第21話

「熊がでたぞぉっ!!」


 なんておっさんの叫びが町に響くことはない。

 昭和じゃないってえの。


 こんな辺鄙な山の中にある町だって、必要最低限の情報網は確保されている。


 そう――。


「みなさん、こちらは広報玉椿町です。本日、午前六時ごろ。三丁目、山本さんちの畑付近において、熊と思しき動物による害獣被害が確認されました。みなさん、不要不急の外出は避け、屋内で待機してください」


 そう、無線広報だね。


 いやはやこいつのおかげで、町内の緊急連絡は本当に楽になったそうです。


 認知症のおばあちゃんやおじいちゃんが出たらすぐにレンジャー出動。

 夜通し捜索だ。

 川が氾濫水域を超えたらこれまたすぐにレンジャー出動。

 土嚢を詰むぞ。


 ――てなもんですよ。

 ほんと、消防団の皆さんには頭が下がりますわ。


 まぁ、俺は参加してないんですけどね。

 参加してなかったはずなんですけどね。


「廸子。精力剤入りのコーヒーとかって置いてない」


「ない。モンエナでも飲めばいいじゃん」


「爺どもにあんなもん飲ませたら、即おだぶつだろうがよ。お前んところの爺ちゃんも張り切ってんだから、もうちょっと真剣に考えろや」


「……あぁ、消防団の、たいへんだなぁ」


「ひとごとなんだからもう!! これだから女性ってばいやよ!! こういう時の男の苦労を分かってくれてないんだから!!」


 町の男たちはたいがい消防団に所属している。

 何かあったら、町のみんなで助け合って解決。すばらしい互助システム。


 しかしながら高齢化の波は無惨にもこの町に襲い掛かり――。


 えぇい、面倒くさい。


 早い話が、俺が一番下っ端。

 気付けば副団長の親父の権限で団員入り。


 新入り、まずはみんなのジュースでも買ってこいや。

 という感じで、いまここ。

 ということである。


 本当にもう。

 勝手に人を消防団に入れるなよなクソ親父。


 なんで社会的な地位は低い癖に、町内ではそこそこ顔が効くんだよ。

 そういう所やぞ。なーにが、玉椿町のお祭り男だってーの。


 しかも廸子の爺ちゃんまだ団長やってるって。

 アンタ、ほんともう病人だろうが。おとなしくしてなさいよ。


 ため息も出るってもんですよ。

 まるでつるべ落としのようにどっぷり落ちた俺の息と肩に、おつかれさんと廸子が慰めの言葉をかけてくれる。

 その言葉で、ほんのちょっぴりだけれど元気が出た。


 いやしかし。


「熊だよ熊。久しぶりに出たな、マジで、夜道には気をつけんと」


「そうだな。悪い、今日遅番なんだけど、迎え頼めるか?」


「当たり前だろ。廸子の身になにかあったら俺も嫌だっての。というか、今から乗って帰ってもいいんじゃね。別に、熊以外来ないだろ、こんなコンビニ」


「……いや、まぁ、そうなんだけれどさ」


 廸子の方もいろいろとあるらしい。

 爺さんの面倒を見ている加減で、いつもなら早上がりの彼女が、残業しているのがその証拠。


 はて、何があったのか。

 思いを巡らせてみれば、なんとなく察しはついた。


 このコンビニの従業員の面子である。


「日田さんが熊が出たから抜けたもんでさ。その埋め合わせしなくちゃなのよ」


「日田さんとこか。なら仕方ねえな」


 オラが町のマタギの日田さんは、こういう時にはいのいち、何を置いても出てくる人である。


 旦那さんも。

 嫁のあきらさんも。

 さらに引退してもおかしくない年齢の爺さんまで出てくる。

 そうやって、家族全員で有事の際に対応してくれるのだ。


 伊達に明治からマタギやってるだけはある。

 というか、マタギって東北のアレだから、近畿地方ではただの漁師なんだけど。

 まぁ、猟師は猟師。腕も間違いねえ。

 何度となく、村を救っているのを俺たちは子供のころから見ていた。


 今回も、日田さんところが出てくれるなら一安心だろう。


「……そういやさ。あきらさんってさ、ぶっちゃけどうなの?」


「どうなのって?」


「いや、ほら、マタギの嫁じゃない? やっぱりその、逞しい感じ?」


 そんな日田家に嫁入りしてきたサイレントウーマンあきらさん。

 割と細身の体つきながら、なかなかに常人にはない気配を発している。


 全盛期のババア――ヤンキーやってた頃――に劣らぬ女傑の気配はする。


 とはいえ、そこは村の嫁。

 女子衆でもある。


 女がどうのこうのというのは時代遅れかもしれないが、それでもやっぱり男と比べりゃか弱いってもんだろう。


 彼女がこっちに嫁いできたのと入れ替わりに俺は村を出て行ったので、ぶっちゃけその仕事ぶりを見ていないのも大きい。マタギの所に嫁に入るくらいだから、すごいんだろうなとは思っている。だが、それも俺の勝手な想像だ。


 そんな彼女と、今、廸子は一緒に仕事をしている。


 はたしてマタギの嫁はマタギなのか。

 聞くなら、廸子しかいない。


 女マタギ夜の大暴れ。

 下手な企画モノのビデオタイトルみたいだが、気になるのだからしょうがない。

 そこんとこどうなのと尋ねると、困った感じで廸子は頭を掻いた。


「いや、アタシに聞かれても。同僚って言っても、一緒に働いている時間は少ないし。というか、だいたいアタシと入れ替わりだからな、あきらさん」


「あ、そうなのか」


「けどまぁ、なんだろう。スナイパーって感じはするよ。いつもなんか、神経をとがらせているっていうか、何かあったらすぐに反応できるっていうか」


 女スナイパーか。


 なるほど、マタギといっても、むくつけき体躯ばかりがもとめられる訳じゃない。銃の腕前だってマタギには必要な能力だ。

 そういう所を見込まれて、彼女は日田さん所に嫁に来た訳か。


 するってえと。

 今日もせっせと陣地作って、熊が出るのを待っているって感じですかね。


 うぅん、なんか観光資源とか漫画のネタになりそうな感じ。

 ある意味、こんな町に居るのがもったいない人材だ。

 ほんと、こんな田舎にゃもったいない。


 なんでおらさ町に来ただ、他所さ行けばいいだに。(どこ方言)


「謎だなぁ。やっぱあれか、マタギはマタギ同士で結婚するみたいな、なんかそういうのがあるのかな」


「あ、けど、あきらさんの実家は、別に猟師とかそういうんじゃないって、前になんかの時に聞いたぜ」


「え、そうなの?」


「普通の会社員とか言ってた。なんか、旦那の隆さんといろいろあって出会って、またぎの仕事が面白そうだから結婚したとか、そんなこと言ってたような」


 マジかよ。

 世の中には変わった嗜好の女性もいるもんだな。


 マタギの仕事が面白そうだから結婚か。

 なんともまぁ、勢いしかないというか、逆にそれがすがすがしいというか。

 なんにしたって、そんな理由で結婚できる度胸が羨ましい。


 ほんとうらやましい。


「俺のよく知っている幼馴染の女も、ニートを養いたいからって理由で、結婚してくれたらいいのになぁ」


「ニート養いたいってのはちょっとなぁ」


「主夫でもいいのよ?」


「ちゃんとそとでてはたらけいいおっさん」


 はい。

 けど、今は熊が出るから、ちょっとコンビニ居させてください。


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