第34話

 はい、という訳でね。


「回想している合間にも尿意が……。まさか、トイレに逃げ込んだのがこのような伏線となって機能するとは。美香さん、やはり、悪魔の如き智謀の持ち主」


「おまえがまぬけなだけじゃね?」


「お兄ちゃん。こればっかりは僕も擁護できないです」


 二人して俺のギャグを真に受けることなくね。

 本気で言っている訳あらせんじゃないですか。

 それっぽく言ってみただけですよ。


 けれども、すぐに尿漏れについては、指さし確認させていただきたい。

 簀巻きにされた状態じゃ、確認もできやしない。


 しかも、蒸れに蒸れて、もう、漏れてんだか漏れてないんだか。

 わけわかんない感じなんだなこれが。

 よしんば、漏れてしまっていたとしても、汗として誤魔化せる感じ。

 あ、だったら、もう漏らしてしまってもって感じ。

 逆転の発想的な感じ。

 感じ。(尿意による思考力の低下)


「陽介。頼むから、人間として最後の尊厳まで捨てないでくれよ。漏れるのと、漏らすのとでは、全然意味合いが違ってくるからな」


「歳行ったら人間は漏らすようにできているじゃない。元医療従事者が、そんな人間のどうしようもない部分をとやかくいうのって、僕は駄目だと思うな。ダメだと思う。だめだなぁ廸子ちゃん」


「分かった陽介。お前の決意がそれほどのものなら、アタシは何も言わない。ただ、世話も焼かない」


「介助してよ!! それでお金稼いでたんでしょ、廸ちゃん!!」


 俺の膀胱についてはともかく。


 美香さんに捕まってからは、もうつるべ落としの如くの展開である。

 ババアが呼び出され、美香さんプロデュースにより町人や、バイク乗り――たまたま遊びに来ていた、走一郎くんを含む――が集められてのこの状態。


 ほんと、この手の催し物をやらせれば、彼女の隣に出る者は、県内広しと言えどそういないだろう。


 だからこそ、クレシェンドで課長補佐まで出世したのかもしれない。


 とにかく。

 そんな訳で。


「久しぶりのレースといこうじゃないか千寿!!」


「いいだろう。まぁ、結果は見えているがな」


「ウォートロフィーはお前の弟、陽介だ!! お前が勝ったら無事に返してやる!! ただし、私が勝ったその時には、私の名義上の旦那として婚姻届けに判を押してもらうからな!!」


「名義上の!!」


「旦那!!」


 またすごいトンチキパワーワードが飛び出してまいりましたよ。


 内縁の妻だの夫だなどとはよく耳にします。

 しかし、名義上の旦那とはいったいこれいかに。

 はたしてその関係にどのような効果があるのかとんと分からない。


 結婚なんて、別に今どきしてなくても苦労しないでしょ。


「田舎暮らしだとな!! いい歳して独り身してると、割と周りの目が厳しいんだよ!! 本当なら都会の本社のつもりが、こっちに実家と工場があるおかげで、出向になっちまって困ってるんだよ!! 両親の圧が、そろそろ耐えられないレベルになってきているんだよ!! あと、上長の圧も!!」


「……美香さんもたいへんなんだなぁ」


「……いや、なに他人事みたいに言ってんだよ。千寿さんが負けたら、あれがお前の嫁さんになるんだぞ」


 いやだなぁ。

 絶対に尻にしかれる奴じゃん。


 ただでさえ、現時点で手玉に取られてころころとその掌の中で転がされてまいってるのに、気が気でなくなる感じの奴じゃん。


 やだやだ勘弁勘弁。

 そもそも、青春時代をろくでもない感じにトラウマで埋め尽くされた相手に、ときめきなんて覚えられるはずがないんですよ。


 社会的な体裁を整えるための偽装結婚なんて、大人向けラブコメの鉄板中の鉄板。ちょっとくらいはロマンス求めたいのに、そんなの相手じゃ、逃げの一手しか思いつかないじゃないか。


 行き遅れ女子、逃げるにしかずじゃないか。(格言感)

 

 だいたい俺には既に廸子っていうステディな幼馴染がいるというのに。

 そういうパートナーの心を考えられない辺りが致命的よねほんと。


「……なんと、あのごくつぶしを貰ってくれるというのか」


「おいこら姉貴!! お前、なにちょっと、それなら負けてもいいかなって顔してるんだよ!! ふざけんなよ!! 絶対に嫌だからな、美香さんの嫁になるくらいなら、俺はマカオに飛んで金玉切除して女の子になっちゃうぞ!!」


「……いいのか、あんな気持ちの悪い旦那で?」


「……いいのよ、気持ち悪いけれど、頭も悪いから都合がよろしい」


「アンタらほんと最低の姉貴だよ!! 〇ね!!」


 なんだと、と、一緒になって殺気を放って来るくらいにはなかよし。

 なのになんでこうなるのかね。


 もうほんと、顔合す度にマウントゴリラするのやめて。

 いつも振り回される、こっちの身が持たない。


 だから嫌なんだよ、このババアども。

 うがぁっ。


「廸子。いますぐ、簀巻きをほどいて、俺を奪って逃げてくれないか」


「そうしたいのはやまやまだけど、峠最速の二人を相手に逃げる自信が」


「ちくしょう、廸ちゃんはほんと肝心なところで役に立たないんだから」


「仕方ないだろ。玉椿町のツインオーガだぞ?」


 その時である。

 おぉと、どよめきが、夜の玉椿町の山道に木霊した。


 黒髪ロングヘアー。

 どちらもどちらも、大和撫子という感じの二人が、同時に髪を結い上げる。


 一方はポニーテール。

 まるで侍のように、シュシュで結い上げたその髪を揺らして、スーパーカブに跨るのはババアの方。


「千寿ちゃんのあの姿!! 久しぶりにみるのう!!」


「玉椿峠の一角鬼!! うむ、一児の母になってなお、その貫禄は健在じゃ!!」


「あ、あれが、玉椿最速の一角鬼――『玉椿の降り龍』か!!」


 おう、驚いてる、驚いてる。

 このスタイルで、ババアは一世を風靡したからな。

 そりゃ、往時のババア伝説を目の当たりにしてきた人も、それを伝聞しただけの人も驚くってもんだろう。


 走一郎くんは、なんかちょっとピンと来てないみたいだけど。


 なんにしても、姉貴もその姿になるってことは本気みたいだ。

 さんざん不安になること言っておいて、なんだよちゃんとやってくれるんじゃないか。ちょっとほっとしたぜ。


 もっとも。

 美香さんの方もまた本気だが。


「おいおいおい、ちょっとアレ見ろよ!!」


「嘘だろ!! おい、田辺課長補佐が!!」


「おぉ、美香ちゃんも本気じゃのう」


「あのエクセレントフォーム(自称)は久しぶりに見るのう。まさか、再び、この目で拝める日が来ようとは」


「なんまんだぶなんまんだぶ」


 美香先輩もまた、姉貴と同じく髪型を変える。


 結ったのはヘアゴム。

 昔はなんかボールみたいなのついていたが、今はいい歳、無地のゴムである。しかしながら、その結び方がショッキングインパクトクリティカルヒット。


 長い髪を左右で縛り上げて、ちょっと浮かせるそいつは、女の子の髪型。

 そう、十代前半くらいまでしか許されない、女の子の髪型。


 ツインテールである。


 そう。


 ツインテールである。


 ここ、大事。テストに出る奴ね。


「やべぇっ!! 二十歳を越えて、ツインテールにしている女はヤバい!!」


「むしろ、十代でも後半でその髪型をしている奴は、漫画のキャラクターを除いて、アウトな感じがする奴だ!!」


「個性で許されない――ショッキングカラーのボブカットよりも、やばい自己顕示欲を感じざるを得ない!!」


「やべえやべえとは思っていたが、本当にやばかったのか、田辺課長補佐」


 そうですみなさん、ようやくきがついてくれましたか。

 美香さんは、割とマジで、ガチでヤベー女なのです。


 仕事はできるし。

 口は回るし。

 コミュニケーション抜群。


 だけれど。

 いい歳してツインテールになって、特攻服を着こんじゃうような、エキセントリックガールなのです。


 いや、もう、ガールじゃな。


「陽介ェァ!!」


「はい、すみませんでした!! マイ・ビッグ・プリティー・ガール・美香さん!! 玉椿町の二角鬼!! まことにご立派にございます!!」


 そう言ってやるしかねえ。

 だって。俺が庇ってあげないと、不憫じゃんかよ。あんなの。


 頭いいのに、どうしてそんな髪型選んじゃうかなァ。


 なんにしても、これこそ往時の玉椿町で名を馳せた、ツインオーガの姿である。それこそ、全盛期であればその姿は凜と映えるものだが。


「三十後半のポニテとツインテか」


「企画モノにしてもきっついものがあるな」


「きっついのう」


「えぇ、きついですなぁ、爺さん」


 流石に三十越えてその髪型は、俺一人が擁護したところで焼け石に水。


 文句なしにきっつい、のだった。


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