第15話

「ゆーちゃんは、よーちゃんのこと、すきですかー?」


「ちょっとちぃちゃん、そんな話のオチになるようなこと聞かないで。廸子が困っちゃうでしょ。もう、廸子ちゃんてば、俺のことが好き過ぎて好き過ぎて仕方ない系女子だから困っちゃうでしょ。考えてあげなさいよ、ねぇ、廸子」


「はたらかないよーちゃんはきらいです」


「廸子さん!!」


「おぉ、じぃじとばぁば、おかーさんとおなじこといってる」


 まぁね。


 廸子とはね、そらもう長い付き合いですからね。

 そらもう俺たちは家族みたいなもんですよ。

 そらまぁ、そういう意見で一致いたしますよ。


 そして俺は断固として働きませんよ。

 えぇ、働きませんとも。


 ニートバカ一代貫かさせていただく所存でございますよ。

 それくらい腹がすわっていないと、今どき田舎でニートなんてできません。


 いや、嘘だよ。

 医者から就労許可出たら、俺も真面目に働きますよ。


 仕方ないでしょ、まだちょっとお仕事するのは早いかもしれませんって、止められちゃっているんだから。

 というか、出てたら一緒にここで働いてます。


 ちぃちゃん連れてのコンビニ。


 今日はババアが出張。

 俺もいろいろあって昼飯を作る気になれなかったので、なんかパンでも買おうかと一緒に来てみればこれである。


 開口一番、なんでそういうことを聞くのかね。

 耳を疑ってしまったよ。


 けれども、子供ってそういう、ちょっと唐突な所も含めてかわいいよね。


 聞かれた内容はちっとも可愛くなかったけれど。

 むしろ、俺、可哀そうな内容だったけれど。


「というか廸子さん!! 酷くないですか!! 働かない俺が嫌いって酷くないですか!! まるで俺が働いてたら、普通に好きみたいな言いかた、ちょっと――よく考えるとトクゥンってなります!!」


「冗談にトクゥン顔するなよ。高等なギャグだろうが」


「なるほど、つまり俺が未来永劫ニートであるという前提の下に繰り出された、拒絶の言葉ということか!! あんまりだよ廸ちゃん!!」


「いや、そこまでいってねえよ」


 だーもうと頭を抱える廸子。


 じゃぁどういうい意味なのよ、はっきり言ってよ。

 って、昼ドラみたいに迫りたいけど藪蛇になりそう。

 だから俺も強く言えない。


 とほほ。


 今日は普通にパン買ってお家に帰るつもりだったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。


 油断してしまったぜ。

 まさかちぃちゃんが、こんなマセた質問を、いきなり廸子に繰り出してくるなんて、誰が予想できるかよ。


「ちぃちゃん、なんでそんなこときいたの。ゆーちゃんこまってるじゃない。よーちゃんもこまっちゃうじゃない」


「よーちゃんのしゃしゃいてきしんよーをちょうさするおーにおかーさんからたのまれました」


「そっかー、あのババアのまた入れ知恵かぁ。ほんと、えぐいことするなババア」


「ほかにも、まちのしっているひとにきいてこいってゆわれてます!! ちぃ、がんばるよ!! だぁらきたいしてね、よーちゃん!!」


「頑張らないでいいよちぃちゃん!!」


 町の住人に聞きました。

 豊田陽介くん(ニート独身三十歳)をぶっちゃけどう思っておりますか。


 そんなん聞くまでもないじゃん。

 もう、町に不和の種をまくようなものじゃん。


 というか、俺が家から出られなくなる奴じゃん。


 なんつーえぐい嫌がらせしてくれるんだよ、あのババア。

 ほんと、ちぃちゃんの親じゃなかったら、どうしてくれてやろうか。

 ちぃちゃんの悲しむ顔を見たくないから、こっちも我慢してるんだからな。


 ぷんすこ。


 いやけど、ほんと、なに聞いてんだよ、あのババア。


「陽介。あんた、千寿さんになんかしたの?」


「少なくとも、娘のお世話以外は何も。ときどきお小遣いせびってるだけです」


「……間違いなくそれだと思う」


 お小遣いくらいでけちけちしたことしないでほしいな。

 こっちは働きたくても働けない病人なんだし、お姉ちゃんなんだし、なによりいつもちぃちゃんのお世話をしてあげてるんだから、そこはお小遣いくらいくれたって罰は当たらないと思うな。


 というか、五百円とかそれくらいだし。

 せびってもそれくらいだし。


 パチンコにもいけねー額なんだから、そこは笑って許してほしい。

 そういう所が、うちの姉貴のダメな所だと思う。

 俺もダメだけれど、姉貴もダメだなとそう思う。


 じとりととした目で俺を見る廸子。

 それをまねて、じとりとした目をちぃちゃんがする。


 あ、やめてください、やめてください。

 おいちゃんにその目は効きます。

 目の中に入れても痛くない、姪っ子のジト目はちょっとしんどいです。


 というか、ここに俺の味方はいないのか。


 廸子よ、お前だったら、俺のことを無条件で愛してくれると思っていたのに。

 最悪、もう俺がどうしようもなくなったら、しょうがないわねって養ってくれると思っていたのに。やっぱり、働いていない俺でないと駄目なのか。


 ちくしょー、なんで働いていないんだ俺!! 


 働いていろよ俺!!


 働けたら働いてるっての俺!!


 ちくしょー!!


「お、なんだなんだ、今日はちぃちゃんも一緒か」


「あー、せーちゃんじぃじだ」


「げっ、爺さん」


「あれ、爺ちゃん。どうしたのさ。野良仕事じゃないの?」


 なんていつものトンチキをしている所に廸子の爺さんがやってくる。


 野良着姿。ブルーカラーの制服――今はもう引退してしまった本業の作業服――を着た彼は、首に巻いたタオルをほどくとふぅとため息。


 外はこの時期にしては熱い方。

 入って来たばかりの彼の眉間の皴には、泥交じりの汗がにじんでいた。


「なぁに、ちょっと水分補給がてら、孫の仕事ぶりを確認しようとおもってな」


「……だーもう、いいよ、ほっといてくれよ」


「過保護だよな爺さんもたいがい」


「そしたらお熱いもん見せつけられちまった。おいおい、爺の弱った心臓に悪いぜ。いちゃつくならもっと場所を選べ。うちの畑の隣の雑木林がおすすめだぞ」


「「なんのおすすめだよ!!」」


 俺よりひどいセクハラを可愛い孫に向かって言うかね。

 というか、子供がいる前で、それを言っちゃうかね。


 はーもう。

 俺もたいがいだけれど、この爺さんもたいがいだわ。

 はーもう。

 流石、若い頃はやんちゃしてただけあって、格が違うわ。


 ただのニートの俺とはあきらかに次元が違うわ。

 廸子の爺さん。


 そんな感じに俺たちをからかって誠一郎爺さん、かっかっかと喉を鳴らす。

 どれコーヒーでも貰おうかねぇと、ドリップコーナーへ移動しようとしたところを、ババアからミッションを帯びているちぃちゃんに捕まった。


 やめてちぃちゃん。

 いや、ほんと、マジで。

 せーちゃんじぃじに聞くのはやめて。

 もう聞くまでもなく結果が見えてるから。


 お母さんのいいつけなんて、真面目に守らなくっていいの。

 あのクソババアのいう事なんてたいてい思い付き以外の何物でもないんだから。


 しかし、時すでに遅しのおすし。


「せーちゃんじぃじ。せーちゃんじぃじは、よーちゃんのことすき?」


「あぁん、陽介か? まぁ、普通に好きだぞ? あっちゃんの息子だし、廸子のいい人だからな」


「……なんだと?」


「……予想外の答え。けど、じぃちゃん、アタシと陽介はそういうんじゃないから」


「なんでー? はたらいてないのにー?」


 だっはっはと笑う誠一郎さん。


 何がそんなにツボったのか。

 ちぃちゃんがそんなことを聞くからか。

 それとも、俺が無職なのが面白いのか。

 はたまた、俺には分からない高度な会話が、二人の間で繰り広げられたのか。

 そこんところは分からない。


 分からないけれど。


 分かることがひとつある。


「まぁなぁ、働いてない時くらい男やってら一度や二度はあるもんさ。言って、俺も人生の半分は働いてないようなもんだったからな。一年や二年、ぶらぶらしてたってどーってこたねえさ」


「……爺さん!!」


「爺ちゃん」


「せーちゃんじぃじ」


 キリっとした顔をして言う誠一郎さん。

 その顔こそ、まさしく男の中の男の顔。

 ありとあらゆる困難を、その背中で負って来た、戦う男だと俺は感じた。


 そして、この人もまた、俺と同じ――ろくでなしであったことを、今更ながらに痛感したのだった。


 うん。


「いや、嫁や子供に迷惑かけることになるから働こうや!! 誠一郎さん、若い頃のやんちゃは親父から聞いてるけど!! ほんと、だめだよマジで今やったら!!」


「今はやらねーよ、若いからあんな無茶ができたからで……へへっ!!」


「うん、良い話でもなんでもない!! ろくでなしの俺が言うのもなんだけれど、ろくでもない話だからね!!」


 この爺さん、なんだかんだで都合三回くらい、この町で借金取りとステゴロやってるんだよな。それで、相手を倒して借金踏み倒すんだから、ほんと怖いよ。


 武闘派ニートあるいはろくでなし無頼は僕には無理です。


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