第22話

 家族団らんの御夕飯。


 親父、お袋、ババアにちぃちゃん。

 揃いも揃って、自宅のキッチンで顔を合わせるのは久しぶりだ。


 たいてい、何かしらの理由で誰かは出払っているのだが、いやはや今日はタイミングがよかった。


「いただきまっす!!」


「いただきます」


「偉大なる母の御業、そして姉の稼ぎ、ちぃちゃんの可愛さに感謝して、今日の糧を得られたことを天に召される我が主に報告いただきます!!」


「おいこら陽介、しれっとワシをはぶるな」


「なに張りあってるのよ、お父さん。陽ちゃんも、意地悪なことしないの。ダメよ、ちぃちゃんの教育によくないわ」


 とまぁ、家族がそろったからってスペシャルボーナスが発生する訳じゃない。

 プレミアフラグでもなんでもなければ、うざったいだけの日常である。


 はーもう。

 いい歳して実家暮らししていると、煩わしいだけよね。


 とはいえ。

 ちぃちゃんの存在にはいろんな意味で救われている。

 いい大人たちが雁首揃えての家族の食卓が、彼女一人がいるだけで、随分と変わってくるからこれ不思議というものだ。


「ほら、ちぃ。お口の周りケチャップでベトベトだぞ。ちゃんと食べなさい」


「えー、ちゃんとたべたよー。たべたよねー、よーちゃん」


「姉貴。ちぃちゃんもさ、お洒落したいお年頃なんだよ」


「始めてのルージュの色はケチャップなんだぞ、千寿」


「この親にしてこの子ありという感じなのに、どうして仲が悪いのか」


「解せないわよね、ほんと、この二人は」


 うっせえ、同族嫌悪って奴だよ。

 ろくでなしは基本、自分よりちょっとまともなろくでなしや、ちょっと劣ったろくでなしが嫌いなようにできてるんだよ。


 廸子の爺さんくらいにはっちゃけてると、もうなんとも思わないけど。

 親父レベルだとそうなっちゃうの。


 あと、ちぃちゃんを守ってあげるのは俺たちの役目だから。

 そのためだったら、不倶戴天、親の仇と思っている親父相手でも手を組むさ。


 あぁ、組むともさ。

 あたりまえだろう。


「ほんと、なんで陽介はニートの癖にえらそうなの。もっと家の中で、ミジンコのように申し訳なさそうにしていればいいのに」


「ほほほ、ホームセンターで清掃員のバイトして、お袋はおろか姉貴の収入の半分にも満たない額しか稼いでいない、ろくに稼がない親父が何をおっしゃるやら。女性に収入負けてて悔しくないの? ねぇ、悔しくないの?」


「ばっきゃろう!! 悔しかったらこんなにご飯は美味しくねえやい!! 人の金で食う飯が一番うまいに決まっているだろう!!」


「なんと!! 完全に意見が一致!! 他人の稼ぎに一生ぶらさがって健康にいきたい!! つまり、ぶらさがり健康法!! それが長生きの秘訣!!」


「秘訣じゃないわよ、おバカども」


 べしべしと、俺と親父の頭をお袋が叩く。

 姉貴のおかげで稼ぎ頭二番手に甘んじることになったが、長年、我が家の家計を支えてきた人の言葉は重い。


 俺と親父は、すぐさましゅんと黙りこくった。


 この家では、基本、男の地位が低い。


 俺も親父も、ミジンコ扱いですよ。

 いや、社会的にもミジンコなんですがね。

 はははは。(白目)


 そんな俺たちを見て、きゃっきゃとはしゃぐちぃちゃん。

 彼女の口廻りのケチャップを拭うババア。

 そして、まったくしょうがないねぇと嘆息するお袋。


 なんにしたって平和な食卓である。


「まぁ、働いてるからってえらいってもんでもねぇ。陽介、あんま気負うなよ。生きてるのが一番えらいんだ」


「へいへい」


「父さん、陽介をあまり甘やかすのはよくないと思う」


「よくないとおもうよじいじ」


「働けないのは仕方ないにしても、もうちょっと家のお手伝いとかして欲しいわ。ほんと、気が付いたら廸ちゃんの所にばっかり行って――若いっていいわね」


「廸子関係なくありません?」


 働けないのが悪いなとは俺も思っておりますよ。

 けどね、一応医者から、まだちょっと様子を見ようと言われている身ですからね。今無理して、またメンタルいわしたら、次はどうなるかわからんですからね。


 精神関連の病気は、目に見えないからこそ怖いんだよ。

 そこんところ、家族としてもうちょっと理解してほしいな。

 ほんと。

 もうちょっと理解してほしい。


 働きたくても、働けない人間がこの世にはいるんだよ。


 俺は働きたくなくて、働いていないけれど。


「そう、陽介の再就職で思い出したのだが、ちょっとコンビニ事業の方を拡大しようと思っていてな」


「え、まじでこの町を牛耳るつもりなんか、千寿?」


「千ちゃん。マミミーマートの評判いいけど、やりすぎはよくないわよ」


「そうだそうだ!! 廸子をもっと休ませてやれ!! この横暴経営者!! ブラック企業の走狗!! 元ヤン!! 二十四時間働けるウーマン!!」


「陽介、後で庭に出ろ。せめてもの情け、トイレに行く時間は与えてやる」


 うそうそ冗談。

 この町の近代化に寄与する、偉大なる姉貴に敬礼。

 だから許して。

おなしゃす。


 まじでこのヤンキー姉貴、娘ができたというのに容赦ねーから困るわ。

 ほんと、シメるってビッキビッキの顔してこちら見てくるか困るわ。なんでそんな好戦的なん。大陸系の血でも、混ざってんのかよお前だけって感じだよ。


 わしらのどかな農耕系民族の末じゃないのよ。


 どうやら何か仕事についていろいろとあったのだろう。

 あらたまった感じで箸を置くその姿に、俺も両親も、ちょっと動きを止めた。

 ちぃちゃんの口元を拭ったティッシュをごみ箱に捨てて、姉貴。彼女はいつも通り、なんでもない感じで語りはじめるのだった。


「来年度から、町の小学校に給食としてマミミーマートが弁当を届けることになった。また、それに合わせて町の福祉課から、独居老人向けの弁当の訪問販売についても任されることになった」


「……まじか」


「やるじゃない千ちゃん」


「法人相手の仕事か。はぁ、うまく立ち回ったな、千寿。流石は俺の子」


 アンタの子だったらできないと思うな。

 やっぱ、お袋が浮気してできた子なんじゃねえの、姉貴ってば。

 口が裂けても、家庭の平和のためにそんなことは言えないけれどさ。けど、俺や親父とはできが違うってもんですよ、ほんと。


 いやはや。

 独立起業の最も基本。

 固定客を得るというのは、サラリーしか経験していない俺もよく知っている。

 知っているけれど、やる奴がこんな身近にいると思うとぎょっとするな。


 しかも学校給食って。

 独居老人相手の弁当訪問販売って。


 めちゃくちゃ堅いお仕事じゃないですか。

 給食は、毎月固定でそれなりの額が入って来る。

 独居老人は、町内にいくらでもいる。


 これまで、コンビニに行くのさえおっくうだった人たちまで相手にするとなれば、こら相当な需要の掘り起こしだ。


 なんだかんだで、いろいろと考えてんだな、この元ヤン。

 昔は単車乗り回して、イキってただけなのに。どうしてこうなったんだか。

 人ってのは、変われば変わるものである。


「きゅうしょくってー? おかあさん、きゅうしょくってなにー?」


「ちぃが来年から通う、小学校で出るご飯のことだよ」


「おかあさんがごはんつくるのぉ!? すごぉい!!」


「ふふっ、そうだろう、そうだろう」


 あ、これ、ちょっと娘に格好つけたかったのもあるな。

 たぶん、ちょっとそういう見栄もある奴だな。


 やっぱ根っこはヤンキーというか、目立ちたがり屋というか、いいかっこしいというか。変わんねえな姉貴は。

 そういうのを見ると、なんかちょっとこう、姉貴もやっぱり俺たち豊田家の一員なんだなって安心してしまう。


 コンビニ経営なんて大層なことをやっているから、距離感がつかめなくなった感があるけど、それでもやっぱり姉貴なんだなって思えてしまう。


「お弁当を作ってあげる時間がないからな。せめてという奴だ。安心しろ、マミミーマートのお弁当は、無添加無着色料防腐剤なしだから、安心して食べれる」


「よくわかんないけど、すおいのー!!」


「娘のためとはいえ、よくもまぁ、そこまでやるよ」


「娘がいるからさ」


 お前も、できれば分かるよと、姉貴が目で俺に言う。


 そんな日が来るのは、まだだいぶ先かな。

 まぁ、実の姉がこんな親ばかぶりを、惜しげもなく見せてくれるのだ。説得力はあるっちゃあるなと、思ってしまうのだった。


 親になれば、ねぇ。


「けど、陽ちゃんは、今は子供よりお嫁さんの方が大事なのよねぇ」


「誠一郎さんからいろいろ聞いてるぞ。お前、暇だからって廸ちゃんかまいすぎだろ。小学生かよ」


「ちげーよ!! そんなんじゃねーよ!!」


「よーちゃんもいっしょにしょーがっこうかよう?」


「おぉ、ちぃ、それはいいかもしれないな。これで廸ちゃんの負担が減る」


「ちっともよくねー!! なんだこの家族団らん!! やだっ!! プライバシーもデリカシーもなさすぎなんですけれど!!」


 俺のセクハラの血がいったいどこから来たものか、よく分かるやり取りだわよ。

 はぁもう、ほんと、やだやだ、この家族ってば。


 いたたまれなくなった俺は、椅子から立ち上がると、食器をさっさと洗い場に持って行く。そして、そのまま、家族に背中を向けた。

 目の前には玄関へと続く扉。そのドアノブに手をかければ、待ってましたとばかりにうわついた声が飛んできた。


「おいこら、どこ行くんだ陽介」


「もう真っ暗よ陽ちゃん」


「庭で待っていろと行っただろう陽介」


「よーちゃん、おでかけー? どこいくのー?」


 皆、知ってて言ってんだろ。


「廸子のとこだよ!!」


 そう叫んで、俺はリビングを後にしたのだった。


 だぁもう。

 ほんと、家族ってやっかい。


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