第14話
「おにぎり温めますかってよく言うけどさ。そもそも、おにぎりって温めて食べるものだっけ。おにぎりって、外出て食うものだから、温めるようなもんじゃないと俺は思うんだが」
「そういうのは一度でもおにぎり買ってから言え」
「じゃぁ、このこんにゃくを温めてくれぬか廸休よ。人肌の温度でな」
「おでんのきせつはすぎましたよおじいちゃん」
実家でこんにゃくレンチンしてくさくさのくさ。
異臭騒ぎを起こしてしまって、親父とお袋に向かってフライング土下座した麿でおじゃる。
なにぃ、人肌に温めたこんにゃくでお遊びとなぁ。
越後屋おぬしもえっちよのう。
越後屋だけに。
親父とお袋は許してくれたが、ババアは許してくれなかった。
てめぇは、一週間電子レンジ禁止の刑に処す。
そう言われてしまったらもう何もできない。
もはや家でこんにゃくをあたためられなくなった俺は、諦めてババアが経営するマミミーマートへと向かった次第である。
悪いなババア。
お前の大切な職場をこんにゃく臭くしてしまって。
けれども、アンタが俺にレンジ使わせないのが悪いんだぜ。
そして、使わせないから、廸子にセクハラをしてしまうんだぜ。
これはもう、セクハラというよりもパワハラ。
巡り巡って廸子にやって来た、上司からの嫌がらせ。
そう言って差し支えないだろう。
なので、訴えるならババア相手にどうぞ。
まぁ、そらそうと。
普通に食品コーナーに普通にこんにゃく置いてあって俺びっくり。
まさかねえだろと思って、冗談半分で来てみたらあるんだもの。
「……最近のコンビニって、こんなこんにゃくとか売ってるの。マジで地域の何を目指してるのよ」
「スーパーもこっからだと遠いからな。こういうのは店長判断で置いてるんだよ。知り合いの農家から野菜も仕入れようかって、そういう話も出てるぜ」
「スーパー行くより便利じゃん、コンビニ」
「いやだから、そう言ってるじゃんかよ」
そんなことしたら田舎の民が全員、コンビニの便利さに目覚めちゃうじゃない。
わざわざスーパーまで遠出しなくても、コンビニでいろいろと済ませちゃえばいいよねってなっちゃうじゃない。
お爺ちゃんも。
お婆ちゃんも。
長い時間をかけて山を下りて、スーパーに行かなくなっちゃうじゃない。
おじいさんはホームセンターに野菜の種を買いに。
おばあさんはスーパーにお惣菜を買いに。
出かけなくなっちゃうじゃないか。
そんな古き良き田舎の風景を破壊するだなんて。
「姉貴は、やっぱり悪魔だ。日本の文化を破壊しようとする、西洋からの使者だ。くそっ、俺が、一番近くにいた俺が、気づいて止めるべきだったのに」
「いや、便利になるのはいいことでしょ。それに、なんだかんだ言って、コンビニはほら高いから。そこはおじいちゃんたちも躊躇するっていうか」
「そんな甘い考えは捨てるんだ廸子!! すぐにお爺ちゃんお婆ちゃんも、タピオカミルクティー最高とか言い出すぞ!! エモいとか言い出すぞ!!」
「いや言わんだろ!! それはなんだ!? 文化が破壊されたのか、進化したのかどっちなの!! 若返ってない!?」
なるほど読めたぜ姉貴の狙いがよう。
そうやって、この町をマミミーマート色に染め上げてるんだな。
そして、しゃぶりつくそうって魂胆か。
町の中にマミミーマートを介して、自分の影響力を張り巡らせて、それでこの町を裏から牛耳ろうって、そういう魂胆かよ。
ちくしょう、あの性根の腐った姉貴のやりそうなことだぜ。
こんな山奥の、誰も知らない小さな町を牛耳って、自分と娘と、そして兄弟と両親の町にしちまおうなんて。
「……控えよ廸子。余は、この町の覇者たる姉、千寿の弟なるぞ」
「なんでいきなりイキってんだよおめーはよ」
「そうだ、なぜそのような悪辣なことを私がしなくてはならないのだ。陽介、私は単純に、この町の人たちが少しでも暮らしやすいようにと思って、マミミーマートを経営している。それ以外の思惑なぞ持っていないよ」
「げぇーっ!! ババア!!」
まだ交代時間には早いんじゃないですか。
家で寝ているはずじゃないのよ、どうしてこんな所に。
はっ、さては――。
「貴様、謀ったな!!」
「この町に電子レンジがあるのはここだけだからな。フードコート、ご自由にお使いくださいの電子レンジを、こんにゃく臭で染められてはたまらない」
「正義の味方気取りかよ!! 気に入らねえぜ、昔っからそういう所が!!」
「正義の敵はまた別の正義という言葉をお前に贈ろう」
今ここに、姉弟、雌雄を決するときが来た。
立ち昇る熱気。
交わる視線。
ゆずれないこんにゃく。
幼馴染の廸子を前に、跳躍して蹴りを交えれば、閃光が走る。
「おかーさぁーん!!」
「なにぃ、ちぃちゃんだと!!」
「ふっ、切り札はいつも用意しておくものだ。準備の差が、勝負の差となったようだな、陽介よ」
「うまーぼうきゃぁーめーあじだってぇっ!! きゃぁーめーあじだってぇ!!」
ちぃちゃんの前では、俺の力も出せぬというもの。
無念、俺は胸から鮮血をほとばしらせると、その場に倒れたのだった。
ぐふぅ。
かくして、この町の覇者は決まった。
負け犬の俺に手を差し伸べるのは幼馴染。
町の平和も、幼き日の約束も、大切な女も守れなければ、職も持っていない俺の手を握りしめて、どうしてこんなむちゃをと彼女は涙を流してくれた。
廸子。
お前を悲しませるつもりなんてなかったんだ。
ただ、こんにゃくをあっためたかったんだ。
「廸子、最後に、これだけは聞いておきたいんだ」
「なんだ陽介。茶番のついでに聞いてやるよ」
片栗粉も、最近のコンビニには置いてあるんですかね。
コーヒー買って、飲んで、水溶き片栗粉をレンチンしたらもう、超安上がりじゃないですか。っくはー、なんでそれに気が付かないかな。
こんにゃくより、片栗粉の方が絶対に安上がりなのに。
なんでそれに気が付かないかな。
はぁ、劇終。
「あれー? よーちゃん、なんでしんでるのー?」
「アホだからだよ」
「アホだからだな」
アホなんですよ。
ごめんね、ちぃちゃん、アホなおいちゃんで。
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