入れるよ」


 お前が見たいって言うなら、俺も見るさ。

 ガチムチ兄貴動画を。


 と、言った所で、俺の記憶は飛んだ。


「だから、そういうのは、見ないって、いってるだろ!!」


「……あれれぇ? どうしてこうなるのぉ?」


 それで、お互いの趣味に寄り添える、理想のカップルだね。


 って、感じで落ちる奴じゃないの。

 えぇ、ちょっと、勘弁してくださいよ。


 ノーマルもアブノーマルも見ないなんて、そんなヤンキースケベ顔しておいて、正気ですか。処女、こじらせすぎってもんじゃありません。

 そんなことも俺にはもう言えないのであった。


 ぐふぅ。


◇ ◇ ◇ ◇


「……はー、からかいがいのある馬鹿だわ。クズの上に馬鹿だから、もう、なんていうか、いいおもちゃだわ。うん、とりあえず、しばらくは退屈しなくて済むぞ」


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